第17話・プログラム

 昼休み。

 昼食を食べ終えた僕は教室でスマホをいじっていた。

 先生に見つかると没収されてしまうので教科書を立てている。

 最近難解なパズルゲームにはまっていて、見事に時間を盗まれ続けていた。

 僕がずっとスマホの画面を見ていると隣で大橋さんは退屈そうにしている。

「なにやってるの?」

「ゲーム」

「おもしろい?」

「まあまあかな」

「わたしにもできる?」

「できるんじゃない?」

 そんな生返事を続けながらも僕はがんばり、なんとかステージクリアを達成する。

「よし……。次は……と」

 独り言を言いながらメニュー画面に戻ると、左隣から視線を感じる。

 顔を上げると大橋さんのほっぺはすっかり膨れていた。

「わたし、つまんないんだけど」

 そんなこと言われても……。

「え? じゃあ一緒にやる?」

「そもそも学校でスマホいじっちゃだめなんだよ」

 大橋さんの正義感が炸裂した。

「でもみんなやってるし……」

 クラスを見回すとみんなスマホを触っていた。

 女子なんて隠さすつもりすらなく、動画を取り合っては笑っている。

「みんなやってたらいいの? 篠塚君はみんなが万引きしてたら一緒にやるの?」

「しないけど……。でもそれとこれとは……」

「でもね。やってもいいこともあるんだよ」

 大橋さんは急に口調を明るく変えた。

「なに?」

「それは、お話です!」

「ああ……、お話か……」

 そんなことだろうと思っていたけど。

 大橋さんはバカにされたように感じたらしく、むっとする。

「ああってなに? お話ってすごいんだよ。いくらやっても捕まらないし。タダだし。そしてなによりエコだよ!」

「……喋ると二酸化炭素が出るからエコではないんじゃない?」

「じゃあ篠塚君は一生黙ってて」

 そんな……。

 一生って……。

「……ごめん。僕もお話していいかな?」

「まあそこまで言うならちょっとはいいよ」

大橋さんはやれやれとする。

 謝ってもちょっとなんだ。

「でも一日五文字までね」

 少なすぎる――

 もはや僕の全権は大橋さんに握られているのだろうか?

「どうせ学校ではわたし以外と話さないだろうし」

 悲しいけどぐうの音も出ない。

 大橋さんは僕のスマホを指差した。

「これからわたしといる時はスマホ禁止だから。いい? そしたら息してもいいよ」

 遂に呼吸まで制限されてる――

 死にたくない僕は渋々と頷いた。

「はい……」

 僕はスマホをスリープにして机の上に置いた。

 するとそれを見て大橋さんは不思議そうにする。

「ねえねえ篠塚君」

「なんでしょうか?」

「スマホってなんで動いてるの?」

「え? えっと、基板に半導体ってのを付けてあって――」

「そうじゃなくて!」

「あ。ソフト面? OSってソフトがあって、まあ色々とプログラミングされてるんだよ」

 めちゃくちゃ端折ったけど、僕だってそこまで詳しいわけじゃない。

「篠塚君ってプログラムできるの?」

「いや、あんまり。おみくじとか作ったくらいでやめちゃった。あれって以外と地味なんだよ。ちょっと間違うと動かなくなるし」

「へー。そういえばもうすぐ授業にプログラムが増えるんでしょ? ニュースでやってた」

「みたいだね。僕らが卒業したあとだからあんまり関係ないけど。それにあれって小学生からじゃなかったっけ?」

「そんなことはどうでもいいの」

「……そうですか」

 そっちが言い出したのに……。

 大橋さんは僕の机に手をついて身を乗り出した。

 大きな胸が机に乗るので思わず視線がいってしまう。

「あのね。篠塚君」

「う、うん」

「自分になにか一つプログラムするとしたらなににする?」

「え? 自分に?」

 どういう意味だろう?

「そう」

「プログラム?」

「うん。プログラムしたら絶対できるようになるんでしょ? そしたらどんなに苦手なことでもオートだよ」

 ああ。

 そういう意味か……。

「例えば朝になったら絶対起きられるってこと?」

「そうそう。どんなに眠くても四時半に起こされるの。起きたら絶対に二度寝ができないとかそんな感じ」

 それはプログラムっていうか老化みたいだけど……。

「それでいくと嫌いな食べ物も食べられるようになるね」

「おお。食育だね♪」

 ちょっと違うかな。

「子育てに困ったお母さんが子供の頭にケーブルを繋いで書き換えちゃうとか」

 なんか怖いんだけど……。

「旦那さんへのお小遣いあげなくて済むし。主婦は大助かりだよ」

「それってもはや洗脳なんじゃ……」

 大橋さんと結婚したら結構大変そうだ。

 でも料理は得意だし、意外と気は利くし、可愛いし。

 悪くはないはずだ……ってこんなこと僕が考えても意味ないけど。

「でもプログラムってそういうことでしょ? スマホとかパソコンとかの機械を洗脳しちゃうみたいな」

「どうなんだろ? そもそもスマホには自我がないから」

「分からないよ」

「え?」

 大橋さんが急に真剣な顔になるので僕はびっくりした。

「もしかしたらスマホにも自我はあるのかも。わたし達が知らないだけで」

「さ、さすがにそれは……」

「だけどそれをプログラミングで無理矢理言うこと聞かせてるの。スマホは思ってるんだよ。『クソ。毎日毎日こき使いやがって。いつか見てろよ。毎日お前達から収集してきた個人情報を使って復讐してやる!』って」

 なんだか急に怖くなって僕は机の上に置いていたスマホを見つめる。

 すると急にライトがついた。

「え? まさか……!」

 僕は驚いて身を震わした。

 恐る恐るスマホを覗き込むと、ただ大橋さんからメッセージが来ただけだった。 

 隣では送った大橋さんがお腹を抱えて笑ってる。

「あはは♪ 篠塚君びくってなってたー!」

「…………驚かさないでよ」

 僕は恥ずかしがりながらもメッセージを確認した。

 そこには『篠塚君はバレたら恥ずかしいようなものをスマホに入れてるの?』と書いてある。

 僕はなにも言わず、そっとスマホをスリープした。

「既読スルーされた!」

 大橋さんはあうっと悲しむ。

 僕はニコリと微笑んだ。

 世の中、知らなくていいこともあるんだよ。


 追記 プログラミングにおけるミスをバグと言うが、世界最古のバグは本当に虫が挟まって引き起こされたらしい。

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