第26話・掃除
放課後。
僕らは図書管理室にいた。
今後も本の整理をさせるからと、戸田先生に鍵を渡されているからだ。
だけどしばらく使われてなかった図書管理室は埃まみれだ。
「篠塚君! 大掃除だよ!」
大橋さんは頭に白い三角巾をつけて、僕がいつも持っているはたきを装備していた。
一方の僕は箒と水の入ったバケツを持っている。
大橋さんがはたきを戦国武将の持つ軍配みたいに振った。
「ここを二人のお話場にしちゃうんだから頑張ってね」
お話場?
いつも場所を気にせずお話してるのにそんな所がいるのかな?
「うん。えっと、まずどうしようか?」
「決まってるでしょ!」
「決まってるの?」
「そう。なにごともまずはお祈りからだよ!」
そう言って大橋さんは手を合わせた。
よく分からないけど僕も手を合わせる。
一体これはどこの風習なんだろうか?
「ドーナツ屋さんが毎日百円セールをしますように」
なにに祈ってるの?
そして誰が叶えてくれるの?
「はい。お祈り終わり。いのりの祈りはきっと届くでしょう。届かなかったらアルバイトの学生がその場のノリで冷蔵庫の中に裸で入ってその動画をネットに上げます」
もはや呪いだよ。
大橋さんは楽しそうに窓を開けた。
「まず窓を開けます♪」
僕も椅子を持ってきて上の窓を開けた。
「開けます」
窓からは夏を知らせる風が入ってくる。
それを浴びて大橋さんは嬉しそうに目を瞑った。
「気持ちいいー♪」
確かに気持ちがいい。
でも大橋さんの背後で舞う埃を見るとそうも呑気にしてられない。
大橋さんは一通り気持ちよくなると、はたきを持ってぱんぱんとし出した。
「そして埃を落とします♪」
「落とします」
僕も箒で天井や高い所の埃を落としていく。
床にはどんどん埃が溜まっていく。
一体ここはどれほどの間放置されてきたんだろうかってくらい大量だ。
この部屋は狭いからいいけど、広かったら二人じゃ終わらなかった。
大橋さんはちりとりを持ってきた。
「そして埃を取ります♪」
「取ります」
サイズが大きいのもあって、埃はすぐに取れた。
ゴミ箱が埃や不要品でいっぱいになる。
「そして雑巾がけをします♪」
「します」
僕らは棚の上や机の上を綺麗に拭いていく。
まただ埃が残っていたり、汚れがあったりして、バケツの水はすぐに黒くなった。
その水をトイレの近くある流し台まで持っていき、また透明にして戻ってくる。
床まで全部拭くと管理室はぴかぴかになった。
「最後にから拭きします♪」
「しますか」
仕上げに乾いた雑巾で残っていた水分を拭き取ると、じめじめしていた部屋からいくらか湿度が減った。
「終わりです!」
大橋さんはふーっと一息つく。
その隣で僕は驚いていた。
大橋さんは首を傾げる。
「どうしたの?」
「いや、普通の掃除で終わったからびっくりしてた。てっきり教室を爆破するくらいは覚悟してたから」
僕の想像上の大橋さんなら「掃除とか面倒だからグレネード投げて綺麗にしちゃおう♪」くらい言うと思ってた。
大橋さんはむっとして頬を膨らませる。
「わたしだってお掃除くらいできるよ! おうちでもお手伝いしてるし、お部屋だって綺麗だもん!」
そう。
大橋さんは意外と家庭的でしっかりしてる。
普段作ってるお弁当も美味しいし、掃除だってできることが判明した。
へそを曲げる大橋さんを見て、僕は率直に思ったことを言った。
「大橋さんってきっと良いお嫁さんになれるね」
すると大橋さんは耳まで真っ赤になって恥ずかしがった。
「そ、それってどういう意味?」
「え? そのままの意味だけど?」
「……ふ~ん。ま、いっか」
よく分からないけど機嫌をなおしてくれたらならそれでいい。
僕らは図書室の端っこで余っていた椅子と机を拝借してきて並べた。
椅子に座ると大橋さんは管理室をぐるりと見回した。
図書室へと続くドアがあり、廊下側とドアの向こう側の壁には本棚があり、本がびっしり置かれている。
段ボールも積まれていて閉塞感が強い。
だけど窓側は日当たりもよく、風もよく入るので部屋の中は明るかった。
大橋さんは部屋を見て顎に手をあてて考えた。
「どうしたの?」
「うん。いやね。この部屋ってドアからしか出られないなーって思って。そのドアの鍵も篠塚君が持ってるし」
たしかにこの部屋は中からも鍵を閉められる。
そして僕はドア側にいた。
もしかして今、大橋さんは身の危険を感じてるんだろうか?
確かに今僕がとち狂って大橋さんを襲ったら、誰も助けに来られない。
だけど僕はそんなことをする気はさらさらなかった。
そりゃあ大橋さんはあまりに魅力的なスタイルをしている。
胸だって学年どころか、学校で一番大きいし、顔も可愛い。
それでも僕はなるべく意識しないように努めていた。
さすがに揺れると見ちゃうけど……。
僕はなんとか誤解を解いてもらおうと思った。
「べ、べつに鍵なんてしてないからそこまで気にしなくてもいいと思うけど?」
「え? そうなの? でも誰かに見つかったらまずくない?」
「まずい?」
「うん。戸田先生はともかく、他の先生に見つかったら怒られるかもしれないし。ほら、早く鍵しめてよ」
「あ。うん」
そう言うならと僕はドアに鍵をした。
いや、待て。
密室で男女が一緒にいる方がまずいんじゃないのか?
これで大橋さんは僕から鍵を奪わない限り逃げられなくなった。
なぜだか悪いことしてる気がしてドキドキする。
今ここで僕が大橋さんを押し倒したら…………。
いかん。
理性が保て。
相手は大橋さんなんだ。(失礼)
僕は必死に心を落ち着かせようとしていた。
なのに、僕の気持ちも知らずに大橋さんが近寄ってくる。
「二人きりに、なっちゃったね……」
大橋さんはそう言って上目遣いで僕の手を取った。
なんだか甘えた雰囲気を出していて色っぽい。
これってもしかして誘われてる?
いっていいの?
だめなの?
いくってどこにいっちゃうの?
大人の階段登っちゃうの?
僕は混乱していた。
それでも最後には理性が辛勝してくれた。
「こ、こういうのはですね……。その、もっと段階を踏んでっていうか……」
「え? なに言ってるの?」
大橋さんは意味が分からないと疑問符を浮かべた。
「……へ?」
呆ける僕に大橋さんはいつの間にか僕から取った鍵を見せた。
「あれ?」
「えへへ♪ これでもう篠塚君は部屋から出られなくなっちゃんたんだよ」
「……なっちゃったね」
「それってどういうことか分かる?」
大橋さんは小悪魔っぽい微笑を浮かべる。
……まさか。
「わたしを満足させるまでお話しないと外に出られないってこと♪」
閉じ込められたのは僕の方だったのか――
僕を捕まえた大橋さんは高らかに宣言した。
「これからこの部屋を『お話部』の部室にしちゃいます!」
お話部?
なんか落語でもしそうな部活だ。
よく分からないけど、僕は幽閉され、その後帰れのチャイムがなるまで大橋さんのお話に付き合わされた。
でもよくよく考えればいつもやってることだった。
追記 ドーナツで有名なミスタードーナツは清掃業のダスキンが経営している。だけどこの小説にはなんの関係もない。
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