5.ヒトの記録
かばん達は、博物館に戻ってきた。入口の前では、マンモスが丁度、バスに電池をセットしているところだった。
「あら、お帰りなさい。充電は無事に終わったわよ。いつでも出発でき……る?」
戻って来たかばん達が浮かない顔をしているのを見て、マンモスは奇妙に思った。すると、かばんが顔に怪我をしていることに気がついた。
「かばんちゃん……!?どうしたの、その怪我!」
「ちょっと……色々あって」
「早く手当てしなきゃ……ニホンオオカミ、救急箱を……あれ?」
マンモスはニホンオオカミにそう言おうとしたが、ニホンオオカミは俯きながら、さっさと博物館の中に入ってしまった。フェネックは、その後を追いかけた。
「フェネック?どうしたのだ?」
アライグマも、その後を追って博物館の中に入って行った。その様子を見て、マンモスは、戸惑った。
「一体どうしたの?ニホンオオカミと一緒に、浜辺に研究材料を集めに行ったのよね?」
「マンモスに聞きたいことがあるんだ。オオウミガラスって子、知ってる?」
サーバルが、マンモスに聞いた。マンモスは、オオウミガラスの名前を聞いた途端に、胸が締め付けられ、身体が強張るような感じを覚えた。
「あの子に……会ったの?」
マンモスは、声を震わせながら、大きな体に見合わない、絞り出すような小さな声で、かばんとサーバルに聞いた。
「はい。今朝、望遠鏡で博物館の周りを眺めていたら見つけて。ヒトの居場所について何か知らないかなと思って聞きに行ったら……」
かばんは、顔の怪我した部分をそっと手で抑えた。
「そっか……、あの子、帰って来てたんだ……」
「ねえ、マンモスはあの子と知り合いなの?教えてよ、どうしてオオウミガラスはかばんちゃんにこんな事したの?」
サーバルが、マンモスに詰め寄った。マンモスは、戸惑っていた。でも、その様子を見て、かばんは、マンモスが何か重要な事を知っていると、確信した。
「お願いします。僕、怖いけど、知りたいんです。オオウミガラスさんは、ヒトのことが嫌いみたいでした。それはどうしてなのか。マンモスさんは、何かご存じなんですか?」
かばんは、マンモスの目を真っ直ぐ見つめた。
少しの間、辺りが静まり返った。それから、マンモスは深く息を吸い込んで、吐き出した。
「……わかったわ。かばんちゃん、あなたにとっても大事なことかもしれないから、教えてあげる。ついてきて」
ニホンオオカミは、自分の部屋に閉じこもっていた。
彼女はベッドの上で小さく体を丸めて、さっき自分の目の前で起きた事を思い出しては、首を振った。
その時、誰かが、部屋のドアをノックした。
「入るよー?」
ドアがゆっくりと、開けられた。
「あ……フェネック……」
開いたドアの先には、フェネックがいた。その後ろには、アライグマもいる。
「……ごめんね。ビックリしちゃってさ。訳わからなくなっちゃって、気持ちを落ち着けたくなって」
「まー無理もないよ。ニホンオオカミは、オオウミガラスがあんな風に怒る子だなんて思ってなかったんでしょ」
フェネックは、ニホンオオカミの隣に腰かけた。
「うん……、それもあるけど……。一番ビックリしたのは、かばんがヒトって言った途端に、ああなったこと」
ニホンオオカミは、俯きながら話し始めた。
「私、ヒトの事を知ってるフレンズは、博士しか知らなかった。だから、オオウミガラスもヒトを知ってたって事にもビックリしたけど……博士とは全然違って、ヒトの事が、大嫌いみたいだった。博士と一緒にずっと研究してて、ヒトってみんなに尊敬される、凄い動物なんだって思ってたから……」
ニホンオオカミは、自分が良い動物と信じて疑わなかったヒトを、オオウミガラスに目の前で否定されたと感じた事に、ショックを受けていた。
「もしかしたら……博士も実は、ヒトが良い動物とは限らないってことを知ってて、隠してるんじゃないかなぁ」
