3.博物館


 ニホンオオカミの道案内で、かばん達はさっきまで迷っていたのが嘘のように、あっという間に森から抜け出すことができた。森を抜けた先には、海が見えた。とても長い時間、森の中を彷徨っていたので、空は赤くなり、太陽はもう、水平線の向こうに沈みかけていた。


「えっ、キミ達、海を渡って来たの?」


ニホンオオカミが、目を丸くして、かばんに聞いた。


「鳥とか海のけものじゃないのに!海を渡ってくるフレンズなんて、会うの初めてだよ!どうやって来たの?」

「サーバルちゃんたちが、このバスを海の上でも使えるようにしてくれて。それで」


かばんはそう説明したが、ニホンオオカミはまだ、面食らっていた。


「そうまでして海を渡って来るなんて、キミ達、相当な物好きなんじゃない?」

「かばんちゃんは、自分の縄張りを探してるんだ。私たちはそのお手伝い」

「縄張りを探してる?どういうこと?」


かばんが縄張りを探しているということが、ニホンオオカミは今ひとつわからなかった。


「ふっふっふ、それはこのアライさんが説明してやるのだ。かばんさんは……」

「アライさん、ちゃんと前見てないと危ないよー」


バスを運転していたアライグマが、後ろを振り返って説明しようとしたが、フェネックが止めた。


「あっ、あそこだよ!私の住処!」


ニホンオオカミが、身を乗り出して遠くを指差したので、みんな、その方を見た。すると、向こうに見える丘の上に、大きな建物が建っているのが見えた。

建物の近くまでやって来ると、突然、バスのスピードが落ちた。


「うん?あれ?どうしたのだ?」


アライグマは、アクセルを踏み込んだが、スピードは上がらない。


「かばん、そろそろ電池の充電が必要ダヨ」


かばんの右手に腕輪としてついていたラッキービーストが言った。


「電池?電池って何?っていうか腕のそれ、喋るの?」


ニホンオオカミが、ラッキービーストを食い入るように見つめながら言った。


「あ、これ、実はラッキーさん……というより、ボス、って言った方が、わかりますか?」

「えっ!?ボスってあのボス!?ボスって二本足で歩くんじゃないの!?そもそもボスって喋れたの!?」

「元々そうだったんだけど、色々あってちっちゃくなっちゃったんだよね」

「へぇ〜……その話すっごく気になる!それにしてもキミ達、面白いなぁ〜。すっごく面白い話がいっぱい聞けそうだけど、私だけ聞くのもなんだかズルイや、博士にも聞かせてあげないと」

「博士?ここにも博士さんがいるんですか?」


ニホンオオカミの言葉に、かばんは、キョウシュウエリアにいたアフリカオオコノハズクのことを思い出した。


「そうだよ。いっつもここにいて、本読んでばっかりいるんだ。でも、とっても物知りなんだよ。で、私はその助手ってわけ。というわけで、キミたちのこと、博士に紹介させてくださいな!」


ニホンオオカミは、そう言ってかばん達をバスから降ろして、建物の中へ案内した。中はひっそりと静まり返っていて、辺りには様々な置物のような物が置かれていたが、みんな、埃をかぶっている。


