第34話・ペット KAC3

 放課後。

 お話をするだけのお話部(非公認)にジャックされた図書管理室に僕と大橋さんはいた。

 部屋には人数分の机と椅子しかないけど、お話をするのにそれ以上は必要なかった。

「ねえねえ篠塚君♪」

「なに?」

 僕は水筒の麦茶を飲みながら尋ねた。

「わたしね。やっぱりペットが飼いたいんだ」

「……だからね。学校でペットを飼うのは無理なんだよ」

「うん。それは分かるよ」

 分かってくれたか。

 どうやらたまに飛んでくるフクロウで満足してくれたみたいだ。

 僕はホッとした。

「だからね。こういうのはどう?」

「うん?」

「お互いがペットになるの」

「……え? どういうこと?」

「今日はわたしがペットで、明日は篠塚君がペット。みたいな感じ」

 聞いてもよく分からない。

「ペット?」

「うん。ワンちゃんとか猫ちゃんとか、そういうのになりきるの。そしたら学校でペットを飼ったも同然だと思わない?」

 うん。

 思わない。

「それって人権的にどうなの?」

「そんなの気にしてたらお話なんてできないよー。ほら。これ買ってきたらからやってみよ?」

 そう言って大橋さんは猫耳と猫の尻尾を鞄から取りだした。

 肉球手袋まである。

「いや。なんでそこまでしてペットが飼いたいの? というかこれだと大橋さんがペットみたいだよ?」

「ペットを飼うためにはまずペットの気持ちを知らないと。常識だよ」

 良いこと言ってるけどここまでやるのは常識的ではない。

 それから僕と大橋さんはじゃんけんした。

 負けた方が猫になるっていうのが罰ゲームみたいだ。

 そして、僕は負けた。

「はい。篠塚君がペットね♪」

 一体誰が得するんだ?

 そんな疑問を他所に僕は猫耳と尻尾を付けられ、手袋をはめられた。

 親には見せられない姿だ。

「今から三分は人の言葉喋っちゃダメだからね? 分かった?」

「……うん」

「そこはニャーでしょ?」

「……ニャー」

 恥ずかしい……!

 死ぬ程恥ずかしい!

 なのに大橋さんは満足そうだ。

「そうそう♪ えらいえらい♪」

 そう言って大橋さんは僕の頭を撫でる。

「はい♪ シノにゃんの好きな魚肉ソーセージ買ってきたからねー♪」

 別に好きじゃないよ。

 それにシノにゃんはやめて!

 苗字ににゃん付けはきつすぎるよ!

「ニャ、ニャー……」

「うんうん♪ 嬉しいかー」

 さっきから大橋さんは一ミリも僕の気持ちを分かってくれてない。

 ペットの気持ちを知るのが常識なんじゃないの?

 大橋さんはソーセージのフィルムを剥がし、僕に向ける。

「はい♪ あーん♪」

「ニャーン……」

 恥ずかしがりながらも、ぱくりもぐもぐと食べてみる。

 普通の魚肉ソーセージだ。

「おいしい?」

「ニャー……」

 普通です。

「おいしいかー。よかったー。冷蔵庫に眠ってたからどうかなーって思ったけどまだいけそうだね。賞味期限が先月になってたけど」

 毒味させられてる――

「ニャーニャニャニャン! ニャニャニャニャニャニャン!」

 ひどいよ大橋さん! もはや動物虐待だよ!

「そうかー。もっとほしいかー。はい。残さずお食べー♪」

「ギニャー!」

 結局一本まるまる食べさせられた。

 そして三分が経過した。

「ひどいよ! 僕の思ったこと全然分かってくれてなかったじゃん!」

「またまたー。わたしは近所の猫ちゃんと遊び慣れてるんだからそんなことないよー。あるとしたら篠塚君が猫ちゃんになりきれてないだけだって」

 そこを求められるの?

