第32話・フクロウ KAC1

 県立西高。

 放課後。

 お話部のお話場である図書管理室に行くと大橋さんが僕を待っていた。

 大橋さんはお話が大好きな可愛い女の子だ。

 身長は中肉中背の僕より小さくて、なのに胸は目のやり場に困るほど大きい。

 頭にはハートの髪飾りを付けていた。

 僕は隣の席になってから大橋さんに目を付けられ、お話の聞き手としての日々を過ごしている。

 そんな大橋さんは椅子に座り、白くて丸いフクロウを頭の上に乗っけていた。

 実は朝からこんな調子だ。

「篠塚君。おはよう。今日は良い天気だねー」

「今日の卵焼きは自信作なんだー」

「もうすぐ放課後だねー。ドーナツ食べたいなー」

 そう言う大橋さんの頭にはずっと白いフクロウが鎮座している。

 どこからツッコんだらいいんだろう……。

 それが分からないまま放課後になってしまった。

 すると大橋さんは楽しそうに笑った。

「ねえねえ篠塚君♪」

「うん。なに?」

「せっかくお話場が手に入ったんだし、もっと色々欲しいよね」

 確かに図書管理室には椅子と机しかない。

 まあ僕も大橋さんも水筒を持ってきてるから飲み物はあるし、お菓子だってコンビニで買ってこればいい。

 今のところ不自由はなかった。

 あえて言うなら扇風機とかストーブがあった方がいいかな。

 でも今みたいに窓を開ければ風が入ってきた。

「でもここは内緒で使わせて貰ってるんだからあんまり色々持ち込むとバレた時に怒られちゃうよ」

「そっかー。でね? わたしペットが飼いたいんだ」

「うん。話聞いてた?」

 呆れる僕をフクロウがギロリと睨んだ。

 普段は眠そうな目でフワフワ可愛くしてるのに、睨むとキリッとしていて結構怖い。

 一方大橋さんはぷっくりと頬を膨らましている。

 僕は上下からプレッシャーをかけられていた。

「えー。なんでダメなの? 篠塚君は動物嫌いな人?」

「いや。好きとか嫌いとかじゃないよ。部室でペット飼っちゃダメなんだよ」

「そんなの誰が決めたの?」

「多分、国かな?」

 ここは県立高だし、間違っちゃいないはずだ。

「でも生物部では色々飼ってたよ? メダカとかカメとかいっぱい。なんで生物部がよくてお話部がダメなの?」

「お話部は生物部じゃないからだよ。それに正式には認められてないし」

「そんなの不公平だよ!」

 大橋さんは受け入れられないとぷんぷん怒る。

 こうなると面倒なのが大橋さんだ。

 なにより大橋さんの上でフクロウが羽を広げて威嚇してくる。

「どうすればお話部は正式な部活になるの?」

「え? それは多分……、無理かな」

「なんで?」

「なんでって、お話部は僕と大橋さんだけだし、そもそもお話するだけの部活なんて誰も認めてくれないよ。公園でやれって言われちゃう」

「なにそれ? 大人達はお話のことをなんだと思ってるの?」

「お話だと思ってるんじゃないかな」

「失礼しちゃう!」

 大橋さんはむっとしてそっぽを向き、フクロウは肩をすくめた。

 いや、フクロウに肩があるのかは知らないけど。

 とにかく、このフクロウをペットとして飼うことだけは阻止しないといけない。

 えさ代もすごそうだし、なにより怖い。

 まあ大人しく大橋さんの頭に乗っかってるうちは可愛いけど。

 だからと言っていつ攻撃してくるか分からないものを大橋さんの頭に乗せ続けるのはやっぱり怖かった。

 なんとか遠回しにダメって言ってみるか。

「えっと、じゃあね。もしだよ。もし大橋さんが飼うとしたらなにが飼いたいの? あ。でも、もしもだからね? 飼えないのもいるかもしれないから」

「もしも?」

「うん」

「じゃあペンギン」

「え?」

 僕は驚き、ついでにフクロウもびっくりして目を見開いていた。

「ぺ、ペンギン?」

「うん。だって可愛いでしょ?」

「まあペンギンは可愛いけど……」

 純粋な笑顔を浮かべる大橋さんの上ではフクロウがしゅんとしている。

 なんだか可哀想になってきた。

「いや、でもペンギンは無理だよ。そもそも日本にいないし。ワシントン条約に引っかかっちゃうよ。最悪西高に警察が来て――」

「篠塚君が捕まる」

 なんで僕だけ?

