第18話・ガチャ
ある日の放課後。
ドーナツが食べたいと言われて店までついて行ったにも関わらず、大橋さんは二口食べるとスマホを取りだした。
あれだけ僕にゲームはやめてって言ったのに自分がやってみるとハマってしまったらしい。
僕はジュースをちょびっと飲んで尋ねる。
「……一緒にいる時はスマホ禁止なんじゃないの?」
「うん。篠塚君は禁止だよ」
僕だけですか……。
「それってずるくない?」
「ずるくないよ」
大橋さんはスマホをタップしながら器用にお話する。
「なんで?」
「だってわたしは他のことしててもお話できるもん。でも篠塚君はなにかしてたらお話聞けないでしょ?」
まあ、たしかに一度に二つのことをするのは苦手だ。
「わたしと一緒にいる時はちゃんとお話聞いてくれないとダメ。だから篠塚君はスマホ禁止なの。分かった?」
分かるは分かるけど、納得はできなかった。
なんていうかここで負けると将来的にまずい気がする。
大橋さんの言うことには絶対服従というか……。
あくまでそんな気がするってだけなんだけど……。
そもそも大橋さんは本当にスマホをしながらお話できるのだろうか?
大橋さんは今も楽しそうにスマホをぽちぽちしてる。
僕は試しに質問してみた。
「明日の授業ってなんだったけ?」
「数学A、英語、古典、選択授業、数学Ⅰ、体育、現代文だよ」
大橋さんはすらすらと言えてしまった。
……そうだったんだ。
僕は合ってるのかすら分からないけど、きっと合ってるんだろう。
大橋さんはくすっと笑った。
「もしかしてわたしがゲームしながらお話できるか試したのー?」
おまけにこっちの考えまで読んでくる。
なんだか少し恥ずかしくなった。
「べ、べつに。ただ予習しないとなって思って」
「したことないくせにー」
大橋さんはまた笑った。
「そ、それくらいあるよ」
「ふ~ん。じゃあ授業前に教えてもらうね」
「それはちょっと……」
大橋さんは全てお見通しと言わんばかりに笑っている。
それでも目線と手はスマホにくっついているままだ。
こうやって見てるとこの前大橋さんが拗ねた気持ちが少し分かった。
なんだか蔑ろにされてる気分だ。
僕はドーナツをぱくりと食べ、ジュースを飲んだ。
すると大橋さんのスマホからファンファーレが鳴り響いた。
大橋さんはぱあっと笑顔になり、僕にスマホを見せてくる。
「ほらほら♪ もらったチケットでガチャ引いたらシークレットレアが出たよ! すごくない?」
「あ。これ今一番強いやつ……」
「そうなの? やったー♪」
大橋さんはご機嫌になってドーナツを食べた。
僕も結構やってるけど、まだ出てないやつだ。
そのせいで課金までしたのに、大橋さんはお金もかけずに取っちゃった……。
今日は色々と釈然としない。
まあ大橋さんと一緒にいると大体こんなだけど。
大橋さんは嬉しいのか即席の歌を歌い出した。
「引けども引けども出ないならー♪ そんな時は押してみるー♪ そしたら飛び出すジャジャジャーン♪」
よく分からない歌だけど、少しイラッとくる。
すると大橋さんはお話顔になって僕を見た。
「ねえねえ篠塚君♪」
「なんすか」
「もし人生がガチャで決まったらどうする?」
「どうするもなにも……」
僕の人生ガチャは明らかにハズレなわけで……。
背も高くないし、格好良くもないし、運動も勉強も得意とはいかない。
レアリティで言えばコモンかノーマル。
それが僕だ。
大橋さんはきっとレア以上だろう。
もしかしたらスーパーレアかもしれない。
「悲しくなるかな……」
「ええー? なんで?」
「なんでって……」
「あ。篠塚君勘違いしてない? 篠塚君の人生がハズレってわけじゃないんだよ?」
仮定の話を現実で否定されてもなー……。
「たしかに篠塚君は冴えないし、色々と可哀想だけど、そういう人こそ人生のガチャを引くべきなの」
励まされてるのか貶されてるのか分からないんだけど……。
「どういうこと?」
「だからね。朝起きたらガチャを引くの。それによって今日一日が変わるんだよ」
「あー。一日限定ってこと?」
「そうそう。例えば今日レアを引いたりするでしょ?」
「うん」
「そしたら今日一日プチラッキーなことばっかりなんだよ」
「例えば?」
「うーんと……。あ。百円拾ったり?」
「なるほど」
「スーパーレアなら一万円! ウルトラレアなら百万円! シークレットレアなら一億円だよ! 拾っても一日でなくなっちゃうけどね。どう? 篠塚君みたいな人でも明日を頑張って生きようって思わない?」
僕って毎日死にそうな顔してるのかな?