「はい。じゃあもう一回じゃんけんね」

「え? 今度は大橋さんがやるんじゃないの?」

「負けた方がやるって言ったでしょ? ほら。さいしょはぐー。じゃんけん」

 負けた。

「ギニャー!」

 そしてもう一本魚肉ソーセージを食べさせられた。

 それでもなんとか三分が耐えた。

「ハアハアハアハア……。さすがに三連続は勘弁してください……」(絵的にも)

「もー。しょうがないなー。いいよ。次はわたしがやってあげる。わたしが猫ちゃんとはなんたるかを教えてあげるよ」

 大橋さんはなぜか自信満々に大きな胸を張った。

 そして猫耳、猫の尻尾、肉球を装備してポーズを取る。

「ニャキーン! どう? 似合ってる?」

 正直に言おう。

 めっちゃ可愛い。

 大橋さんの奔放性が猫とぴったり合ってる。

 今まで僕は人の姿をした猫とお話してたんじゃないのかとすら思うほどだ。

 制服猫コス姿に見とれていると、大橋さんはいつも綺麗に掃除している床に手をつき、四つ足になった。

「ニャーン♪」

 …………クソ! 可愛い!

 四つ足になったことで谷間が見えて胸が強調されるのもあるし、なにより悪戯っぽい表情がすごく可愛い。

 そんな可愛い大橋さんは僕の足にすりすりと頬を擦り寄せる。

「ニャー♪」

「え? いや、その……えっと……」

「ニャでて♪」

 喋ってるじゃん。

 とは思うものの撫でざるを得ないのが今の大橋さんだ。

 いや、大橋にゃんだ。

 僕は大橋さんの頭を撫でてあげた。

 長い黒髪は飼い猫の毛みたいにサラサラしている。

 やばい。

 飼いたくなる。

 大橋さんも気持ちよさそうに目を瞑った。

 すると今度はごろんとなり、お腹を見せた。

「ニャーン♪」

 大橋さんは手を猫の手にして、甘えた声を出す。

 え?

 これってまさかお腹を撫でろってこと?

 そんなことして大丈夫なの?

 訴えられない?

 なんて葛藤も大橋にゃんの前には無意味で、僕は膝をついてお腹を撫でた。

 制服の上からでも柔らかさが伝わる。

 夏服だから感触はほとんどダイレクトだ。

 女の子特有の柔らかさが手に吸い付いた。

 いくらでも撫でていられる。

 すると大橋にゃんは笑い出した。

「ニャハハハ♪ くすぐったーい♪」

「ご、ごめん……。つい」

 僕は思わず手を離した。

 さらに不安定な体勢で思いっきり動いたもんだから、そのままバランスを崩し、後ろに倒れてしまった。

「いてて……。背中打った……ってええ?」

 僕が痛がってると大橋さんが僕に跨がってきた。

 押し倒された格好だ。

「ニャニャーン♪」

「ちょ、ちょっと大橋さん! これはさすがに……」

 しかし今の大橋さんは猫なので僕の言葉は分かってないらしい。

 猫耳大橋さんの可愛い顔が目の前にまでやってくる。

 大橋さんはニコッと笑い、顔をゆっくり近づけた。

 ドキドキしながらも、僕は目を瞑った。

 もういい。

 大橋にゃんにならなにをされても受け入れよう。

 なんて覚悟を決めていると、大橋さんは僕の首筋をぺろっと舐めた。

「ひうっ」

 思わず声が出てしまう。

 すると大橋さんはくすりと笑った。

「はい。終わりだニャン♪」

 気付くと三分経っていたらしく、大橋にゃんは大橋さんに戻った。

 目を開けると傍らにしゃがみ込む大橋さんと目が合った。

「どうだった? わたしの方が猫ちゃんっぽいでしょ?」

「う、うん……。なんかもうほとんど猫だったよ」

「えへへー♪ やったー。わたしの勝ちー♪」

 大橋さんは嬉しそうに万歳する。

 大きな胸がたぷんと揺れた。

 これって勝負だったんだ?

 それにしても大橋にゃんは刺激が強すぎる。

「や、やっぱりもうやめない? ペットの気持ちも分かったでしょ?」

「なに言ってるの? まだまだこれからだよー。はい。さいしょはぐー」

 勝った。

 だけど猫に飽きた大橋さんは眠くなり、僕に膝枕をさせてぐーすかとお昼寝し出した。

 まどろみの中、さらさらの髪を撫でながら僕は思った。

 これ以上ペットは飼えないなぁ。

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