第23話・ラノベ

 放課後。

 僕は本屋の中で辺りを見回していた。

 どうやら知ってる人はいないみたいだ。

 僕は素早くラノベコーナーへ行き、手際よく新刊を選ぶとレジに向った。

 お金を払い、ポイントカードにポイントを貯め、ブックカバーをかけてもらえばミッション成功だ。

 あとは家に帰って読むだけ――

「ねえねえ篠塚君♪ なに買ったの?」

 あと少しというところで僕のミッションは失敗に終わった。

 近くの公園に連行されると、大橋さんは無邪気な笑顔で僕の買った本からブックカバーを剥ぎ取る。

「ええと、『君とお話するのは好きだからとかじゃないんだからねっ!』かー。ふ~ん」

 大橋さんは美少女が腕組みしている表紙をしげしげと眺めてから中身をめくりだした。

 僕は膝に手を置いて待っているくらいしかできない。

 ああ、恥ずかしい……。

 どうしてこんなことになったんだ?

 大橋さんが今日は用があるって行ったから学校帰りに本屋へ来たのに……。

 まさか用って大橋さんがいない時に僕がなにをするかを観察するとかなんじゃ……。

「篠塚君ってこんな本が好きなんだね」

「その……好きっていうか……」

「好きだから買ったんでしょ? ほら。挿絵にパンツも出てくるし」

 大橋さんが本を広げて見せてくる。

 そこにはパンツを見られて赤面する美少女が描かれていた。

 よりにもよってそんなシーンが……。

「いや、その、内容知らなかったし……」

「へえ。でもこれ五巻って書いてあるよ? シリーズ物をいきなり五巻から買うの?」

 大橋さんは名探偵みたいに僕の誤魔化しを論破していく。

「大体なんでこんなにタイトル長いの?」

 それは色んな人が疑問に思ってるよ……。

「それはその、売るためじゃない?」

「タイトルが長いと売れるの? どうして?」

「まあ、そこを読んだだけで大体の内容とかジャンルが分かるから読者に刺さりやすいっていうか……」

 僕はなんの説明をさせられてるんだ……。

「ふ~ん。じゃあこのタイトルは篠塚君に刺さったんだ」

 どうやら墓穴を掘ってしまったらしい。

「どこがよかったの?」

 ここまで来たらもう嘘はつけない。

 ついたらついたであとが大変なのは歴史が証明している。

「どこがって……。まあヒロインがツンデレなとことか?」

「へえー。篠塚君はツンデレが好きなんだー。ふ~ん」

 大橋さんはつまらなそうにページをめくっていく。

「でもこんな冴えない男の子が可愛い女の子に囲まれるっておかしくない?」

「そ、そう?」

「そうだよ。一人ならともかく、三人も四人もなんてありえないって」

「で、でもハーレムものだし……」

「それって浮気ってことでしょ? こんな風に浮気を肯定していいの? 作者の人はなに考えてるんだろ」

 大橋さんは見て分かるほどむかむかしていた。

 きっと書いてる人はこんなの現実に起こるわけないって思いながら書いてるよ。

 でも読者はこんなことが現実に起きてくれればって思って読んでるんだよ。

 だから夢を壊さないでほしい。

 なんて言ったら確実に怒られる……。

「大体なんで次から次に女の子が現われるの?」

「なんでって言われても……」

「だってもし現実に男の子が女の子と仲良くしてたら、『あ。あの二人はそういう関係なんだ』って思って他の女の子は遠慮するよ。それでも仲良くなろうとする女の子ってちょっとやじゃない? 人のものにしか興味ないみたいで。そんな子がこんなにいるなんて信じられないよ」

 ラノベと現実を一緒にされてもなー……。

「この子達ってみんな恋人を盗ってやるって気持ちでいるの?」

「いや、違うよ。この子達はもっと純粋な気持ちで主人公のことが好きなんだよ!」

 僕は力説した。

「本当に純粋な子だったら自分と仲が良くて好きな人が別の女の子とイチャイチャしてたら泣くか幻滅しちゃうよ」

「ぐう……」

 確かに……。

 ラノベのヒロインはあまり純粋じゃないのかもしれない。

 思い返してみればすぐに惚れるし、妙に積極的だし……。

 でも、それでも彼女達は可愛いんだ。

 夢を与えてくれるんだ。

 僕は力を振り絞った。

「だ、だけどそれを補って余りあるくらい主人公が魅力的なんだよ」

「こんな『俺は普通だ。なにも持ってない平凡な高校生だ。そしてパンツが大好きだ』って言ってる人が? 篠塚君はこんなこと言う人と友達になりたいと思うの?」

「それは……その…………」

 やめて……。

 もうやめてくれ……。

 僕みたいに普通以下の人間にとって彼の成功は励みになるんだよ……。

 まるで自分がチヤホヤされてるみたいに思えるんだ……。

 なにも持ってないからいいんだよ。

 全部持ってる人が可愛い女の子にまでモテたら、それはただの現実じゃないか。

 僕らは現実を見たくないからラノベを読むんだよ。

 なのに…………。

 それなのに…………。

 僕はがっくりと落ち込み、その横で大橋さんはラノベを熟読する。

「ふ~ん。案外ストーリーはちゃんとしてるんだ。これでヒロインが一人なら許してあげるのに」

「……え? そこなの?」

「どこ?」

「いや。だからヒロインの数が問題ってこと?」

「うん。だって主人公が公然と浮気する話って最悪でしょ? もしそんな人が実際にいたら絶対に悪い噂が立ってるよ。この前は別の女の子と遊んで、その前はまた別の子なんてありえない」

「まあそれはたしかに……。じゃあ一人ならいいってこと?」

「当り前だよ。それなら普通じゃん」

 大橋さんはなに言ってるのと首を傾げる。

「じゃ、じゃあヒロインが一人のラノベなら許してくれる?」

「相手が小学生とかじゃなければ」

 そもそもなんでラノベを読むのに大橋さんの許可が必要なのかって疑問は残るけど、一応のお許しは出たみたいだ。

 僕はほっとして、それからハッとした。

 ヒロインが一人しか出てこないラノベが思い浮かばない……。

 あれも、これも、いくら思い出してもヒロインが二人以上は存在する。

 会う女の子全てが主人公に惚れるラノベも珍しくない……。

 つまり僕にラノベを読むなってことなのか……。

 いや、それなら僕が書けば……。

 もしそうなったらヒロインはどうしよう……。

 そう思いながら隣を向くと、文句を言いながらも黙々とラノベを読む大橋さんが座っている。

 大橋さんは僕の視線に気付くと顔を上げた。

「ん? なに? あったの?」

「いや、べつに……」

 僕はなぜだか恥ずかしくなって顔をそむけてしまった。

 それから大橋さんがラノベを読み終わるまで、僕は色々な質問に答え続けた。

 途中からなので分からないところだらけだから僕が補足する。

 そしてそのたびに大橋さんは主人公を浮気者だと罵った。

 僕もそう言われたらそうかもと思ってしまう。

 帰り道、僕はふと思った。

 大橋さんには悪いけど、もし僕がラノベを書いたら主人公はやっぱり冴えない男にしよう。

 その方が書きやすそうだし。

 そしたらヒロインはお話好きの女の子にしようかな。


 追記 大橋さんはラノベにハマったらしく、その後僕の家に来て全巻持って帰った。

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