フェネックが、突然鋭い指摘をしたので、ニホンオオカミもアライグマも、驚いた。
「フェネック!?いきなり何を……」
「だっておかしいじゃないか。ニホンオオカミに物を集めに行かせるのに、それについては隠れて研究したりして。ニホンオオカミは助手なのにさ」
「そ、それは確かに……でも、だったらなんでそんな事するのだ?」
「それも、今ここを出ればすぐわかるんじゃない?」
フェネックは、そう言うとニホンオオカミに目配せをした。
「研究が好きならさー、色んな事知っとかないとね」
フェネックのその言葉に、ニホンオオカミは、昨日、マンモスに言われた言葉を思い出した。
―まだまだ勉強が足りないわね、ニホンオオカミ―
「……そうだね。勉強しなくちゃ、助手として」
そう言うとニホンオオカミは、勢いよく立ちあがった。
かばんとサーバルは、博物館の地下に案内された。階段の先には、厳重に鍵がかけられて閉ざされている扉があった。マンモスはその扉の鍵を開けると、ゆっくりと、扉を開けた。部屋の中は、真っ暗だった。
マンモスは、壁についていたスイッチを押した。すると、部屋に明かりがつき、四方に真っ黒な壁があり、沢山の椅子が置かれていて、その椅子が向く方向には、大きな白い幕のようなものが垂れ下がっているのが見えた。
「この部屋は……」
「私とオオウミガラスは、二人とも、この博物館で生まれた。それで、二人で、ここで暮らしながら、ヒトが作って残したものについての研究をしていたの」
マンモスは、部屋の奥にある棚から、円盤のようなものを取り出した。そして、それを、たくさんの椅子の後ろに置かれている、黒い箱のようなものの前まで持ってきた。
「この部屋には、この『えーしゃき』っていう、不思議な動く絵の出る箱があって、私たちはしょっちゅうこれを見て、その中身について話し合ったわ。すごく楽しかった。ヒトが作った色んなものの話が、ここにある動く絵の中には沢山あったの」
マンモスは、そう言いながら黒い箱に円盤のようなものをセットした。それから、スイッチを入れると、カタカタと言う音と共に、黒い箱から光が漏れ出し、部屋の奥に垂れ下がっている白い幕に、映像が映し出された。
「私たちが特に気に入っていたのは、これなの。空を飛ぶ為の翼を持たない、ヒトって生き物が、どうやって空を飛ぶようになったのか。初めてこれを見た時、私たちは夢中になった。特に、オオウミガラスはね」
マンモスは、オオウミガラスが初めてこの映像を見た時に言っていたことを、思い出していた。
―私、空を飛んでみたい。鳥の子達はみんな、空の上で自由に飛び回ってる。私だって鳥のはずなのに、飛べないなんて変だもん。でも今なら、これと同じ事をしたら、きっと私だって飛べるよね!―
「私も、自分で空を飛ぶって言うのがどんな気分なのか、味わってみたくなった。それから、私たちは一緒に、飛べないけものが飛ぶための方法についての研究を始めた。もっと他にも、その手がかりがあるはずだと思って、毎日、この部屋の中の動く絵を漁っては、見るのを繰り返したわ。でも……それが、いけなかった」
マンモスは、映像を止めると、また、部屋の奥の棚から、一枚の円盤のようなものを取り出してきた。でも、それはさっきのものとは違ってボロボロで、とても映写機には取り付けられないくらいに、ひしゃげていた。
「これを、見てしまったばかりに」
マンモスは、悲しい目をして、そのボロボロの円盤を見つめた。
「一体、その中に何があったの?」
サーバルが、マンモスに聞いた。
「……オオウミガラスが。フレンズになる前のオオウミガラスが、どんな酷い目に遭ってきたかの記録が、この中に入ってたの」
マンモスはそう言うと、円盤を近くの椅子の上に置いた。それから、かばん達に、今度は博物館の上に来るように言った。
