第29話・お買い物
放課後のお話も終わり、僕らは帰宅の途についた。
その途中、大橋さんが「あ」となにかを思い出す。
「そうだ。お買い物しないとだった」
「お買い物?」
「うん。今日はお母さん遅いからわたしが晩ご飯作るの。だからお買い物」
「へえ。なに作るの?」
「う~ん。どうしよっかなー。まあいいや。作ってから決めるよ」
行ってからでしょ?
それだとできちゃってるよ?
「今からスーパー行くから篠塚君も来て」
「え? なんで?」
「なんでも。あ。そうだ。カート押させてあげるよ」
僕は小学生だと思われてるのかな?
まあどうせ暇だしいいか。
そんなこんなで僕らはスーパーマーケットにやってきた。
地元のスーパーはワンフロアしかない中規模店舗だ。
郊外に行けばスーパーの入った大型ショッピングセンターがあるけど、休日とかじゃないとそこまでは行かない。
僕としてはこっちのスーパーも普段はあまり来ないので懐かしかった。
子供の頃はよく親について来てお菓子を買ってもらった記憶がある。
今でもそんな感じの子供がお菓子コーナーで色々悩んでいた。
小さな男の子がどれにしようか悩んでいると、同い年くらいの女の子がやって来た。
「もー。まだなやんでるの? そんなことだからゆーたくんはだめなんだよー」
「でもどっちも食べたいし、だけどひとつしか買えないし……」
「しょーがないなー。じゃああたしがこっちを買うから、ゆーたくんはそっちを買って。二人でわければどっちも食べられるでしょ?」
「いいの? ありがとー」
男の子はお礼を言うと、女の子に手を引かれて行ってしまった。
まったくもって微笑ましい。
にしてもあの男の子は将来お嫁さんの尻に敷かれるんだろうなー。
可哀想に。
こういうのは今からしっかりしてないとだめなんだよ。
すると大橋さんが眉をひそめてやって来る。
「なんでいきなりお菓子コーナーに行っちゃうの? ほら。ちゃんとカート押してよ」
「あ。ごめん」
「まったくもー。なんの為について来たの?」
「なんの為って……」
「篠塚君がどうしてもカートを押したいって言うから連れてきてあげたのに」
「言ってないよ!」
「はいはい。あとでちゃんとお菓子買ってあげるから。今はこっちね」
大橋さんはお母さんみたいな言い方をするので、周りの主婦達がクスクスと笑っていた。
恥ずかしい……。
僕らはまず生鮮食品のコーナーに向った。
野菜がたくさん置いてある。
セールや安売りのポップが目立つけど、普段の値段を知らない僕はどれだけお得か分からなかった。
「篠塚君はなにが食べたい?」
「え? 僕もお呼ばれしていいの?」
「ううん。まだダメ。でも参考にしておこうと思って」
大橋さんは首を横に振った。
僕はなあんだと思いながらも、まだってことはいつかはいいのかなと考えていた。
「えっと、じゃあカレーとか?」
「えー。カレーなんて誰が作っても同じだよ。もー。男の子はすぐにカレーとかハンバーグとか言っちゃうんだから」
「ダメなの?」
「ダメだよ」
「なんで?」
「だってせっかく頑張って作っても普通に美味しいって思われちゃうじゃん」
「普通に美味しいならいいと思うけど……」
「ダメなの。絶賛してもらわないと嬉しくない」
「絶賛って……」
「シェフを呼ぶくらいは褒めてほしいの!」
呼んでも来るのは大橋さんだと思うけど……。
「まあいっか。一応参考にはしてあげるね」
「うん。ありがと……」
すると大橋さんはにんじんと大根が安いのに目を付けた。
「あ。今日は筑前煮にしよ♪」
まったく参考にされてない……。
「篠塚君は筑前煮好き?」
「まあ、普通に」
「ふ~ん。じゃあ他にはなんにしよっか?」
「う~ん。焼き魚と味噌汁とかでいいんじゃない?」
「お。和食っぽいね♪」
「和食っぽいでしょ」
「でも味噌汁じゃなくて豚汁にするね。筑前煮と具材が似てるから。にんじんに大根にレンコン。お肉は筑前煮に合わせて鶏肉にしちゃお」
「豚汁なのに?」
「主婦は融通を利かせるものなの。作って貰ってるんだから一々文句言わないで」
