第28話・かくれんぼ

 放課後。

 僕はスマホを持って誰もいない校舎の中にいた。

「もーいいーかーい?」

『まーだだよー』

 スマホから大橋さんの声が返ってくる。

 そう。

 僕らはかくれんぼをしていた。

 それも大橋さんが発明したスマホかくれんぼだ。

 説明しよう。

 スマホかくれんぼとは互いにスマホの通信アプリを作動させ、それを持ってかくれんぼをする遊びだ。

 ずっと通話中なので大橋さんがいる場所近くの音が聞ける。

 それをヒントに大橋さんを探すのがスマホかくれんぼだ。

 という説明をさっき受けた僕は言われるがままに鬼をさせられていた。

「もーいいーかーい?」

『もー。まだって言ってるでしょ? 準備できたら呼ぶから待ってて!』

 なぜかこっちが怒られてしまった。

 僕はやれやれと息を吐く。

 そして一つ尋ねた。

「ねえ。これってどこまでが範囲なの?」

『地球』

「広いよ! 海とか渡られたら一生終わらないんだけど」

『宇宙はなしだから相対的に見たら狭いくらいだよ』

 せめて人基準にしてよ。

 宇宙基準のかくれんぼとかどうするの? 

 ブラックホールとかに隠れられたら詰んじゃうよ。

 それから大橋さんはしばらくぼそぼそ言いながら隠れる場所を探している。

 どんな場所に隠れるつもりだろうかと僕は心配になった。

「あ。女子トイレとかなしだよ?」

『そんなの分かってるよー。篠塚君こそかくれんぼだからって言い訳して女子トイレに入るつもりだったくせに。そうはいかないからね』

 全然分かってくれてない。

 まあ、女子トイレに隠れられるのは困るからいいか……。

 僕は考えを巡らせた。

 大橋さんはあまり体力がない。

 だからそう遠くには行ってないはずだ。

 そして大橋さんは胸が大きい。

 隠れられる場所は限られるはずだ。

 少なくとも窮屈な場所にずっと居られる性格じゃない。

 教室は生徒が使ってない限り鍵が閉まってるし、一階は職員室だ。

 やっぱり二階の図書室が本命かな。

 または他の棟に隠れてるのかも。

 ある程度目処を立てると大橋さんから連絡があった。

『よし。準備終わった。じゃあ始めていいよ』

 準備?

 まあいっか。

『言い忘れてたけどこのスマホかくれんぼにはルールがあるの』

「どんな?」

『もし鬼が人間に背中をタッチされたらドーナツを奢らないといけないルール』

 なんて都合の良いルールだ。

「見つけても?」

『ううん。見つかったら人間の負け』

「鬼が人間に勝ったらどうなるの?」

『世界が滅びます』

 いきなりファンタジーになった。

「いや、そうじゃなくてご褒美というか……」

『人間と鬼が戦ったら鬼が勝つに決まってるでしょ! だから勝って当たり前なの。普通は負けないから罰ゲームを受けるルールができたんだよ。常識で考えて!』

 常識的に考えると僕は鬼じゃなくて普通の人間なんだけど……。

 なんとも釈然としないけど、ここで争っても仕方ない。

「まあ、いいよ」

『じゃあもう一回もーいいーかーいして』

「えっと、もーいいーかーい?」

『もーいいよー♪』

 大橋さんは楽しそうだけどなんとも恥ずかしい。

 許可が出た僕は歩き出した。

 かくれんぼっていつ以来だっけ。

 小学生低学年とかかな?