「博士ー!ただいまー!」


ニホンオオカミが大きな声で呼びかけると、突然、奥の扉が勢いよく開いた。次の瞬間、大きな影が物凄い勢いで駆け寄って来た。


「こら!どこ行ってたの!心配してたのよ!!」


その大きな影は、ニホンオオカミの姿を見るや否や、身体の大きさにも負けないくらいの大きな声で、彼女を叱りつけた。


「いやー、その、ちょっと、森に」

「森!?あそこはセルリアンがいっぱいいるから調査の時以外は入っちゃダメって言ってるでしょ!」

「そんなに怒らないでよ博士〜、その森で迷子になってた子達、助けて来たんだから」

「えっ?」


博士と呼ばれたその大きなフレンズは、ニホンオオカミの後ろで立ち尽くしていたかばん達を見て、我に返った。


「あら!ごめんなさい、この子の事に夢中で全然気がつかなかった!ようこそ博物館へ。マンモスです、どうぞよろしく」


マンモスはそう言うと、深く頭を下げて丁寧に挨拶をした。


「初めまして。かばんと言います。こっちがサーバルちゃんで、それから、アライさんと、フェネックさんです」


かばんも、マンモスに挨拶を返した。すると、マンモスはかばんの姿を見て、まるで自分の目が信じられないかのような顔をした。


「あ、あなた……もしかして」


マンモスはそう言うと、かばんの周りをぐるぐると動き回った。その次は、頭の上から爪先まで、長い鼻で撫でるかのように見た。


「あの、僕が何か……?」

「似てる……似てるわ!この格好、それに、耳と尻尾が無い身体!あなた、ヒトよね!?」


マンモスは、大きな身体をかがめて、かばんにぐいっと顔を近づけた。


「あ……はい。そうです」


それを聞いて、マンモスは思わず踊り狂った。


「やったー!この姿になってここで研究を続けてもうどれくらいの時間が経ったか……ついに、ついに会えた……!」


これまでに見たことがないくらい興奮しているマンモスを見て、ニホンオオカミは呆然としていた。


「えっ……博士?この子が、博士がずっと会いたがってた『ヒト』なの?」

「そうよ!間違いないわ!本で見た姿にとてもよく似ているもの!その頭に被ってる帽子なんか、特に!飾りも!そっくり!」


マンモスは、かばんの帽子を見て言った。


「へー、これ飾りだったんだ!耳かと思ってた!」

「まだまだ勉強が足りないわね、ニホンオオカミ。私の助手なら、それくらいは頭に入れといてもらわないと」

「はーい、覚えときまーす」

「さて、立ち話もなんだから、あなたはこの子達にお茶の準備でもしてて。皆さんも奥へどうぞ、色々とお話ししたいことやお聞きしたいことがあるので……」


マンモスがそう言うと、突然、誰かの腹の虫の音が、博物館に響き渡った。


「あっ」

「そういえば……」


サーバルとアライグマは、咄嗟に腹に手を当てた。それを見て、マンモスは笑った。


「あら!お腹空いてるのね、じゃあ、お茶と一緒にジャパリまんもお願い」

「合点承知!」


それからみんなは、博物館の奥の広い部屋に通され、ニホンオオカミが用意してくれたジャパリまんとお茶をご馳走になった。そして、自分達が旅をしている理由や、これまでの旅のことを、マンモスに話した。マンモスは、かばん達の話を夢中になって聞いていた。


「そっか……、ヒトの居る場所を探して旅をしているのね。でもごめんなさい、私、ヒトについて色々と研究してるけど、まだまだ全然足りてなくって。あなた達の力には、あまりなれそうにないわ」


マンモスは、申し訳なさそうに言った。


「いえ……僕の方こそ、ヒトなのに、自分の事についてはまだまだ分からない事だらけで。あまりマンモスさんの期待に応えられるお話ができなかったと思いますから」


かばんも、頭をかきながら、申し訳なさそうにしている。


「ううん、そんな事ないわ!」


マンモスは、勢い良く立ち上がったかと思うと、近くの本棚から一冊の本を取り出しながら、熱く語り始めた。


「とても興味深い事がたくさんあったわよ。例えば、アライグマがした話。かばんちゃんはきっと、その帽子についていたヒトの毛から生まれたフレンズなのよ。ヒトの毛だったから、ヒトのフレンズが生まれた。じゃあ、その帽子の元々の持ち主は誰だったのか……とかね」


そう言うと、マンモスはその本のページを開いて、かばん達に見せた。本はボロボロで、ページが破けていたり、文字が擦れていたりしていた。でも、そのページには、かばんが被っている帽子に良く似た帽子を被ったヒトの姿が、はっきりと描かれていた。

かばんは、ロッジや観覧車の中で見た「ミライ」というヒトの映像のことを思い出した。彼女も、自分と似たような帽子を被っていたからだ。


「パークにいたヒト達はみんな、この帽子を被ってたんだと思うの。それにどう言う意味があるのかは、まだわからないけど、でも、きっとそうなんじゃないかって。想像でしかないけどね」


マンモスは、とても楽しそうに、自分の考えを話していた。その様子を見て、かばんもなんだか、嬉しくなった。


「マンモスさんは、ヒトについて調べる事が大好きなんですね」

「ええ。大好き。調べるのも、想像するのも。私が生まれたこの博物館も、この博物館に置かれている色んなものも、パークのあちこちにあるものも、それから、あなた達が乗って来たバスも。みーんな、ヒトが作ったものだって。それなのに、そのヒトの姿は、誰も見ていないのよ。不思議じゃない?一体どんな動物だったんだろう、いつか会ってみたい!なんて思ってやってたら、やめられなくなっちゃった」


マンモスは、そう言ってまたソファーに腰掛けると、まっすぐとかばんの方を見た。


「そうしてたら今日、夢がひとつ叶った。かばんちゃん、あなたに会えたから。ありがとう」

「いえ……そんな。ニホンオオカミさんが僕達を森からここに連れてきてくれなかったら、マンモスさんに会う事もなかったどころか、セルリアンに食べられてたと思うから、むしろ、お礼を言うのは僕達の方ですよ」

「ふふ、そうね。私もあの子に後でお礼言っとかなくちゃ」


マンモスがそう言うと、お茶とジャパリまんを用意した後何処かへ行っていたニホンオオカミが、部屋に戻ってきた。


「みんな、ベッドの準備できたよ」

「えっ?でもまだ夕方……」


かばん達は、窓の外を見た。いつの間にか、外は真っ暗になり、虫の鳴き声が微かに聞こえるようになっていた。


「私達、いっぱいお話してたんだね。全然気がつかなかったよ」


サーバルが、笑いながら言った。


「博士、お喋り大好きだからね。研究のこと、喋り出すと止まらなくなっちゃうもん。だから、助手としてできる事を先にやっておきました!」


ニホンオオカミは、自慢気に答えた。マンモスは、苦笑いした。


「それはどうもありがとう。それじゃ、今日はもう遅いし、長旅で疲れたでしょう。ゆっくり休んで行って」


マンモスの言う通り、腹を空かせていた上に、森で迷いに迷った事で、すっかり疲れていたかばん達は、ベッドに飛び込むようにして潜ると、その夜は、みんなぐっすり、眠りについた。

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