「と、とにかくペンギンは無理だって」

「えー。じゃあもういいや」

 一気に興味をなくす大橋さん。

 その上ではフクロウが驚愕していた。

「ほ、他にもいるでしょ? ほら、可愛い鳥が」

 なんで僕がフクロウを擁護してるんだろう?

「それってもしかして、ハシビロコウ?」

「違うよ。でかくて動かないハシビロコウじゃなくて」

「ヒクイドリ?」

「違うって! そんな世界一凶暴な鳥なんて飼ったら食べられちゃうよ。そもそもなんでそんなに鳥に詳しいの?」

「だって調べたから。ペンギンが飼いたくて」

「だったらもっとすんなり出てくるでしょ? ほら、丸くて可愛い鳥が」

 僕の質問に大橋さんはう~んと考え込んだ。

 その様子を僕とフクロウが固唾を飲んで見守る。

「…………スズメ?」

「まあ、丸くて可愛いけど…………」

 フクロウがあんぐり口を開けて悶絶してるよ。

僕がしつこく聞くので大橋さんは益々むっとした。

「もう篠塚君がなに言ってるのか分かんないよ! いじわるしないで!」

「してないよ! だって大橋さんの頭に――」

 フクロウがいる。

 そう言おうとした時、部屋の隅でカサリと音がした。

 それを聞いて僕らは固まった。

 そこには黒光りしたGが闊歩している。

 一瞬時が止まり、次に大橋さんが悲鳴を上げた。

「きゃあああああああああああああああぁぁぁぁっ! 無理無理無理無理! 篠塚君どうにかしてえええぇぇっ!」

 大橋さんは僕に抱き付いてくる。

 大きな胸がむにゅっと腕に当たり、一瞬ドキッとした。

 だけど僕だってゴキブリは嫌いだ。

「いや、僕も無理だって! 盾にしないでよ!」

「するもん!」

 するもんって……。

 そうこうしている内にゴキブリは僕らの方を向き、羽を広げた。

 そして僕目がけて飛んでくる。

「わあああああああああぁぁぁっ! なんで来るのぉっ!?」

 どうしてゴキブリは人に向って飛んでくるのか?

 そんな疑問も解決しないまま、視界のゴキブリは大きくなり、そのディティールまでがはっきりしていく。

 ああ。

 もうだめだ。

 まあゴキブリから大橋さんを守れるだけマシか……。

 僕は絶望の淵にいた。

 あと少しでゴキブリが僕に顔面に体当たりする。

 世界がスローモーションで動いていく。

 覚悟を決めたその時だった。

 大橋さんの頭の上からフクロウが飛来し、颯爽とゴキブリを足でキャッチした。

 そしてそのまま窓から外へと飛んでいく。

 その全てが華麗で、無駄がなかった。

「…………助かった」

 僕は全身から力が抜け、その場でへたり込んだ。

 僕にしがみついてる大橋さんも一緒だ。

 そうか。

 フクロウは虫や鼠を取って食べるんだ。

 本当は良い奴だったんだな。

 飼えないなんて思ってごめんね。

 僕が謝罪と安堵で胸をいっぱいにしている中、隣で女の子座りしている大橋さんは驚愕していた。

「……あれ? どうしたの? ゴキブリならあの子が――」

「なんでフクロウがいるのっ!?」

「ええッ!?」

 

 追記 その後頻繁にあのフクロウが部室の外にある木にとまりにくるので、大橋さんはペン君と名付けて可愛がってたりする。

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