第40話・おめでとう KAC9
県立西高。
放課後。
図書室の奥にある図書管理室にてお話が大好きな大橋さんは僕にスマホの画面を突き出した。
「ほら見て篠塚君! すごいでしょ?」
大橋さんは興奮してるけど無理はない。
スマホの画面にはこう表示されていた。
『おめでとうございます! あなたのリツイートはゴーリキーコーポレーションの一億円ばらまきキャンペーンに当選しました!』
「……ゴーリキーって……。友達いなかったのかな……」
「そこじゃなくて! ほら見て! 百万円だよ? わたし百万円当たっちゃったの!」
大橋さんはスクロールして金額を指差した。
たしかに『百万円をプレゼント!』って書いてある。
本当ならすごいことだ。
本当ならだけど。
「……えっと、おめでとう」
「ありがとう♪」
大橋さんはご機嫌だ。
そりゃあ百万円が当たったら誰でもそうなるんだろうけど、ゴーリキーの企画ってお年玉じゃなかったっけ?
またやったのかな?
疑惑を深める僕を尻目に大橋さんは目をキラキラと輝かせ、皮算用を始める。
「百万円かー。なに買おー? お話する為の家とか買えるかなー?」
「周りになにもない僻地ならあるかもしれないけど……。家は無理だよ……」
「そっかー。残念。泊まりでお話とかしたかったのに」
お泊まり?
え?
それっていいのかな?
いくらお話の為とはいえ、大橋さんとお泊まりなんて。
さすがの僕も耐えきれる自信がないんだけど……。
僕が密かに悶々としていると大橋さんが笑いかける。
「ねえねえ篠塚君♪ 百万円あったらなにに使う?」
その笑顔を見て僕は我に返った。
「え? あ、百万円か。う~ん。なんだろ? ゲームとかグッズとか、かな?」
「そんなのあってもなくても買ってるでしょ。百万円使うんだから、百万円っぽいことじゃないとダメだよ。ジャスト百万円! みたいな」
「ジャストかー。う~ん。時計とかブランド品とか? でも別に百万円の時計もバッグもいらないし」
「じゃあ等身大の美少女フィギュアとかは?」
「………………………………出来によるかな」
「へー……。まあ買わせないんだけどね」
大橋さんはジトリとした目で怖い笑顔を浮かべる。
ならなんで聞くの?
もう等身大フィギュアがある生活を考えちゃったよ。
ドキドキしながらディティールを確認したり。
でも夜とか結構ホラーな気がする。
僕は再び手に入らない百万円について考えた。
「でも改めて考えると百万円って結構現実的な金額だよね」
「現実的って?」
「だって頑張ったら手に入りそうじゃない? バイトもそうだけど、正社員になったら、給料安くても半年くらいで。多かったら三ヶ月くらいかな? それだけの間我慢したら一応手に入る額だよね」
「まあ、そうかもしれないけど」
「なんて言うか非現実的な額じゃないって言うか。一億円あったら夢も見れるんだけど、百万円なら多分あっても貯金するかな」
それを聞いて大橋さんは頬を膨らませた。
「えー。そんなのつまんないよ。お金は使う為にあるんだから使わないと意味ないじゃん」
「いやでも、急な出費とかあったら困るし」
「それはそれ。これはこれでしょ? もー。篠塚君ってなんて言うか篠塚君すぎるよ!」
意味はよく分からないけど、馬鹿にされてるのは分かった。
僕はちょっぴりムキになる。
「そ、そこまで言うなら大橋さんはなんに使うの? そう言えば使途を書かないと貰えないんでしょ? なんて書いたの?」
「えっと。なんだっけ? 忘れちゃった」
「ええー……」
僕が呆れていると大橋さんはスマホをスクロールしてプレゼンを探した。
「えっと、今日篠塚君とお話したも違うし。ドーナツ食べたよも違うし」
お話しただけで呟いてたらタイムラインが全部大橋さんで埋まっちゃうよ。
「あ。これは直紀と遊んだ日だ。アイス食べたんだよねー」
「……え?」
「え?」
「直紀?」
「うん」
「……誰?」
「直紀」
「うん。直紀は直紀なんだろうけど……」
「もー。今は直紀のお話じゃないでしょ? 百万円のお話でしょ?」
「いや、まあ……。そうだけど……」
え?
誰?
直紀って誰だ?
男?
大橋さんは一人っ子だったはずだ。
名前呼びって、僕も苗字に君付けなのに……。
なんだ、この敗北感は……?