「……ごめんなさい」
僕が謝ると周りの主婦達がうんうんと頷いた。
どうやらここに僕の味方はいないらしい。
べつに僕が食べるわけじゃないんだけどな……。
僕らは一通り買い物を済ました。
大橋さんはよくこのスーパーに来るらしく、どこになにがあるか知ってるからすいすい進んで行く。
そして最後にお菓子コーナーへと戻ってきた。
「お買い物を付き合ってくれたお礼になんでも一つ買ってあげるよ。さあ選んで」
「え? べつにいいよ。お菓子くらい自分で買えるし」
「いいからほら。遠慮しないで♪」
遠慮してるっていうよりは恥ずかしいんだけど。
でもここで断ると大橋さんが不機嫌になるかもしれない。
せっかくご機嫌なんだし、ここは適当に一つ選ぼう。
そう思って棚を見てると、さっきの男の子が戻ってきていたらしく、見上げられている。
「……なに?」
「お兄ちゃん高校生なのにおかし買ってもらうの?」
どうやら制服から年齢がバレたみたいだ。
「え? いや、これは……」
次に男の子は大橋さんを見た。
大橋さんはニコリと微笑む。
男の子は再び僕を見上げて尋ねる。
「あの人がお母さん?」
「違うよ! どう見ても同級生でしょ?」
「なんで同級生におかし買ってもらうの?」
「それは…………」
なんでだろ?
僕が首を傾げると、男の子は大橋さんを見上げる。
「なんで?」
「なんでだと思う?」
大橋さんは屈んで男の子と目線を合わせる。
胸が寄せられると谷間が見えてドキッとしてしまう。
それは男の子も一緒みたいで、顔を赤くしている。
「た、たぶんだけどね……?」
「うん」
「なかよしだから?」
「おー。正解です♪ 良い子だねー♪」
大橋さんは嬉しそうに笑い、男の子の頭を撫でてあげた。
男の子は照れながら俯いていた。
そうか。
僕は大橋さんと仲良しだからお菓子を買ってもらうのか。
……いや、やっぱり分からない。
僕が首を傾げてると、男の子が大橋さんにお菓子を勧めていた。
「これ。これがいいよ。カードが付いてるやつ。ガムも入ってるし」
「へぇー。篠塚君これがいいって」
大橋さんが笑いながら僕を見上げる。
こうやって見てると年の離れた姉弟みたいだ。
いや、どっちかと言うと親子かな?
僕としてはなんでもよかったけど、さすがにこの歳でオマケ付きは気恥ずかしい。
僕が困っていると、さっきの女の子が男の子を探しに来た。
女の子は大橋さんを見てむっとする。
「なんでまたおかしのとこにいるの? お母さんたちがよんでるよ」
「だ、だってこのお兄ちゃんがおかしでなやんでたから……」
女の子は僕を見上げ、それから大橋さんの大きな胸を見て眉をひそめた。
大橋さんは不思議そうに首を傾げる。
「ごめんね。ちょっとお話聞いてたんだ」
「あ。はい。そうですか。ほら早くいくよ」
女の子は素っ気ない返事をすると男の子を引っ張った。
「分かったからひっぱらないでよー」
男の子は痛そうにしながらも引っ張られていった。
なぜだかこの男の子を見てると感情移入してしまう。
お菓子コーナーからいなくなる手前で女の子は振り返り、大橋さんを睨んだ。
そして男の子に念押しする。
「知らない人とか勝手にお話したらダメなんだよ? いい? これからほかの人とお話するときはあたしに聞いてからにして」
「う、うん……」
男の子は弱々しく返事をすると、そのまま女の子に連れて行かれた。
それを見て大橋さんはコクコクと頷いた。
「やっぱりあれくらいの年齢から教え込まないとねー」
「……な、なにを?」
僕が恐がりながら聞くと、大橋さんは微笑んだ。
「そのうち分かるよ♪」
大橋さんの笑顔には凄みがあった。
それを見た僕は一生大橋さんに勝てないような気がしてしまう。
僕はゆーた君を応援したくなった。
こっちはもうダメそうだ。
でも君は頑張ってくれ。
負けるな、ゆーた。
追記 大橋さんはポイントカードをたくさん持ってる系女子です。
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