第33話・二番目 KAC2
僕が食堂で大盛り無料キャンペーンをしていた味噌ラーメンをすすっているといつも通り大橋さんが前の席に座った。
大橋さんはいつも手作りのお弁当を持ってきている。
中身は色取り取りでおいしそうだ。
事実おいしかった。
そんな大橋さんは甘い卵焼きが大好きで、完全にレギュラーとして登板させている。
「ねえねえ篠塚君♪」
お話が大好きな大橋さんはいつも通り楽しげに笑いかける。
「うん。なに?」
「篠塚君が二番目に好きな食べ物ってなに?」
「え? 二番目? 一番じゃなくて?」
「だって一番なんてつまらないよ。みんな一度は考えるし。だから二番目」
「三番目じゃダメ?」
「ダメ」
「ダメかー」
大橋さんがダメと言うなら仕方がない。
僕はもやしを食べながら考えた。
「う~ん。一番好きなのは……やっぱりお寿司かな」
「うんうん。じゃあ二番目は?」
「二番目は……カレーとか?」
「カレーなんだ」
「まあ、あえてあげるならカレーかな」
「じゃあ今から死ぬまで二つしか食べられませんってなったら篠塚君はお寿司とカレーを選ぶんだね」
「え? 二つだけ?」
「だって一番と二番でしょ? ならそうなるんじゃない?」
「そう……なるのかなー……」
死ぬまで二種類と好きなの二種類じゃ選ぶ基準が違ってくるような。
でも本当に二つだけなら上から選んだ方が良いような気もするし。
あれ?
これ結構難しいぞ。
「いや、でもそれなら毎日お寿司は違うかな? たまに食べるからお寿司はより美味しく感じる気がするし。カレーもそれっぽい気がする」
「でも毎日朝にカレー食べてる人もいるよ?」
「それは一部のメジャーリーガーとかじゃないかな?」
あの人も今は食べてないらしいけど。
「じゃあ結局お寿司もカレーもそれほど好きじゃないってことじゃん。ちゃんと決めなきゃだめだよ。不誠実だよ」
大橋さんはぷんぷんと怒った。
そうは言われても中々難しい。
どれか一つなら諦めもつくけど、二つなら組み合わせたりもできるわけだ。
ならお寿司とカレーは相性が悪そうだった。
「う~ん。ご飯と唐揚げとかもありだしな……」
「スープ系はいらないの? お味噌汁とか野菜スープとか」
「確かにそういうのも欲しいよね……」
むう。
困った。
結構食べたいものがあるなあ。
今食べてるラーメンだって一生食べられないとしたら悲しいし……。
あ。
なら色々な要素が入ってるのを選べばいいんだ。
「えっと、じゃあ牛丼と野菜たっぷりラーメンとかならどうかな? 牛丼ならお肉とご飯を食べられるし、野菜たっぷりラーメンなら麺と野菜とスープでしょ?」
「たしかにそうだねー。じゃあ篠塚君のベスト2はそれでいい? お魚とかはいらないの? お寿司好きって言ったのに」
「な、なら牛丼を海鮮丼にしてラーメンのチャーシューをマシマシにするよ。それならお肉も魚介も取れるし」
「ふ~ん。じゃあラーメンは何味なの?」
「え? そこも決めないとダメ?」
「ダメだよー。厳正な審査を突破しないと食べさせません」
「誰が?」
「御上が」
御上か……。
ならしょうがない。
御上には逆らえないのが日本人だ。
「えっと、醤油、味噌、とんこつ、塩……くらいかな?」
「鳥白湯とか魚介スープとかもあるよ。あとチャンポンも」
「その中で一種類とすると……やっぱり醤油かな。飽きなさそうだし」
「じゃあ醤油ラーメンでいい?」
「でも醤油ラーメンってそんなに頼まないんだよね……」
店とかもとんこつラーメンが多いし。
味噌も無性に食べたくなるんだよなー。
僕はできるだけ間を取ることにした。
「う~ん……。豚骨醤油にしとこーかな……」
「はい。じゃあ決まりね。篠塚君は死ぬまで海鮮丼と豚骨醤油ラーメンしか食べられません。その旨を国に申請しておくから」
やめてよ。
なんか怖いよ。
統計不正問題のゴタゴタで通っちゃったらどうするの?
高確率で生活習慣病にかかっちゃうよ。
「な、なら大橋さんはなにを選ぶの?」
「え? わたし?」
大橋さんはなぜか驚いて自分を指差した。
「うん」
「わたしはなんでも食べるよ。そういう風に食育されてきたから」
「いや。そういうことじゃなくて……。二つだけならなにってお話でしょ?」
「それは篠塚君がでしょ?」
「なんで僕だけなの!?」
「篠塚君が篠塚君として生まれてきたから」
僕は存在そのものが罪なの?
「ず、ずるいよ。そんなこと言わずに大橋さんも二つ選んでよ」
「えー。そんなこと言うと将来篠塚君が就職する企業に民間じゃ使えない官僚を天下りさせちゃうよ?」
この子は神か?
将来の大橋さんはどんな権力握ってるの?
「それはそれで困るけど……。でもダメ。大橋さんも二つ選んで」
心を鬼にして言うと、大橋さんはほっぺをぷっくり膨らませた。
「もー。しょうがないなー」
そう言いながら大橋さんは上を見て指を折り曲げていく。
「二つだけ……。えっと、ドーナツと卵焼きは絶対に食べたいし。ケーキとかタルトもおいしいでしょ? ご飯とかパンとかお野菜も食べたいし、お肉と魚も食べたい……。甘い物もたくさん食べたいし、たまには辛い物も食べたい……」
大橋さんは食べたいものだらけだった。
その内頭からプスプスと煙が上がり、遂には泣き出した。
「ううぅ……。なんで篠塚君はそんないじわるなこと言うの……? わたしはもっと色々なものを食べたいよぅ……」
「ええ!? いや、言い出したのは大橋さんでしょ?」
「違うもん。カクヨムだもん」
それを言っちゃうのか……。
急に泣き出す大橋さんに周りの生徒はなんだなんだと注目し出す。
修羅場なんて言葉も飛び出した。
僕は慌てるしかない。
「ご、ごめん! いいよ。大橋さんはなんでも食べていいから! 悪いのは全部カクヨムだから!」
「ぐすん……。……本当に? 御上にも黙っててくれる? 忖度してくれる?」
「うん。黙ってるから! 絶対に言わないよ。野党になんて言われても口を割らない!」
もはやなんの話か分からないけど、大橋さんの機嫌が治ってくれるならなんでもいい。
大橋さんはホッとしてから涙を拭った。
「よかったぁ……。やっぱり人間好きなものを食べないとね」
「うん……。そうだね……」
今度は僕がホッとした。
まさか二番目に好きな食べ物から忖度にまで繋がるとは……。
この話題は当分封印しないとな……。
なんて思いながらすっかりぬるくなった味噌ラーメンを食べていると、大橋さんが「あ」と明るい顔になった。
なんか、嫌な予感がする。
「ねえねえ篠塚君♪ じゃあ篠塚君が二番目に好きな人って、誰?」
予感はマッハで的中した。
周りからはまた「修羅場だ」の声が飛んでくる。
その後、僕は汗をだらだら流しながらねえねえを続ける大橋さんを見ないで味噌ラーメンを食べ終えた。
誰と答えても大橋さんの機嫌が悪くなるのは目に見えてるからだ。
一番好きな人は目の前にいるよ。
そんなことを言えるほどの勇気は僕にはなかった。
なによりせめて卒業するまでは大橋さんとはこんな風にお話していたいから。
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