第4話・カラス
ドーナツを食べてお腹が膨れた僕らは家に帰ることにした。
隣で鼻歌を歌う大橋さんを見ながら、どこまでついて来るんだろうと不安になる。
夕日の中、頭上でカラスがカアカア鳴いているのを見て、大橋さんはぱあっと顔を明るくした。
「ねえねえ篠塚君♪」
またきた。
「うん。なに?」
「カラスってなんて言ってるんだろうね?」
「カ、カラス?」
まったくこの子はなんでも疑問に思ってお話をしてしまう。
「うん。カラスって頭良いんでしょ?」
「あー。たしかによく聞くよね。カラスは他の鳥とは違うって」
「でしょ? だったら普通の鳥以上に楽しいお話してるんじゃない?」
そもそも普通の鳥が楽しくお話してるんだろうか?
僕は電線の上で並ぶ二羽のカラスを見上げた。
すると一羽のカラスがこっちを向き、カアと鳴く。
それを見て大橋さんが僕に尋ねる。
「お。今なんて言われたの?」
「え? なんてって……。えっと、さよならとかかな?」
「そんなの全然頭良くないよ~」
なんだか僕が馬鹿にされてる気分だ。
「きっともっと頭の良いこと言ってるはずだから。見てて」
見てて?
疑問符を浮かべていると大橋さんはカラスにびしっと指を差した。
「問題です! 車は英語でなんて言うでしょう!」
『カア』
「正解!」
馬鹿っぽい――
僕が呆れていると大橋さんはくるりと振り向き、ニヤリと笑った。
「どう? これが頭の良い会話です」
ふふんと胸を張る大橋さんに馬鹿みたいとは言えなかった。
「じゃあ次は篠塚君の番ね」
「え? いや、カラスの言ってることなんて分かんないよ」
「想像でいいから! とにかく頭良いっぽいの。どうぞ!」
そもそもカラスの会話を想像してるのが頭悪そうなんだけど。
なんてことは言えず、僕は目を輝かせる大橋さんに負けてカラスの会話を考えた。
「えっと、『なんか人間達がこっちを見てるぜ。自分達がいつも見下されるとも知らずにな。空も飛べないし、可哀想な奴らだぜ』とか?」
「なにおう! そこまで言うなら降りてきて勝負だよ!」
大橋さんは想像のカラスにぷんぷん怒ってる。
「いや、想像だし」
「あ。そうか。あまりに憎たらしいから怒っちゃった。でもなんかそう言ってるように見えてきた」
大橋さんはむっとしてカラスを見つめた。
すると二羽のカラスがなにかを言い合っている。
「じゃあ、今度はあの二人がなんて言ってるかを交互に言ってみます。まずはわたしね」
二人って……。もうすっかり人扱いしてるよ。
『なによなによ。デートに連れて行ってあげるって言ったくせに町をぶらぶらしてるだけじゃない』
カップル設定!?
いきなりのことに驚く僕を大橋さんは促すように目配せする。
「え、えっと『しょ、しょうがないだろ。金ないんだし』」
『あなたはいつもそうよ。役者になるって言って、結局はずっとフリーターじゃない』
『お、俺の才能が分からない世間が悪いんだよ。それに次のオーディションには受かるはずだ』
妙に生々しい設定だけどなんだか少し楽しくなってきた。
『前もそう言ってたわ。はあ……。結婚なんていつになることやら』
『だからいつも言ってるだろ? 俺が役者になって売れたらタワーマンションの一番上に住ませてやるって』
『そんな夢みたいな話より、もっと現実的な話が聞きたいわ。お腹の子の為にも……』
妊娠してるの? というかカラスって卵産むよね?
『お前、いつの間に……』
『だって言ったら捨てられるかもって怖かったし……。夢を取るって言われたらわたしどうすればいいの?』
『俺がそんなことするわけないだろ! 夢よりなにより、お前が一番大事なんだから!』
『紀一君……。うん。嬉しい♪』
いつの間にか僕になってる!?
それでも僕もすっかり役になりきってしまい、大橋さんの肩を掴んでいた。
『俺、働くよ。どんな仕事でもいい。正社員になってお前と子供を養う。だからその、ずっと俺についてきてくれ!』
「……はい♪」
大橋さんは顔を赤くして、目をとろんとさせていた。
やけに顔が近いなと思いハッとすると、周りに人が集まり僕らに生暖かい目線と拍手を送っている。
慌てふためいた僕は大橋さんの手を掴んでその場から立ち去った。
気付くと僕らは僕の家の前で息を整えていた。
気まずくなって僕は苦笑いを浮かべる。
「はあ……はあ……。なんかよく分からないことになっちゃったね」
「え? あ、ああ……。うん……。そ、そうだよねー。そもそもカラスの気持ちを想像してただけなのに、結婚とか子供とか……。あはは……」
大橋さんも恥ずかしそうに苦笑する。
「えっと、じゃあ僕の家ここだから……」
「あ。うん。またね」
僕は一軒屋の門を開けた。
すると後ろから大橋さんの声が聞こえる。
「篠塚君」
「なに?」
僕が振り向くと大橋さんの照れ笑いがそこにあった。
「明日もお話しようね?」
夕日に照らされた笑顔はびっくりするくらい綺麗で、僕は目を離せないでいた。
「う、うん……」
僕が頷くと大橋さんは満足そうにはにかみ、「じゃね♪」と手を振って走っていった。
不思議な子だった。
なんにでも疑問を持って、なんでも楽しくしてしまう。
一日付き合わされて分かったことと言えば、大橋さんはお話がお好きってことだけだ。
追記。カラスは鳴き声は鳴き方や回数で意味が違うらしく、ちゃんと挨拶もあるらしい。
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