4.岩場の影
次の日の朝、マンモスはバスの電池を充電してやるために、朝早くから作業に取り掛かった。充電が終わるのを待つ間、ニホンオオカミは、お気に入りの面白いものがあると言って、かばん達を博物館の屋上まで連れ出した。
「何なのだ?ここに何かあるのか?」
アライグマが、辺りを見回しながらニホンオオカミに聞いた。
「これだよ。『ぼーえんきょー』って言うの」
ニホンオオカミは、そう言うと、小さなコインを一枚、望遠鏡に入れた。それから、アライグマを望遠鏡の前に手招きした。
「両目で覗いてみて」
アライグマは、言われるままに望遠鏡に顔をくっつけて、その中を両目で覗いた。それからすぐに、興奮した様子で飛び跳ねた。
「おおー!すごいのだ!遠くにあるものもバッチリ見えるのだ!フェネック!フェネックも見るのだ!面白いぞ!」
「おー、どれどれ……」
「あっ!ちょっと待つのだ!向こうに誰か飛んでるのが見えるのだ!」
「きっとカモメだよ。いつもあの辺を飛んでて、よくいろんな物を拾って博士に持ってくるんだ」
「おーい!おーい!」
ニホンオオカミの説明をよそに、望遠鏡で覗かないと見えない距離にいるフレンズに、アライグマは手を振って呼びかけている。フェネックは、その様子が可笑しかった。
「サーバルも見てみる?」
「うん!見たい見たい!」
ニホンオオカミが、もう一台の望遠鏡の前にサーバルを連れ出して、またコインを入れた。それから、サーバルも望遠鏡を覗いた。
「あれー?なにも見えないよ」
「あ、向きがちょっと悪いのかな?右か左どっちかに動かしてみて」
「あ!ホントだ!見える見える!すっごーい!かばんちゃんも見て!面白いよ!」
サーバルに呼ばれて、かばんも、望遠鏡を覗いた。博物館からは少し離れたところにある海の波の形も、はっきりと見える。
「ホントだ。すごくよく見えるね」
かばんは、そのまま、望遠鏡の角度を変えて、他のところも見てみる事にした。その時だ。
「あれ……」
一瞬、浜辺の岩場に、フレンズの姿が見えたような気がして、かばんは望遠鏡の角度を戻した。でも、その瞬間、望遠鏡の視界が、真っ暗になってしまった。
「どうしたの?かばんちゃん」
サーバルが、かばんに聞いた。
「今、フレンズさんが見えた気がしたんだけど……気のせいかな」
「どれどれ?」
サーバルも、望遠鏡を覗いた。
「あれ?また何も見えなくなっちゃった」
「ああ、これ、時間が経つと見えなくなっちゃうんだよね。コインを入れれば、また見えるようになるよ」
ニホンオオカミは、そう言って望遠鏡についた小さな金庫を開けると、コインを取り出した。
「ニホンオオカミさん、あっちの方の、浜辺の岩場まで行くなら、どれくらいかかりそうですか?」
かばんが、ニホンオオカミに聞いた。
「え?歩いてもそんなにかからないし、バスで行けばすぐだと思うけど。でも今、博士が充電?だっけ。それする為にアレコレやってるから、バスはまだ使えないよ」
「かばんちゃん、急にどうしたの?」
「今見えたフレンズさんに会いに行きたいと思って。ヒトの居る場所のことを何か知らないか、聞きたいし……」
「ねえ、かばんが見た子って、もしかしてオオウミガラスじゃないかな?」
ニホンオオカミが、かばんに言った。
「オオウミガラスさん?」
「うん。多分そうだと思う。あの浜辺ね、よく変なものが流れてくるんだけど、それを博士が研究したいって言うから、集めに行くのが私の仕事なの。で、岩場の辺りまで行くと、最近よく会うんだ」
「変なもの?変なものって何なのだ?」
アライグマが、口を挟んだ。
「私にもよくわかんない。博士は研究の材料だって言うけど、詳しいことは教えてくれないんだ。秘密なんだって。私が持ってきたものを渡すと、絶対に入っちゃダメって言って、部屋に鍵かけてこもっちゃうの」
ニホンオオカミは、不満そうに口を尖らせながら言った。
「助手なのに教えてあげないなんて、変だねえ」
フェネックが言った。
「まぁ、博士が私の事を忘れて研究に集中しちゃうのは良くあることだし。その部屋以外にも、危ないから一人で勝手に入っちゃダメって言われてる部屋もいくつかあるし。だから気にしてないよ。それに、言うこと聞かないと、昨日みたいに怒られちゃうからね」
ニホンオオカミは、笑いながら言った。それから、ある事を思いついた。
「あ、そうだ!せっかくだから、かばん達も一緒に行こうよ。かばん達が見たら、今までわかんなかったこともわかるかもしれないし、それを教えたら、博士も喜ぶかもしれないし!オオウミガラスにも会えるかもしれないし、どうかな?」
ニホンオオカミの提案に、みんなが賛成した。
それからみんなは、ニホンオオカミに連れられて、浜辺までやって来た。波打ち際には、ニホンオオカミが言う通り、色々なものが打ち上げられていた。
「おおー!色んなものがあるのだ!なんかキラキラ光ってるものもあるのだ!お宝に違いないのだ!」
アライグマが、真っ先に飛びついた。
「面白そう!私も!」
「よーしサーバル!どっちがいっぱい集められるか勝負なのだ!」