 一回気合い入れて隠れすぎて誰も僕を見つけられなくて、そのままみんな帰っちゃったことがあったなー。

 もし大橋さんにそれをしたら一生怨まれそうだ。

 僕は苦笑しながら教室を巡った。

 だけど残っている生徒はおらず、どこも閉まっている。

 さすがの大橋さんも職員室のある一階でスマホは持たないだろう。

 残るは図書室だけだ。

 図書室の前までやって来ると、そこで宮前さんと出会った。

 宮前さんは僕を見ると辺りを見回す。

「あら。篠塚君一人? 大橋さんは?」

「えっと……」

 いくらなんでも高校生になってかくれんぼしてるとは言い辛い。

 僕が言い訳に悩んでいると、スマホから大橋さんの不機嫌な声が飛び出した。

『誰と話してるの? 今はかくれんぼ中なんだよ!』

「そう。かくれんぼしてるのね」

 宮前さんは可愛い小動物でも見るような表情になる。

『その声は宮前さん?』

「そうよ。私もやっていい?」

『なんで?』

 大橋さんはあからさまに嫌そうな声を出す。

 それでも宮前さんは折れなかった。

「だって楽しそうだから。スマホを使ったかくれんぼを思いつくなんて大橋さんはすごいと思うわ」

 大橋さんはしばらく沈黙した。

 きっと褒められて喜んでるはずだ。

 そして予想通り大橋さんの声は弾んでいた。

『そ、そこまで言うならいいよ。宮前さんは人間側のスパイ役ね』

「仰せつかったわ」

 宮前さんはクールな顔に微笑を浮かべる。

「そういうことよ。よろしくね。鬼さん♪」

「まあ、大橋さんがそう言うなら……」

 僕が苦笑していると大橋さんは不機嫌そうに言った。

『あんまり二人でお話しちゃだめだから! これはかくれんぼなんだよ! ちゃんと探して!』

 大橋さんの声は図書室の中からも聞こえた。

 僕と宮前さんは顔を見合わせて肩をすくめる。

「分かってるよ。ここかなー?」

 僕は図書室のドアを開ける。

 わざとらしい台詞に宮前さんはクスクスと笑っていた。

「今、図書室に入ったわよ」

『了解です。そのままスパイ活動を続行してください』

 二人は僕のスマホを使って堂々と諜報活動を行う。

 図書室に入ると正面に司書の部屋がある。

 だけど戸田先生は留守らしく、ドアは開いてなかった。

「ここじゃないとすると……」

 図書室のどこかにいるはずだ。

 そこまで分かると僕はハッとした。

「まさか……」

 僕は机の下や本棚の後ろを見ずに、奥へと進んでいく。

 その後ろから宮前さんもついてくる。

「どうしたの?」

 僕は答えずに図書管理室のドアを引いた。

 管理室には鍵がかかっていた。

「ず、ずるいよ! こんなの絶対見つからないよ!」

『ずるくありません。ここも地球なのでルールのうちです』

 大橋さんは小さな声でプププと笑う。

 僕が眉をひそめていると宮前さんが隣に立って管理室のドアを指差した。

「この中に大橋さんがいるの?」

「うん。でも鍵がかかってるから入れないんだ」

「篠塚君は鍵を持ってないのね」

「うん。大橋さんに取られちゃった」

「どうして?」

「……い、色々あって」

 色目を使われたと勘違いしたとは言えない。

「まあいいわ。どうせあの大きな胸を見てた隙にとかそんなことだろうし」

 見透かされてる……。

「職員室に行けばマスターキーがあるんじゃない? 借りてきてあげるわ」

「いいの?」

「だってこのままじゃ終わらないもの。あなたはここで見張っていて。逃げられたら本末転倒だから、ドアから目を離さないでね」

「うん」

 僕が頷くと宮前さんは出口へと向った。

 よし。

 これで僕の勝ちだ。

 ドーナツを奢る必要もない。

 でも大橋さん相手に少しでも隙を見せたら逃げられる可能性がある。

 僕は管理室のドアを凝視し続けた。

 すると宮前さんが帰ってきた。

「はい。鍵よ」

「ありがと」

 僕は鍵を受け取り、鍵穴に入れた。

 そしてガチャリと音がして施錠が解ける。

「よし! これで僕の勝ちだ!」

 僕は管理室のドアを勢いよく開けた。

 だけど狭くて隠れられる場所のない管理室には誰もいなかった。

「…………あれ?」

 僕が首を傾げると、背中をぽんと叩かれた。

「はいタッチぃ♪」

 後ろを見ると大橋さんが笑っていた。

「わたし達人間の勝ちだね♪」

「そうみたいね」

 宮前さんが嬉しそうに微笑む。

 だけど僕はまだ分からなかった。

「え? どういうこと?」

「まだ分からないの?」

 大橋さんは面白そうに笑う。

「だからね。わたしは管理室にはいなかったの。図書室の本棚に隠れてただけなんだよ。管理室に鍵をしてね」

 宮前さんが補足する。

「篠塚君が脇目も振らずにドアまで行った時、私は大橋さんを見つけて鍵を渡されたのよ。それを職員室から借りてきたように見せかけたの。まんまと騙されたみたいね」

「そうだったのか……」

 まさか大橋さんがこんなトリックを使うなんて思いもしなかった。

 僕が嘆息すると大橋さんは喜んだ。

「じゃあ罰ゲームね。鬼を倒したんだからドーナツ奢って」

「まあ、今回はしかたないか。いいよ」

 敗北感に包まれた僕が頷くと、宮前さんが面白そうにする。

「あら。罰ゲームがあったのね。なら私も人間側としてなにかくれるのかしら?」

 それを聞いて大橋さんが僕と宮前さんの間に入った。

「ちょ、ちょっとくらいの罰ならいいけど、篠塚君にキスとかハグとかそういうのはダメだからね! やるなら痛いやつにして!」

 ええー……。

 僕としては痛いのはちょっと……。

 すると宮前さんは悪そうに微笑み、大橋さんを抱きしめた。

「分かったわ。篠塚君じゃなきゃいいのね?」

「なっ――」

 突然のことに僕と大橋さんは絶句した。

 僕と同じくらいの身長がある宮前さんの腕には小柄な大橋さんがすっぽり収まってる。

 宮前さんは気持ちよさそうに大橋さんをハグし続ける。

「一度こうしてみたかったの。想像通りの柔らかさね♪」

「わ、わたしにもダメぇー!」

 そう言って大橋さんは宮前さんを振り切った。

 そして恥ずかしそうに自分を抱きしめながら、涙目になる。

「篠塚君にも抱きしめられたことないのに……!」

 大橋さんはそう言うとぴゅーっと走って帰ってしまった。

 宮前さんは僕を見た。

「そうなの?」

「まあ、前のはノーカンだったし……」

「あら。悪いことをしちゃったかしら。まあいいわ。ところでこれからどうするの?」

「このまま放っておくと明日も不機嫌かもしれないから追いかけてドーナツ奢ってあげないと。甘い物食べたら大体のことは許してくれるし」

「そう。なら急いだ方がいいわね」

 宮前さんはクスリと笑った。

 どうも僕らは宮前さんのおもちゃにされてる感がある。

 だとしても宮前さんの言う通り急がないと後々が面倒なのは確かだ。

 僕は嘆息して大橋さんを追いかける。

 かくれんぼはいつの間にか鬼ごっこになっていた。

 

 追記 鬼ごっこには世界大会があり、チェイスタグと呼ばれているらしい。アスレチックのようなフィールドで二十秒逃げ切れば子の勝ち。捕まれば鬼の勝ち。壁を登ったり、屋根の上を走ったりするパルクールの選手が多く、アクロバチック。

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