第39話・三周年 KAC8
放課後。
お話とドーナツが大好きな可愛い大橋さんがドーナツ百円セールを見逃すはずもなく、僕らは駅前のお店へと馳せ参じていた。
いつもより多めにドーナツを買った大橋さんはご機嫌だ。
僕がアイスカフェオレを飲んでいると、見知らぬ人影がやって来た。
中学の制服を着ているツインテールの可愛らしい女の子だ。
赤いリボンがよく目立った。
大橋さんはその子を見つけると顔が明るくなった。
「あ! きらりちゃんだ! 久しぶりだねー」
きらりちゃんは大橋さんの笑顔を見ると急にうるっとして、かと思うと抱き付いた。
「大橋先輩! 相談に乗って下さい!」
そこを特等席と知ってるようにきらりちゃんは大橋さんの大きなお胸に顔をうずめた。
羨ましいかと言われたら頷くしかない。
話によるときらりちゃんは中学の後輩みたいで、大橋さんとは『スイーツ食べ歩き部』で一緒だったらしい。
多分お話部と同じで非公認だな。
可愛い系きらりちゃんはチョコミントアイスをカップで食べていた。
「最近会えなくて悲しかったんですよ。もうそのお胸が恋しくて恋しくて」
「あはは。で、相談ってなに?」
大橋さんは笑いながらドーナツをもぐもぐ食べた。
きらりちゃんは僕をちらりと見た。
正直ちょっと苦手なタイプだ。
きらりちゃんはもじもじしながら切り出した。
「そ、それがですね……。月代君のことなんです……」
話を聞くに、きらりちゃんは月代君という男の子とお付合いをしているらしい。
もう三年になるそうだ。
中学三年生でもう三年付き合ってるなんて……。
僕は愕然としてたけど、大橋さんは知ってたらしく、ふんふん頷いている。
「それで、昨日が付き合って三周年だってんですけど、何の音沙汰もなくて……。あたし、すっごく楽しみにして待ってたのに……」
そこまで言ってきらりちゃんは涙をポロポロ流した。
「一周年の時も二周年の時も忙しくて予定が合わなかったけど、来年はきっと祝おうねって言ってくれたのに……。あたし……、もう飽きられちゃったのかな……?」
「よしよし。まずはドーナツでも食べて落ち着こうね♪」
きらりちゃんを励ます大橋さんはいつもより大人っぽく見える。
胸にほっぺを擦り寄せるきらりちゃんの口に大橋さんがドーナツを押し込むと、涙は止まった。
僕はもうなにがなんだか分からなかった。
なぜこの子は僕らにこんな話をするんだろ?
僕は生まれてこの方彼女なんかできたことはないし、大橋さんだってそういうのとは縁がなさそうだ。
それともまさか大橋さんも実は恋愛経験豊富とか?
確かに大橋さんは可愛いし、スタイルもいい。
だけど、大橋さんだぞ?(失礼)
きらりちゃんは大橋さんと原因を追及し始めた。
「やっぱり…………浮気ですかね?」
「浮気だったらわたし、月代君を怒っちゃうよ! 浮気は絶対許せないから」
大橋さんはなぜか僕を見て眉を吊り上げる。
「篠塚君。そもそもなんで男の人は浮気するの?」
「え? 僕? いや、浮気もなにも彼女がいたこともないし……」
そう言うときらりちゃんが「え?」と声を上げ、大橋さんを見上げた。
大橋さんは首を傾げる。
「どうしたの?」
「いや、その……。ま、まあいいです……。えっと、篠塚さん? どう思いますか?」
無関係だと思ってた僕は完全に油断していた。
「ど、どうって?」
「なんで月代君が三周年を祝ってくれなかったのかですよ。男の人って記念日とかに興味ないですよね。なんでですか?」
「なんでって言われても……」
僕にある記念日は誕生日だけなんだけど……。
でも恋愛の大先輩であるきらりちゃんは真剣だ。
「いや、その、好きならべつに記念日とかなくてもいいって思ってる……とか?」
「えー? 好きだからこそ記念日は大切にしたいって思うのが普通じゃないですか?」
抗議するきらりちゃんに大橋さんはうんうんと頷く。
「そうだよ! 篠塚君はわたしと最初にお話した日とか覚えてる? 来年のその日にはちゃんと記念のお話しないと怒っちゃうよ!?」
「いや、そもそも僕と大橋さんはほとんど毎日お話してるじゃん……。休みの日だって外出したらなぜか会うし、家にいたら無料通話アプリでお話してるでしょ?」
「分かってないなー。記念日には記念のお話をするからいいんだよ。普通のお話じゃなくてすっごいお話がしたいの」
「すごいお話って……。放送禁止用語が飛び交うみたいな? 通報されないかな?」
「そうじゃなくて!」
大橋さんは分かってないと怒った。
僕としては怒られてもよく分からない。
にも関わらずきらりちゃんは僕を褒めてくれた。
「すごい。本当に毎日お話してるんですか?」
「まあ、昼休みと放課後と、あと寝る前とかもたまに」
「それで嫌になったりやめてって思ったりしないんですか?」
「あれ? そう言えばないかな? なんかもう慣れちゃったし」
「いいなー。月代君なんてSNSのメッセージだって返してくれない時がいっぱいあるんですよ? 会った時話せばいいだろって」
「いや、大橋さんでそれをすると次の日が怖すぎるし……」
大橋さんは黙ってニコリと笑った。