僕がガックリとうな垂れて落ち込んでいると大橋さんはニコッと笑った。
「あった。えっと、『わたしが百万円貰ったらかるたをくっつけて百人一首大会をします。それをネット中継して、子供達にお金の恐ろしさを教えたいと思います』だって」
なんて企画だ。
「あ、それと『出演者はみんなお金に切羽詰まった大人です』って書いてある」
本当になんて企画だよ。
「こんなこと書いたんだねー。すっかり忘れてたよー」
「もはや企画じゃなくて大橋さんが恐ろしいよ……」
「でもこの企画はもう承認されたんだからやらないとね。ああー、百万円早く来ないかなー」
「え? 百万円って来るの? 振り込みとかじゃなくて?」
「うん。そうみたい。だってここに書いてあるよ」
なんか嫌な予感しかしないんだけど。
「……なんて?」
「えっと『百万円は後日スタッフが持っていきます。その前に受け取り保証金として十万円を用意してください。それが振り込まれたのを確認したら百万円をお送りします。保証金は後日お返しします』だって。百万円貰えるんだから十万円くらい仕方ないかー」
「いやいやいやいや! もろに詐欺だよ! その十万円は絶対に返ってこないって!」
「でも百万円貰えるんだよ? 差し引いても九十万円ならお得じゃない?」
「その百万円も貰えないって! 差し引いたらマイナス十万円!」
「ええー。そんなわけないって。だってゴーリキーコーポレーションだよ?」
「ゴーリキーでもワンリキーでも関係ないよ! ちょっとそれ貸して!」
僕は大橋さんからスマホを受け取り、アカウントを確認した。
正直直紀が気になったけど今はそんな場合じゃない。
このままだと大橋さんがこのひどい詐欺に引っかかってしまう。
ゴーリキーコーポレーションのアカウントに行くと、『なりすましに注意してください! 株主に怒られたのでもうばらまきはしてません!』と注意喚起していた。
もうこれ絶対に詐欺だよ。
検索してみると既に詐欺被害が出てて、十万円払った人の阿鼻叫喚が書き込まれていた。
僕はぎこちなく大橋さんを見た。
大橋さんは呑気に笑っている。
「百人一首ってどこに売ってるんだろー?」
だめだ。
大橋さんは大人達に醜い戦いをさせることで頭がいっぱいだ。
こうなったら仕方がない。
僕は自分のスマホを取りだし、新しいアカウントを作った。
大橋さんにフォローさせて、コメントを送る。
「あ。なんかコメント来たみたいだよ」
「え? なんだろ?」
大橋さんはスマホを受け取ってコメントを読むと唖然とした。
「『大変申し訳ありませんがゴーリキーコーポレーションはばらまき過ぎて倒産しました。よってキャンペーンは無期限休止とします。親会社のカイリキータウンより』。…………えええええええぇぇぇぇー!? じゃあわたしの百万円は?」
「どうやら受け取れないみたいだね」
「そんなぁ…………」
大橋さんはぐすんぐすんと涙ぐむ。
僕はよしよしと頭を撫でてあげた。
当然このアカウントは僕が作った偽物だ。
時には優しい嘘は必要ってことでここは我慢してもらおう。
「ほら。ね? 元気出して?」
「でも百万円だよ? わたしにくれてから倒産したらよかったのに……」
それはそれで問題な気が……。
「ま、まあその内僕が百万円貯めるから。その時に大橋さんがしたいことしよ?」
「本当?」
大橋さんは涙目で僕を見上げる。
「うん」
僕は頷いた。
「百人一首でも?」
「……いや。それはやめよ。なんかもっと別のことで」
「じゃあ、考えとく」
「お手柔らかにね」
大橋さんは「えへへ♪」と笑って機嫌を戻す。
僕はホッとした。
それから僕らはドーナツ屋に言ってドーナツを買った。
すると店員さんがキャンペーンだと言ってくじを引かせてくれる。
大橋さんは見事ドーナツ二個無料を引き当てた。
「やったー♪ 当たっちゃった♪」
大はしゃぎする大橋さんを見て、これくらいの幸せの方が案外よかったりするんだと実感する。
大橋さんは僕にくじを見せてくれた。
「見て見てー♪ 二個もくれるって♪」
「うん。おめでとう」
「ありがとう♪」
それから僕らは当たったドーナツを二人で食べた。
美味しかった。
「……ところで直紀って誰?」
「ドーナツおいしー♪」
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