「負けないよ!」
サーバルも、張り切って後に続いた。
「かばん、あそこだよ。あそこの辺りで、よく会うんだ」
ニホンオオカミが、奥に見える岩場を指差して言った。
「多分、今日もあそこに居ると思うよ。紹介してあげる」
「ありがとうございます。それじゃあ……」
かばんは、サーバル達を呼ぼうとした。でも、サーバルとアライグマは、浜辺の宝探しに夢中になっていた。二人がとても楽しそうにしていたので、かばんは、邪魔をするのは悪い気がした。
「私が見てるよー、行ってきて」
かばんの様子を察したフェネックが、二人の面倒を見る事を引き受けてくれたので、かばんはニホンオオカミと一緒に、オオウミガラスがいるという岩場を目指して、浜辺を歩いて行くことにした。
「オオウミガラスさんって、どんなフレンズさんなんですか?」
「うーん、それがよくわからないんだよね。いつもあの岩場に立って、遠くをぼんやり見てるんだ。気になって話しかけても、あんまり喋ってくれないし。一人でいるのが好きみたい。でも、毎日会ってたら、挨拶したら返してくれるようになったし、悪い子じゃないと思う」
話しているうちに、二人は岩場まで辿り着いた。
「あ、いたいた。おーい!」
ニホンオオカミは、岩場に見えるフレンズの姿を確認すると、大きな声で呼びかけながら、手を振った。そこには、かばんが望遠鏡で見たのと、確かに同じ姿をしたフレンズがいた。
「あ……こんにちは」
オオウミガラスは、小さな声で返事をした。
「今日もここにいたんだ」
「うん……、ここにいると落ち着くから。あなたも、また博士のおつかい?」
「そ。でも今日はそれだけじゃないんだ。オオウミガラスに会いたいって子を連れてきたの」
「私に?」
オオウミガラスは、かばんを見た。
「あ……初めまして、オオウミガラスさん。僕、かばんと言います。さっき、あそこの博物館からあなたを見つけて」
「そう……ですか。それで、私に何か……」
「僕、ヒトの居場所を探してて。ちょっとでもいいんです、何か知っている事があれば、教えてもらえませんか?」
かばんがそう尋ねた。その瞬間、オオウミガラスは、目の色を変えてその場に立ち尽くした。そして、俯いたかと思うと、かばん達に背を向けてしまった。
「あの……オオウミガラスさん?」
「知らない。帰って」
「えっ?」
「帰って!!」
突然、オオウミガラスが、さっきまでの小さな声とは比べ物にならないくらいの声で怒鳴ったので、かばんもニホンオオカミも、動揺した。
「お、オオウミガラス?どうしたの……?」
「いいから帰って!!その子ももう連れてこないで!!」
オオウミガラスは、足元の石を拾って、二人に投げつけた。ニホンオオカミはその石を避けたが、かばんの顔には、命中した。
「痛っ……!?」
「か、かばん!?大丈夫!?ちょ、ちょっと待ってよ、本当にどうしたのさ!オオウミガラス……」
ニホンオオカミが、オオウミガラスに詰め寄ろうとしたが、かばんが、それを止めた。
「……お邪魔しました。行きましょう、ニホンオオカミさん」
「え?で、でも……」
「大丈夫です。行きましょう」
「う、うん……かばんがそう言うなら……」
かばんとニホンオオカミは、戸惑いながらも、その場を後にした。
岩場から戻ってくると、サーバルとアライグマ、そしてフェネックが、心配そうな顔をして立っていた。
「かばんちゃん、どうしたの?なんか、凄く怒ってるみたいな声が聞こえたけど……」
サーバルが、かばんに駆け寄った。サーバルは、さっきかばんがオオウミガラスに石をぶつけられたところが、赤くなっていることに気づいた。
「かばんちゃん、怪我してるよ!あのオオウミガラスって子にやられたの!?」
「うん、まぁ……でも、大丈夫だから……」
「大丈夫じゃないよ!なんでかばんちゃんにこんなこと……!」
サーバルは、オオウミガラスが、大好きな友達に怪我を負わせたことに、腹を立てていた。
「わからないけど、僕が……ううん、ヒトが、嫌いなんじゃないかな、あの子」
かばんがそう言うのを聞いて、フェネックは少し間をおいて、静かに頷いた。それを見て、サーバルとアライグマは信じられないという様子で、かばんに詰め寄った。
「嫌い?どうして?かばんちゃんはいっつも優しくて、みんなのために色んなこと考えてくれるのに」
「その通りなのだ!アライさんの恩人であるかばんさんにこんな事をするなんて、許せないのだ!」
サーバルとアライグマが目に見えるほどに怒っているのに対して、かばんは落ち着いていた。でも、これまで色々なフレンズに出会ってきて、こんな目に遭ったのは初めてだったので、心の中では、戸惑っていた。
フェネックは、ニホンオオカミの方を見た。彼女は、一瞬岩場の方を見たかと思うと、俯きながら、博物館に向かって足早に引き返し始めてしまった。
「あっ……ニホンオオカミさん、待って」
ニホンオオカミの後を追って、かばん達も、博物館へ引き返すことにした。
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