第21話・未確認

 ある日の放課後。

 図書室で本の整理をしているとUFOを見た。

 正確に言えば箒の先に糸を垂らし、その先にダンボールで作ったUFOをぶら下げ、あまつさえ僕を釣ろうとしている大橋さんを見つけた。

 どう反応したらいいんだろう……。

大橋さんは本棚に隠れてるつもりだろうけど、ちらちらと見えるハートの髪留めと大きな胸は紛うことなく大橋さんだ。

 反応に困っていると本棚の向こうから声がした。

「あ。あれってUFOじゃなーい?」

 ひどい棒読みだった。

 どうやら意地でも注目してほしいらしい。

 僕は悩みながらも答えた。

 無視すると大橋さんは間違いなく不機嫌になるので仕方なく乗ってあげる。

「えー。本当にUFOかなー?」

 すると大橋さんは嬉しそうにUFOを揺らす。

「きっとUFOだよー!」

「でもちっちゃいしなー」

「中の宇宙人もちっちゃいからちょうどいいんだよ!」

「でもちっちゃい宇宙人が地球になにしに来たの?」

「えっと、京都観光?」

「京都だけ?」

「大阪とか奈良も。ちっちゃいからたこ焼き一つでお腹いっぱいだし、奈良の大仏は迫力満点!」

「それはいいね」

「でしょ? UFOは燃費もいいし、渋滞も関係ないからすっごく便利なの!」

「燃費いいんだ?」

「うん。リッター千キロくらい」

 UFOってガソリンで動くの?

 そろそろ恥ずかしくなってきたので僕は本棚の向こうを覗き込んだ。

 すると大橋さんがニコリと微笑む。

「見つかっちゃった♪」

「見つけてしまった」

「じゃあ篠塚君には見つけてしまった景品としてマイクロチップを埋め込まないとね」

 あれって景品だったんだ……。

「なんの為に?」

「意味なんてないんだよ。埋めることが目的。だってすごく怖いじゃん」

「まあそうだけど」

「例え技術力がなくてチップの代わりにそこらで買ったひじきを埋め込まれても、宇宙人に逆らうと死ぬウィルスだって言われたら信じちゃうでしょ?」

「たしかに宇宙人にひじきを埋め込まれたら色んな意味で怖いかも……」

「でしょ? はい♪ マイクロチップ♪」

 大橋さんはそう言って僕の額に猫のシールを貼った。

「これを張られるとどうなるの?」

「わたしとお話しないと死にます」

「死んじゃいますか……」

 大橋さんはUFOを片付けると本を一冊取ってきた。

 椅子に座って開くとそこには『UFOは実在する!』とか『UMAはここを探せ!』とか書いてある。

 本気で読んだら社会に馴染めなさそうな本だ。

「ねえねえ篠塚君♪」

「なに?」

「UFOっていると思う?」

「う~ん……。攻撃してこなかったらいてもいいんじゃない?」

「UFOって攻撃してくるの? どんな武装積んでるの?」

「え? ビームとか?」

「ビームとか?」

「ショックウェーブとか?」

「それって強いの?」

「多分強いと思うけど……。UFOだし。科学とかも進んでるだろうから」

「でもそれだけ科学が進んでるならわざわざ来なくてもいいんじゃない?」

「え?」

「だってテレビでやってたよ。これからは家で世界旅行ができますって」

「ああ……VRか……。たしかに科学が進んでたらVRも進んで実際にそこにいるのと遜色ない体験とかできそうかも……」

「でしょ? なのになんでわざわざ来るの?」

 そもそも僕はあんまりUFOとか信じてないんだけどな……。

「それは…………京都観光のためとか?」

「やっぱりねー。そうじゃないかと思ってたよー。たこ焼きだって本場で食べてこそだもんね」

 大橋さんはうんうんと納得していた。

「篠塚君は宇宙人がいたらどんなお話したい?」

「そもそも宇宙人とお話できるの?」

「あれだよ。ほんやくこんにゃく的なのが開発されてるんだよ。篠塚君も科学が進歩してるって言ってたじゃん。きっと言語の壁なんてなくなるんだよ」

「う~ん……。でも宇宙人がどんな話題が好きなのか分からないしなー」

「あれは?」

「どれ?」

「きのこの山派かたけのこの里派か」

「……二分の一で宇宙戦争が起こっちゃうよ」

「そっかー」

「そもそも宇宙人はきのこの山とか知ってるの?」

「通販で買えるし知ってるよ」

 宇宙まで届けてくれるのかな?

 すごい送料かかりそうだけど……。

「でももし宇宙人が京都に行ってぶぶ漬け出てきたらどうするんだろう? 宇宙に帰っちゃう」

 大橋さんはよく分からない心配をしている。

「あれって出てこないらしいよ」

「え? そうなの?」

「うん。だってぶぶ漬けでもどうって言われるってことはそろそろ帰ってってことでしょ?」

「うん。なんかそう言ってた」

「だから言われたら帰らないとダメなんだよ。ただの挨拶なんだから」

「ええー。楽しみにしてたのにー」

 大橋さんはぶぶ漬けを名物かなんかと勘違いしているらしい。

「でももし宇宙人がいたらサンプルとして捕まっちゃうんだろうね」

 なんだか急にリアルになるな。

「血を採られて、解剖されて、ホルマリンで漬けられちゃうんだよ」

 大橋さんはガクブルと震えだした。

「篠塚君が博物館に飾られちゃう……」

 いつの間にか僕が宇宙人になってる――

「そしたらお話できないよ!」

「……心配なのはそこなの?」

「あ。でも逆に言えば博物館へ行けば篠塚君とお話できるのか。なら案外いいかも」

 よくないよ。

 見世物になっちゃってるよ。

 僕にだって人権はあるのに。

 大橋さんは空の外を眺めて呟いた。

「UFOって本当にいるのかなー?」

「う~ん。どうだろ?」

「でもUFOって未確認飛行物体の略でしょ? 確認しちゃったらKFOになっちゃうんじゃない?」

 UNKNOWNがKNOWNになるからKFOか……。

 なんか昔流行った格ゲーみたいになっちゃったな。

「あ。じゃあUFOは存在しないってことか……」

「存在してもそれを見つけちゃうとUFOじゃなくなるんだよ……」

 大橋さんは不安そうな顔でUFOの写真を指差した。

「じゃあ、これってなんなの?」

「……KFO?」

「……ケーホー……。なんだか格好良くない」

 大橋さんは残念そうに手で目を塞いだ。

 帰り道、大橋さんは目を瞑ったまま僕の腕にしがみついて帰った。

「こうすればUFOはずっとUFOだよ!」

 そう言って大橋さんは石に躓いて転け、僕はその下敷きになった。

 僕の顔に二つの柔らかな未確認物体があたった。


 追記 焼きそばのUFOは未確認飛行物体ではなくうまい、ふとい、大きいの略らしい。

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