第7話・ボケとツッコミとポニーテール

「なんでやねん!」

 朝。

 普段より早く来ると、誰もいない教室で茶目っ気たっぷりの大橋さんになぜかツッコまれた。

 どういうことか髪型はいつものストレートではなくポニーテールになっている。

「………………え?」

 僕が呆けていると大橋さんはお辞儀した。

「おはようございます」

 僕もつられてお辞儀する。

「おはようございます。で、なに?」

「なにって?」

「いや、今の」

「もう篠塚君ったら~。おはようございますは朝の挨拶だよ」

「さすがにそれは分かるよ。その前のやつ」

「え? おやすみなさい?」

「挨拶じゃなくって」

「ああー。なんでやねんかー。そう言ってくれたらいいのに。なんでやねんってなんでやねんって言わないと」

 大橋さんはやれやれと肩をすくめる。

 ツッコミをツッコミで返すとかそんな高等技術は持ってないんだけどなぁ。

「それで僕はなににたいしてツッコまれたの?」

「ん~。存在?」

「僕の存在自体がボケなの?」

「もー。そこはなんでやねんだよー」

 大橋さんはノリが悪い僕に再び肩をすくめた。

「……あ。ごめん……」

 なんだか今日の大橋さんはツッコミに手厳しい。

 そしてちょっとうざい。

「もう。ツッコミとかボケとかそんなことはいいの。わたし達の管轄外なんだから。餅は餅屋だよ」

 それでいうと僕らはただの学生なんだけど……。

 朝からのハイテンションについていけない僕に大橋さんはいつも通りの甘えた声を出す。

「ねえねえ篠塚君♪」

「なに? あ。なんでやねん!」

「そういうのいいから。お話聞くときはちゃんと聞いて」

「……はい。すいません」

 せっかく気転を効かしたのに、大橋さんは素っ気ない。

「昨日YUNTUBEでお笑いの動画見てて思ったんだけどね?」

「うん」

「漫才ってボケとツッコミがいるでしょ?」

「いるね」

「じゃあトリオの人はボケとツッコミと、誰なの?」

「…………誰?」

 またこの子は訳の分からない疑問を持ちだした。

 誰ってどういうこと?

「……えっと、多分ボケかツッコミの人じゃない?」

「じゃあボケが二人かツッコミが二人ってこと? なんで?」

「なんでって……。色々やりやすいんじゃない? こうボケが増えたり、ツッコミが増えたりすると笑いのバリエーションが豊かになるっていうか」

「その理論なら四人組とか五人組が増えてもいいでしょ?」

「……たしかに」

「でもあんまり見ないよね。きっとボケとツッコミは二人で十分なんだよ」

 大橋さんはこの世に数多あるトリオ芸人を全否定する。

「それでね。トリオって大抵一人くらい大人しい人がいるでしょ?」

「あー。いるかも」

「その人がある日『俺って一体なんなんだろう?』って思った時のことを昨日考えてたの」

 大橋さんはガクブルと震える。

 この子はなんてことを考えてしまうんだ……。

「『ネタを作るわけでもなく、演技が上手いわけでもなく、余った台詞を言うだけの俺って一体なんなんだ? いつかこの二人に捨てられるんじゃないのか? そしたらこれからどうすればいいんだ?』そう考えると夜も眠れなかったよー」

 なんて生々しい悩みを想像しちゃうんだ。

 大橋さんは涙目で僕の腕を抱きしめた。

 大きな胸に腕が沈み、僕は言い表せない気分になる。

「篠塚君! もしその人がトリオから追い出されたらコンビを組んであげてね?」

「なんで僕なの!?」

「だって篠塚君ってポケモンとか好きそうだし」

「あの人はCMとか出てるから大丈夫だって!」

 大橋さんがどのトリオを見ていたか今ので大体分かってしまった。

「というか離してよ。その、さっきから胸が当たってるんだけど」

 大橋さんは「え?」と疑問符を浮かべ、ハッとした。

 慌てて胸から僕の腕を解放すると顔を赤らめ、あたふたする。

「こ、これは……あの……わざとじゃなくて……」

「いや、ツッコんだつもりだったんだけど……」

「あ……。ごめん……」

 僕らの間には気恥ずかしい変な空気が漂った。

 そこへクラスメイトの女子が楽しげに会話しながら入ってくる。

 それを見て僕らはさっと離れ、大人しく席に座った。

 さすがに朝から抱き付かれてるのを見られたら色々と誤解される。

 気まずい空気を消し去ろうと、僕は気になっていたことを尋ねた。

「えっとさ。今日はどうして髪くくってるの?」

「え? いや、これもツッコんでもらおうと思って……。変かな……?」

 大橋さんは恥ずかしそうに俯き、大きな瞳で僕を見上げる。

 あ。それもボケだったんだ……。

 僕は首を横に振ってから、頬を掻いた。

「ううん。その……、可愛いと思うけど……」

「そう? ありがと……」

 大橋さんは嬉しそうにはにかみ、でもすぐに照れて、隠すように僕から視線を外した。

 また、変な空気が流れた。

 いるだけで恥ずかしくなる空気だ。

 それからしばらく大橋さんはポニーテールで登校した。

 そのたびになにか言って欲しそうに僕を見てくる。

 でも僕はなにも言わなかった。

 もしこれが大橋さん渾身のボケだとしたら、ツッコミを入れると終わってしまいそうだったから。

 それくらいポニーテールの大橋さんは可愛らしかった。


 追記 普段天然な人が無理にボケたりツッコんだりすると変な感じになる。


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