僕は苦笑するしかない。
「聞くけど女の子って記念日にどんなことしてほしいの?」
「はい! わたしはお話がいい!」
「大橋さんはもう分かったから」
僕は手を上げて身を乗り出す大橋さんをなだめた。
きらりちゃんは少し恥ずかしそうにする。
「そ、そりゃあデート行ったり、プレゼントを渡し合ったりしたいですよ。あたしはプレゼント用意しましたもん」
「へえ」
勉強になるな。
「高校生になったら旅行とかも行きたいです。パパとママが許してくれたらだけど」
きらりちゃんは赤くした頬に手を添えて恥じらった。
なるほど。
旅行か。
「プレゼントってなに買ったの? よければ教えてくれる?」
「いいですよ。これです♪」
きらりちゃんはスマホを見せてくれた。
可愛いキャラクターが描かれたマグカップが映ってる。
ペアになっていて、合わせるとキャラクターがキスをしてるように見える。
これが部屋にあって親にバレたら恥ずかしいな……。
「か、可愛いね……」
「でしょー? この日の為に色んなお店に行って探したんですよ♪ ……なのに」
きらりちゃんはガクリと肩を落とす。
「月代君ったら何事もなかったみたいに……。やっぱりあたし、もう飽きられちゃったんだ……」
「いや、そんなね? まだ決まったわけじゃないし……」
喜んだり悲しんだり忙しい子だな……。
そういうところは大橋さんに似てるかも。
「そ、そんなに気になるなら思い切って聞いてみたら?」
すると猛抗議を受けた。
「そんなことしてフラレたらどうするんですか!? 篠塚さん責任取れるんですか?」
「取れません。ごめんなさい。許して下さい」
僕は電光石火で謝った。
そうか。
きらりちゃんは月代君が大好きで、これからも付き合っていたいんだ。
だからもし浮気されてたり飽きられたとしても、その事実を受け止める勇気がないのか。
これが恋に悩める乙女の思考回路なのかな?
うん。
僕には分からないや。
だって僕の周りにいるのは大橋さんだけだし。(失礼)
きらりちゃんは不安になって大橋さんの胸でしくしくと泣いた。
大橋さんは頭を撫でてあげる。
「よしよし。悲しい時はドーナツを食べて忘れようね♪」
大橋はそう言ってきらりちゃんの口にドーナツをねじ込む。
僕も大概無力だけど、大橋さんだってドーナツを食べさせてるだけだ。
それでも大橋さんには大きな胸があって、それに顔を押しつけているだけできらりちゃんは復活してしまう。
「はい……。先輩がいてくれたお陰でなんとか生きていけそうです……」
「それはよかったよー」
その後二人は僕の知らない中学時代の思い出なんかを面白楽しく語り合った。
しばらく経ってきらりちゃんは腕時計を見た。
「あ。あたしもう帰らなきゃ。すいません。色々聞いてもらっちゃって。あとドーナツも」
「いいよいいよ。可愛い後輩の為だもん」
「じゃあこれで。また今度スイーツ食べに行きましょうね」
「うん。バイバイ♪」
大橋さんは笑顔で手を振る。
帰り際、きらりちゃんは僕に言った。
「あの。篠塚さん」
「うん」
「大橋先輩のこと頼みますね。先輩、あたしより寂しがり屋だから」
「あはは……。うん。知ってるよ」
僕が苦笑するときらりちゃんは安心したように微笑む。
「ですよね。じゃあ、また機会があったら」
そう言ってきらりちゃんは店を後にした。
ツインテールが揺れるのを見ながら大橋さんはカルピスをごくごく飲んだ。
そして納得したように頷く。
「うん。やっぱりわたし達に恋愛の相談するのは間違ってるよね」
「それ言っちゃうんだ……。まあ、そうだけどさ」
そうは言いながらも僕は思った。
付き合って三年。
三年って言ったら中学生が高校生になって、高校生が卒業するだけの期間だ。
素直にそれだけの時間一緒に居られることはすごいと思う。
僕は氷が溶けて薄くなったカフェオレを飲みながら、美味しそうにドーナツを食べる大橋さんを見つめた。
大橋さんは視線に気付いて首を傾げる。
「どうしたの?」
「……ううん。口、ついてるよ」
「えへへ♪」
大橋さんははにかみながらナプキンで口を拭いた。
僕らが出会ってまだ一年も経ってない。
三年経ったらどんな風になってるんだろう?
それはまだ分からないけど、一つだけ確信できることがある。
きっと三年後も大橋さんはお話が好きなはずだ。
後日。
きらりちゃんから大橋さんに連絡があった。
どうやら月代君ときらりちゃんでは付き合ったと思ってた日が違ったらしい。
きらりちゃんは手を繋いだ日からカウントしてたらしいけど、月代君はキスした日から数えていたそうだ。
僕らと会って一週間後、きらりちゃんは月代君から髪留め用のリボンをプレゼントされ、それを付けて喜ぶ写真を送ってくれた。
とっても幸せそうだった。
大橋さんはその写真を僕に見せるとニコリと笑った。
「わたしも今から篠塚君が三周年にどんなお話してくれるか楽しみにしてるね♪」
どうやら僕は今から頭を悩ませておかないとダメらしい。
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