マンモスは、天井に大きな穴が空いている部屋に、かばん達を連れてきた。そこには、他の部屋のように、埃を被った、割れたガラスケースがいくつか置かれていた。
マンモスは、そのうちの一つに向かって歩いて行った。かばんとサーバルも、その後に続いた。
「あの子が生まれた場所よ」
マンモスは、そのケースの埃を撫でるようにして払いながら言った。
「あの子は……元々は、オオウミガラスって鳥が、絶滅することを悟ったヒトたちに、ここで保存されるために、連れて来られた子だったみたいね」
そう言いながら、ケースの下の方の埃を、マンモスは払った。そこには「オオウミガラスの剥製」と書かれた札があった。
「それまで、ずっと憧れていたヒトという動物が、昔、自分たちにどんな事をしてきたか。自分たちのせいで、オオウミガラスって鳥は絶滅しかけていたのに、ヒトは、オオウミガラスを保存する為に、また手をかけていった。それを知ってしまった事が、あの子はすごくショックだったのよ」
マンモスは、オオウミガラスと最後にした会話のことを、思い出していた。
―待ってよオオウミガラス!あの動く絵の事だけが全てとは限らないでしょう!?―
―違うわ!私、もうヒトの事なんて、何も知りたくない!!―
―ヒトがみんなあんな事をする生き物とは限らないじゃない!それはあなたもわかってるはずよ!今まで沢山見てきたでしょう!?―
―でも!私も、私の仲間たちも、ヒトに酷い目にあわされてきたってことは事実よ!あなたには私の気持ちなんてわからないわ!!こんな思いをするくらいなら、こんな身体、もういらない!!―
―待ってオオウミガラス!!オオウミガラス!!―
「……そう言って、あの子は森の中に消えていった。でも私は、ヒトについての研究をやめる気にはならなかった。むしろ、やめちゃいけないと思った。あの時あの子に伝えられなかったヒトの姿についてもいっぱい研究して調べ上げて、いつか伝えてやるんだって」
マンモスは、窓の外の遠くに見える森を見ながら言った。
「けど、あの子がいなくなった途端に、すごく不安になった。なんでかわからないけど、一人でいる事がすごく怖かったの。そんな時に、あの子が私の前に現れた」
マンモスは、さっきのガラスケースとは反対側にあるガラスケースの前に歩いて行った。
「けど、あの子も、ここで生まれたということは、きっとオオウミガラスと似たような目に遭ってきたに違いないと思った。だから、私はあの子にそれを知られないようにしてきた。大事な仲間が、またいなくなって、一人になるのが怖かったから……」
マンモスは、ガラスケースを抱きしめるようにして、そう言った。その声は、震えていた。
「博士……」
部屋の外から、声がした。ニホンオオカミが、アライグマとフェネックと共に、そこにいた。
「ニホンオオカミ……?まさか、今の話……」
「えへへ……ごめん、全部聞いちゃった……。でも、良かった。私に余計な心配させないように隠してたんだね。私、落ち着きないし、おっちょこちょいだし、助手として信用されてないのかと思っちゃってた」
マンモスは、目をこすって、ニホンオオカミを見た。
「でも、今の話聞いたら、私、博士の為にも、オオウミガラスのためにも、もっと頑張らなきゃって思った。いなくなったはずのオオウミガラスが、まだ近くにいたってことは、きっとあの子も、何か訳があってあそこにいるんだよ。だから私、あの子の為に博士がしてあげたい事があるなら、なんでも手伝いたい」
ニホンオオカミがそう言うと、マンモスは思わず彼女に駆け寄り、そして、強く、彼女を抱きしめた。
「ありがとう……ごめんね……!」
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