第27話・ホームズ
僕は勝手に作ったお話部の部室にされた図書管理室で椅子に座っていた。
いつものようにドアはロックされ、その鍵は大橋さんが持っている。
大橋さんは演劇部から借りてきたシャーロックホームズっぽい帽子にシャーロックホームズっぽいコートを羽織り、シャーロックホームズっぽいキセルを咥えていた。
つまりシャーロックホームズっぽい格好で僕の前をうろうろと歩いていた。
「篠塚君。いや、ワトスン君。分かっているのかね?」
口調までもがホームズ調だ。
「いや、なにがなんだか分かりません」
分かったことと言えば大橋さんがシャーロックホームズに影響されたことと、僕が元軍医の開業医にされたってことだ。
ワトスンは奥さんがいたはずだけど、誰になるんだろうか?
大橋ホームズさんはキセルから口を離した。
もちろん中身はなにも入ってないおもちゃだ。
「ここはね。密室なのだよ」
「はあ……。そう言えばそうだね」
大橋さんが鍵を持っているので、お話に満足しない限りは出してもらえない。
トイレとかは行けるからあんまり密室感はないけど。
「密室と言えばなに?」
「え? なにって言われても……」
「密室殺人だよ! そんなことも分からないのかね? ワトスン君」
「……すいません」
大橋さんはやれやれと肩をすくめた。
ワトスンもきっとホームズのことをやれやれと思っていたはずだ。
「今から密室殺人をします」
「え!? しちゃうの? 誰が死ぬの?」
「ワトスン君」
僕じゃん――
いきなり死の宣言をされて僕は慌てる。
「いや、そもそもワトスンは死なないよ! 死ぬのはホームズの方っていうか、むしろシャーロックホームズの主人公はワトスンなんだから」
「死人は黙ってて」
もう殺されてるし。
大橋さんはメモ用紙に『死』と書いて僕の頭にテープで張った。
大橋さんは僕を見て唸った。
「ああ。ワトスン君が殺されてしまった。それも密室で。どうしよう」
それはこっちの台詞だよ。
「解剖の結果、ワトスン君は毒を飲んで死んだことが分かった」
もう解剖されちゃってるし。
「う~ん。犯人はどうやってワトスン君に毒を飲ませたのか。それが問題だ。よし。容疑者を洗ってみよう。その前にワトスン君の亡霊を呼ぶか。ヘイ! カモン亡霊!」
そんなんで亡霊来ちゃうの?
すると大橋さんは新しいメモ用紙に『亡霊』と書いて僕の頭に張った。
「はい。これでワトスン君は喋れます。ワトスン君。誰に殺されたんだね?」
「え? ホームズ?」
「どうやら記憶が混濁してるようだ。使い物にならない」
辛辣な言葉は確かにホームズっぽいけどひどいな。
「まあお話の相手くらいはできるだろう。では容疑者の元へ行くか」
そう言って大橋さんはホワイトボードを持ってきて、いつ撮ったか知らない写真を二枚貼り付けた。
一枚は宮前さん。
もう一枚は戸田先生だ。
「容疑者はこの二人だ。二人はそれぞれこう言っている」
大橋さんは写真の横にポップな吹き出しを作り、そこに言葉を書いていく。
「まずは宮前さん。『篠塚君は三度の飯よりパンツが好きだったわ』と言っていた」
なんの報告なの?
ワトスンじゃなくて僕のになってるよ。
それに間違った情報だし。
「次に戸田先生は『篠塚は大橋とお話するのが好きだ。そしてよく大橋の胸を見ている。本人は隠しているつもりだが、見られている方には分かるはずだ』と言っている」
バレてた……。
だって目の前で揺れるとどうしても見ちゃうんだもん。
僕は恥ずかしくなって顔を覆った。
「このことから被害者は女の子のパンツと胸が好きだと分かった。ワトスン君。なにか言いたいことはあるかね?」
「……なんかごめんなさい」
「分かればよろしい。しかしこの二人にはアリバイがある。どうしたものか」
大橋さんはまたキセルを咥え、考え込んだ。
そしてなにか閃いたと目を見開く。
「そうか。分かったぞ!」
「分かっちゃったんだ。手掛かりもないのに」
「手掛かりはあったんだよ。篠塚君はパンツが好きだ。もはや主食と言っても過言じゃない!」
「過言だよ!」
「犯人はパンツに毒を塗っていたんだ。それを部室に置き、篠塚君が中に入ったあとに外から鍵を閉める。そうやって密室を作ってからその場を立ち去り、アリバイを作った。しばらくして窓から入室した篠塚君は誘惑に耐えきれなくなり、パンツを食べる。その結果喉を詰まらして死んだんだ」
死因が窒息になってる……。
「司法解剖の結果、胃から大量のパンツが検出されたのも頷ける」
もはやそれは人じゃないよ。
妖怪かなにかだよ。
大橋さんはうんうんと頷いて納得していた。
「これでアリバイは崩れた。そして犯人は篠塚君が三度の飯よりパンツが好きだと知っていた宮前さんだ!」
大橋さんはメモに犯人と書いて宮前さんの写真に張り付ける。
「宮前さんは逮捕されました。罰としてこれから篠塚君とお話する時はわたしの許可がいります」
「人一人殺しておいて刑が軽すぎない?」
「だって元々パンツを食べちゃう篠塚君が悪いし」
たしかに。
いや、食べないけど。
大橋さんはふーっと息を吐いた。
よく見ればうっすらと汗をかいている。
当たり前か。
もう六月の中旬だ。
大橋さんはキセルと帽子を取り、ホームズの服を脱いだ。
そしてポロシャツの胸元をパタパタとする。
汗でしっとりとした肌がシャツにくっつき、目のやり所に困った。
大橋さんの魅惑的なボディラインがくっきりと出てしまっている。
すると大橋さんは眉をひそめた。
「ほら。また見てるー」
「い、いやこれは、その……」
言い訳のしようもなくて僕は狼狽えた。
すると大橋さんは面白がって笑う。
「なーんてね♪」
大橋さんは笑ってポロシャツの胸元をめくった。
びっくりした僕は目を逸らすのが遅れ、ポロシャツの下が見えてしまう。
そこにはスクール水着が着られていた。
「これ着てるから見られても恥ずかしくないんだよ。残念でしたー♪」
大橋さんは騙されたと僕を指差す。
僕としては余計に恥ずかしいんだけど、大橋さんはそんなことまで推理できてないらしい。
それにしても大橋さんには敵わない。
差し詰め、大橋さんは僕にとってのアイリーン・アドラーだ。
追記 アイリーンは女嫌いのホームズが唯一認めた女性。作中でホームズを出し抜いた数少ない人物。男装したりしちゃう。
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