第42話・元号
お昼休み。
僕と大橋さんはお話部の部室でスマホのワンセグを起動していた。
テレビを見てるなんてことがバレたら大変だから、二人でイヤホンを分け合ってNHKを凝視する。
そう。
これから新しい元号が発表されるんだ。
設定的に言えば今は夏休みの直前で、加えて言えば発表される四月一日は春休みなんだけど、そんな細かいことで大橋さんを止められるほどこの世界は甘くない。
「楽しみだねー♪」
「そうだね」
正直僕はどうだってよかった。
平成が終わるって感慨がないわけじゃないけど、だからと言って世界が変わるわけじゃない。
だけど平成生まれが年寄り扱いされるのかと思うと、ちょっぴり寂しいかも。
大橋さんはウキウキしてる。
なにがそんなに楽しみなのかは知らないけど、大橋さんがご機嫌ならいっか。
「ねえねえ篠塚君♪ 次の元号ってなんになると思う?」
「う~ん。なんだろ? 『永』って字とか『安』って字が有力ってテレビで言ってたけど」
すると大橋さんはイタズラっぽく微笑んだ。
「わたしね。もう知ってるんだ。元号」
「え? そうなの? なに?」
「なんだと思う?」
大橋さんは小首を傾げた。
「えっと……、なんだろ? 安永とか?」
「ブブー。違いまーす」
大橋さんは人差し指をクロスさせる。
というかなんで大橋さんは新しい元号を知ってるんだろ?
未来人かな?
「じゃあなに?」
「それはね?」
大橋さんは空中に指で文字を書いた。
「綺麗に話す書いて『麗話』だよ」
「れいわ……? ……え? それって本当なの?」
「うん。昨日夢で管さんが言ってた」
なんだ夢か。
「手話の人が邪魔で最初なんだか分からなかったけど、多分そう」
なんか具体的な夢だな。
それにしても夢にまで管さんが出てくるなんてどれだけ楽しみなんだ……。
「途中で起きちゃったんだけどね。わたしもう大喜びだよー。きっと新しい年になればたくさんお話できるんだって思うといてもたってもいられなくて踊っちゃった♪」
うん。
いつもと変わらないよね。
でも踊った大橋さんはちょっと見てみたい。
揺れる胸が見たいとかじゃなくてね?
「篠塚君はどうなってほしい?」
「え? 麗話になるんじゃないの?」
「一応だよ。一応。まあわたしの予知夢が外れるわけないんだけどね」
大橋さんは自信満々だ。
もし外れたらどうしよう……。
今から心配になっちゃうよ。
「う~ん。別に今まで通り平和でいてくれればいいかな。戦争とかいやだし」
「戦争はいやだねー。お話できなくなっちゃう」
そこ?
まあ大橋さんらしいけど。
「あとは景気がよくなったり」
「なったり?」
「皆幸せに暮らせたり」
「暮らせたり?」
大橋さんはなにかを期待してるみたいだ。
上目遣いで要求してくるからずるいよなー。
「……お話がいっぱいできたり?」
「だよねー♪ それが一番大事だよー♪」
もう半分言わせてるじゃん。
僕が苦笑してると予定の時間が過ぎた。
どうやら少し遅れてるらしい。
大橋さんは今か今かと待ちわび、お行儀悪く足をぶらぶらしている。
「そう言えばさ」
「うん」
「元号って、なに?」
「え?」
「変わるとどうなるの?」
「どうって……」
「うん」
「そ、そりゃあ、あれだよ」
「どれ?」
「……元号は元号だよ」
「元号かー。で?」
どうやら待ってるのに飽きてきたらしく、大橋さんは退屈そうだ。
えっと、たしか天皇陛下が代わると元号も変わったはずだ。
でも他の国じゃやってないらしいし……。
あれ?
元号ってなんだ?
僕は少し考え、過ぎった考えを告げた。
「…………多分だけどね?」
「うん」
「元号が変わるとカレンダーが売れるんじゃない?」
「あ。そっかー。年の初めからのカレンダーとかもあるもんね。日めくりカレンダーとか」
「そうそう。それを買い換えさせれば売れるでしょ?」
「たしかに古い元号のままだと気持ち悪いけど……なんかずるいね」
「まあ、商売だから……」
「篠塚君は買うの?」
「え? いや、僕は買わないけど、買う人はたくさんいるんじゃない?」
「ふ~ん。けどわたしも麗話だったら買っちゃうかな。記念として毎日お話ができるカレンダーが出たりして」
怖いよ。
日にちが変わるたびにカレンダーが喋るの?
動画投稿サイトの時報並に苛立ちそうなんだけど。
「その場合CV篠塚紀一かなー」
僕、声優デビューしてる――
「毎日零時になるとそこから一時間話すの」
「収録が大変そうだね……」
「もちろん生放送だよ」
僕は毎日深夜零時に待機しとかないとダメなの?
もはや刑罰だよ。
「いや、それは――」
「あ! 管さん来た!」
「え? 管さんが?」
もはや親戚のおじさんみたいに親しみを込めて呼んじゃってる。
政治家なんて総理大臣と管さんしか知らないからかな。
僕らは肩を寄り添い、固唾を飲んで発表を見守る。
管さんは一礼すると、緊張しながら言った。
『新しい元号は、レイワであります』
「ええッ!? 本当に麗話なの!? 大橋さんすごい!」
「ほらねー。言ったでしょ?」
僕は唖然として、大橋さんは鼻高々だ。
「あれ? でも手話の人で漢字が見えないな……」
「だから綺麗にお話するって書いて…………」
手話の人が居なくなると『令和』の文字が出てきた。
大橋さんはきょとんとした。
「……あれ? 間違ってる! 間違ってるよ管さん!」
そこで自分が間違ってるって思わないのがすごいな。
いや、読みだけでも当てる大橋さんには驚愕するけど……。
大橋さんはなんとか間違いを正そうと叫ぶけど、時既に遅しだ。
ネットニュースやSNSは元号の話題で持ちきりだった。
「ああ……。元号が間違ったまま広がっていく……。本当は麗話なのに……」
しょぼんとする大橋さんがなんだか可哀想で、僕はなぜかあった色紙にマジックで麗話と書いてみせた。
「えっとね。じゃあ僕らのお話元号を麗話にしようよ」
「お話元号?」
大橋さんは繰り返すと顔を明るくさせる。
大橋さんはお話が大好きだから、お話って付けば元気になるのだ。
「そう。僕らだけの内緒でね」
「内緒なの?」
「うん。だから元気出して?」
「うん♪ じゃあ新しい元号に備えてお話しなきゃね」
「そうだね」
大橋さんは嬉しそうに笑いながら新しい元号になったらなにするかをお話した。
機嫌がなおって僕はホッとする。
やっぱり僕にとっては元号なんかどうでもいい。
変わっても、そうじゃなくても、大橋さんが楽しそうにお話してるのを見られたら僕は幸せだから。
大橋さんはお話がお好き 古城エフ @yubiwasyokunin
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