第24話・ツンデレ

 昼休み。

 食堂でとんかつ定食を食べていた僕の前に大橋さんが座った。

 なぜだか不機嫌そうだ。

「べつに一緒に食べたいわけじゃないんだからねっ!」

「……うん」

 朝からずっとこの調子だ。

 どうやら僕が貸してあげたラノベに影響されたらしい。

 それにしてもツンデレキャラって実際にいると鬱陶しいな。

 大橋さんはお弁当を広げると卵焼きを僕のお皿に置いた。

「ただ余っただけなんだからねっ!」

「そうなんだ。ありがと……」

「代わりにとんかつを一切れもらってあげるわよっ!」

 そう言って大橋さんはとんかつを一切れ取っていき、ぱくっと食べた。

「あ。サクサクしてておいしー♪」

 こうやって素の大橋さんがちょくちょく出てくる。

 そしてそれに気付くと――

「べ、べつに満足してるわけじゃないんだからねっ!」

 ツンデレが再開されるわけだ。

 どうしよう。 

 はっきり言ってうざい。

 ツンデレがこれほどまでうざいとは思わなかった。

 いや、大橋さんがやるからうざいのかな。

 でもそれを本人に言ったら間違いなく怒るし……。

 そう思ってると大橋さんは紙コップに麦茶を入れて持ってきてくれた。

「ついでなんだからねっ!」

「ありがと……」

 ま、しばらくしたら飽きるか。

 大橋さんは自分で作った卵焼きをぱくっと食べる。

「今日は上手くいったんだー♪」

「うん。おいしいよ」

「べつに褒めてもらいたいわけじゃないんだからねっ!」

 いい加減面倒になってきた。

「……じゃあ、褒めない」

「えっ!? なんで?」

 大橋さんは目を丸くして驚いている。

「だって褒めてほしいわけじゃないんでしょ? なら褒めない。卵焼きも甘いし」

「これでもかなりお砂糖減らしたんだよ?」

「元々甘い卵焼きってあんまり好きじゃないし」

 大橋さんはショックを隠しきれない。

 口をあんぐりと開けて呆然としている。

「そもそも卵焼きはおかずなんだよ。でも甘いとデザートみたいでしょ? ご飯と食べると合わないよ」

「あ、合うんだからねっ!」

 大橋さんは動揺しながらもツンデレを続行する。

 それでも相当堪えたのか俯いてしゅんとした。

 それを見て僕は小さく笑い、半分残しておいた卵焼きをぱくっと食べた。

「まあ、食べるたびに美味しくなってるから食べてあげてもいいけどね」

 すると大橋さんは嬉しそうに顔をあげ、僕が笑ってるのを見てむっとした。

「篠塚君はツンデレになっちゃダメ!」

「えー。僕だってたまには――」

「ダメなんだからねっ!」

 大橋さんはツンデレって感じじゃなくて、本当にぷんぷんと怒っていた。

 それから最後の卵焼きをぱくっと食べる。

「やっぱりおいしいじゃん!」

「べつにまずいなんて言ってないよ」

「え? だって――」

「元々は嫌いだったよ? 今でもご飯と合わないとは思うけど、これはこれで美味しいかもとは思ってきてる」

 嘘じゃなかった。

 毎日のように甘い卵焼きを食べさせられている僕の舌は味にも慣れてきて、悪くないと感じていた。

 それを聞くと大橋さんは嬉しそうにしてからハッとした。

「べつに褒められても嬉しくないんだからねっ!」

「はいはい」

「それと篠塚君はツンデレ禁止!」

 僕はやれやれと肩をすくめた。

 僕はツンデレは好きだけど、ツンデレになりたいとは思ってない。

 それに実際のツンデレは結構うざいと判明したし。

 大橋さんのせいで趣向が変わりかけてるのがあれだけど。

 それから昼食を食べ終わった僕らは教室へと帰った。

 その途中大橋さんは、

「お花摘みに行ってくるんだからねっ!」

 と言ってトイレに入っていく。

 僕は一人で教室へ戻り、椅子に座った。

 昼休みも終わりを迎え、他のクラスから来た生徒達が帰っていき、クラスメイトが戻ってくる。

 すると一人の女子生徒が近づいてきた。

 ショートカットに切れ長の目をした宮前さんだ。

「喧嘩したの?」

「え? 僕が?」

「うん。大橋さんがちょっと変だったから。なんかトゲトゲしてたっていうか」

「あー……。あれはその……」

 僕がなんて説明しようと思っていると宮前さんはクスッと笑う。

「でも大橋さんって機嫌が悪くなっても可愛いわね」

「あはは……。べつに悪いわけじゃないと思うけど」

「そうなの?」

「うん」

「じゃあどうして?」

「えっと、なんかツンデレにハマってるらしくて……」

「ツンデレ? ああ。だからあんな風にしてたのね」

 宮前さんは面白そうにクスクスと笑う。

 なるほど。

 どうして宮前さんが僕に話しかけてくるのか分かった。

 この人は大橋さんが気に入ってるんだ。

「なんでツンデレなの?」

「え? それは……」

 僕が好きなラノベのヒロインがツンデレだったから。

 とは言えないし……。

 実際大橋さんは僕に合わせてるってよりはラノベを読んで影響されたって感じだしね。

 悩んでると宮前さんはまたイタズラっぽく笑う。

「まあいいわ。どうせ篠塚君の影響だろうし」

 読まれてる……。

 すると宮前さんが振り向いた。

 そこにはむっとする大橋さんが立っている。

「……なんのお話してたの?」

 大橋さんは僕を睨んだ。

「え? えっと……」

「大橋さんのお話よ」

 慌てる僕を尻目に宮前さんが答えた。

「大橋さんの機嫌が悪いから篠塚君と喧嘩したのかなと思ったの」

「してないよ。ただちょっとツンデレな気分だっただけ」

 大橋さんはむすっとして告げた。

 一方の宮前さんは余裕を失わない。

「そう。残念だわ」

「な、なんでわたしと篠塚君が喧嘩してないと残念なの?」

「さあ。なんでかしら?」

 宮前さんが微笑むとそこでチャイムが鳴った。

 それを聞くと宮前さんは大橋さんの隣を通って席につく。

 大橋さんは宮前さんの背中を眉をしかめて見ていたけど、先生が入ってくると渋々自席に座った。

 僕はそれを冷や冷やしながら見ていた。

 着席した大橋さんは明らかに不機嫌なまま僕にだけ聞こえるように呟いた。

「ツンデレはもう終わりなんだからねっ」

 なんであれ終わってくれるならいいかと安心する僕と、これはあとが大変だと思う僕が同居している。

 僕は視界の片隅で笑いを堪える宮前さんに勘弁してよとうな垂れた。

 その日は放課後になっても大橋さんのご機嫌は斜めだった。

 こんなことならまだツンデレの方がマシだったかもしれない。


 追記 ツンデレは元々、最初はツンツンしてるけど仲良くなるとデレデレすることを表わすらしい。

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