「まあたしかに。寝る時、明日はどんなの出るかなって思うと楽しみかも」
「でしょでしょ?」
「でもガチャって人によって当たり外れ違うから、シークレットでもガックリきちゃうかもしれないよ」
「甘い物好きな人に『辛い物がいっぱい食べられるレア』が当たったり? それやだなー」
なんかすごく細分化されたレアリティだな……。
「なんか違うけど、まあそんな感じ」
「じゃあ篠塚君はどんなレアが引けたら嬉しい?」
「どんな……。う~ん……、あ。『一日が二十六時間になるレア』とか?」
「あ。それならいつもより二時間もお得にお話できちゃうね♪」
僕としてはもっと別のことに使いたいんだけど……。
「ならわたしは『買ったお菓子がレベルアップするレア』を狙いたいなー」
「レベルアップ?」
「そう。ドーナツがタルトになったりー。ケーキになったりしちゃうの。なんとシークレットを当てると高級スイーツビュッフェになっちゃう」
「ドーナツ買っただけで?」
「ドーナツ買っただけで。すごいでしょ?」
「そういうのがありなら僕は『テストの点が倍になるレア』とかが引きたいかな」
「そんなの普通に勉強してればいいだけじゃん」
「だけじゃんって……」
そんなこと言ったらスイーツビュッフェだって行けばいいだけじゃん。
僕はそう言い返したかったけど、言ったら怒られそうなので言わなかった。
「そういえば大橋さん的に一番の当たりってなんなの?」
「わたし? えっとー……。やっぱり『一日中お話しても大丈夫レア』とかかな」
「なんかあんまりレアっぽくないけど。それなら普通の休日とかにできるんじゃない?」
「なら篠塚君が休日ずっとお話してくれるの?」
「…………やっぱり結構レアかも」
「でしょ。じゃあ篠塚君はなにが一番当たり?」
僕は色々と考えてみた。
一日限定レアか……。
お金とかあってもすぐ消えちゃうし、なら経験とかかな……。
例えば、『一日だけ彼女ができるレア』……とか?
でもそれって誰と?
僕は顔を上げるとそこにはスマホの画面を見つめる大橋さんがいた。
でも、一日限定じゃなぁー……。
考えてみるとあまり良い案が浮ばなかったのは、割と僕が毎日に幸運を感じてるかもしれない。
「う~ん。じゃあ『大橋さんが一日中ご機嫌レア』とか?」
それを聞くと大橋さんはむっとした。
「なんかそれだとわたしが一日中不機嫌みたいだよ!」
大橋さんは失礼しちゃうと言いながらドーナツをむしゃむしゃ食べた。
こういう時にこそガチャを当てたいんだけどなあ。
翌朝。
僕は起きてから昨日のことを思い出した。
もしあの話が現実にあったら今日はどんなガチャを引くのだろうか?
案外スーパーレアとか引けてたりして。
もしそうだとしたらなにもしないのはもったいない。
なら今日はレアを引いたつもりになっていつもより少しだけ頑張ってみようかな。
追記 大橋さんガチャの当たり外れは大抵朝に会った時で分かったりする。
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