7.眠れぬ夜に


 その日の夜遅くまで、マンモスとニホンオオカミは、グライダーを作っていた。かばん達もその作業を手伝ったが、二人はキリのいいところまでくると、かばん達に休むように言った。

 


 でも、かばんは、なかなか寝付くことができなかった。


「かばんちゃん、眠れないの?」

「あ……サーバルちゃん」


サーバルは、かばんの横に腰掛けた。


「サーバルちゃんこそ、どうしたの?」

「ほら、私、夜行性だから」

「ああ、そっか」


かばんは笑った。でも、いつもの彼女の笑い方と違うと、サーバルは思った。


「かばんちゃん、元気ないよ」

「……うん、ちょっと、考え事をしてて」


かばんは、一つため息をつくと、サーバルに話し始めた。


「僕、ヒトの居場所を探して、サーバルちゃん達と一緒に旅をしてきた。でも、肝心のヒトそのものの事については、今まで全然知らなかったなって。だから、マンモスさんに、オオウミガラスさんの話を聞いたんだけどね」


かばんは、自分の事をヒトだと知った時のオオウミガラスの様子と、マンモスが話してくれた事について、気にしていた。


「僕は今まで、自分以外のヒトの事は、ミライさんしか知らなかった。でも、ヒトって本当はもっとたくさんいて、いいヒトばかりじゃくて、悪いヒトもいるんだ、ってことに、マンモスさんの話で気付かされたんだ。僕がいつかヒトの居場所に辿り着いたら、その時は、いいヒトに会えるのかなって。いいヒトたちばかりいるわけじゃないなら、一緒にいるうちに、知らない間に自分が悪いヒトになっちゃわないかなって、心配なんだ」


サーバルは、かばんの顔を見つめた。彼女はいつもかばんと一緒にいたけれど、こんなに不安そうで、悩んだ顔をしているかばんを見るのは、初めてだった。


「かばんちゃんは、これからもずっとかばんちゃんだよ」


サーバルは、かばんの肩に両手を置いて言った。


「かばんちゃんがそうやって悩むのだって、かばんちゃんが優しいからだよ。かばんちゃんを嫌いなフレンズがいても、かばんちゃんはその子のために色々考えてるからだよ。だから、何があっても、私は今の優しいかばんちゃんが大好きだから、かばんちゃんはずっと、かばんちゃんのままでいてほしい」


そう言うサーバルの目は、真剣だった。いつもと違う様子のかばんを見る事が、不安でしょうが無かったからだ。

サーバルがあまりにも真剣な様子で話したので、かばんは、彼女に心配をかけてしまったことを、申し訳なく思った。それと同時に、サーバルが、自分の味方でいてくれることに、凄く安心した。


「ありがとう、サーバルちゃん。おかげで気分が楽になったよ。心配かけてごめんね」

「困った時はお互い様でしょ、お友達なんだから!」

「そうだね」


そう言うと、かばんは大きな欠伸をした。肩の荷が下りたのか、急に身体の力が抜けて、眠くなったのだ。


「じゃあ、僕もう寝るよ。明日起きたら、またマンモスさんとニホンオオカミさんの手伝いをしなきゃね」

「そうだね。じゃあ私も、一緒に寝る!」

「えっ?」

「いいからいいから!」


こうしてその夜は、かばんとサーバルは二人一緒のベッドで眠ることになった。



 その頃、アライグマとフェネックは、休もうとするどころか、博物館の外に出ていた。向かう先は、浜辺の、例の岩場だ。


「アライさん、ホントに行くのー?」

「当然なのだ!かばんさんの友達として、かばんさんについての誤解は解かなければならないのだ!」

「やめといたほうがいいと思うけどなー」

「あなた達……」

「ひっ!?」


岩場の近くまで来ると、岩陰からいきなり声がしたので、アライグマはさっきの威勢は何処へやら、フェネックの後ろに隠れた。岩陰からは、オオウミガラスが姿を現した。


「やー、どーもどーも」


フェネックが、オオウミガラスに手を振った。


「あなた達、昼間にニホンオオカミが来た時に、浜辺にいなかった?」

「あら、バレてたんだねえ」

「……ねえ、あなた達って、あのヒトの子の仲間なの?」


オオウミガラスは、岩陰から注意深く様子を伺うようにして、アライグマとフェネックを見つめていた。


「んー、仲間っていうか、この子が勝手について行って、私はこの子について来たって感じかなぁ、ね?アライさん?」

「えっ!?あ、そ、そう!そうなのだ!かばんさんはアライさんの命の恩人なのだ!そんなかばんさんをアライさんは尊敬しているのだ!だからかばんさんの旅の手伝いをしているのだ!」


アライグマは自慢げにそう言っていたが、微かに震えているのが、フェネックにはわかった。


「随分とお気に入りなのね、そのかばんさんの事が」

「と、当然なのだ!かばんさんはな、偉大なんだぞ!橋を作ったり、争いを鎮めたり、そしてなんと、あのPPPとも知り合いなのだ!」

「PPP?」

「アライさん、ここじゃPPPの話したって通じないよ」

「あっ!そ、そうだった!え、えーと……と、とにかく!かばんさんはヒトだけど、オオウミガラスが思ってるようなヒトじゃないのだ!それはわかって欲しいのだ!」

「わかってる」

「えっ?」


オオウミガラスの予想外の答えに、アライグマは思わず固まった。


「わかってる。あの子に私の気持ちをぶつけたところで、何かが変わるわけじゃないってことも。でも……どうしても、ヒトを好きになれない。この身体も嫌い」

「なら、どうしてキミはここにいるんだろーね?」


フェネックが、オオウミガラスに聞いた。


「博士に聞いたよ、キミがどうしてヒトを嫌いになったのか。それから、キミはもうフレンズでいたくないって言って、あの、セルリアンがわんさか出るって噂の森に消えた事も。きっとキミはフレンズでいたくなくて、わざとセルリアンに食べられに行ったんだ。でも、結局、戻ってきた。どうしてなんだろーね、不思議だなあ」


フェネックが急に次々と指摘を始めたので、アライグマはうろたえた。


「ふぇ、フェネック!かばんさんについての誤解を解きに来ただけなんだから、それ以上は……」


アライグマが止めようとした瞬間、フェネックはくるりとオオウミガラスに背を向けた。


「まー、もう少ししたら、博物館に来てみれば?じゃーね」


フェネックは、そう言うと、さっさと博物館に向けて歩き始めてしまった。アライグマは、呆気にとられて暫くその後ろ姿を見ていたが、慌ててその後について行った。


「フェネック、どうしたのだ?なんであんな事……」

「いやー、なんかさー、もやもやするんだよね。ああいうの見るとさ」


フェネックはいつものようにアライグマの質問に答えていたが、その声の調子は、どこかいつもと違っていた。


「間に挟まれてるニホンオオカミが、このままじゃなんかかわいそうだしねー」


フェネックは、そう言いながらアライグマに目配せをすると、博物館に向かって走り出した。


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