第6話 空想の片隅へ
***
ご愁傷様、俺。
迎えた十八回目の誕生日。
俺はここ数年、八月が三十日から三十一日へと切り替る前後、とある異変をきたしていた。意識が混濁するのだ。
例えるなら突然チェーンが外れてコントロールの利かなくなった自転車のように身体の自由をもぎ取られていく感覚に襲われたり、気がつくと全く知らない場所で泥だらけの傷だらけになっていたりと、突飛な恐怖にぶち当たる場面が多々あった。
異変はそれだけでは済まない。あり得ないことに、零時を迎えると俺のもとに過去がやって来た。
やって来る過去は、親しげに話しだしだり派手に暴れまわったり、それこそ時には問題を抱えて苦しんでいたこともあった。
過去との邂逅。現在でも未来でもない俺の過去が、ただひたすらに今を生きる俺に襲いかかってくる。
俺は悩んでいた。わからないことばかりだ。
何を切るべきなのか、何を解決させるべきなのか。いつまで経っても俺は理解に及べない。
そんな状況下で俺の目の前に現れたのは、まるっきり俺とそっくりで確かに自分とは違う、不思議な何者かであった。
*
初めての遭遇は八年前の十一歳の時。切ったものは、警戒に警戒を重ね保管していた初恋の人への手紙だった。
赤く燃え盛るような指先で懸命に切り裂いて、それから俺はじっくり味わうようにして恋文をのろのろと飲み込んだ。喉を過ぎる文字の残滓は甘しょっぱく、どうしたって灼熱の塊だった。
十七歳の時に切ったものは、写真だった。
その時はもう必死で叫んでいた記憶であふれている。兄妹をも巻き込んで、善いと悪いの判断も分別もつかない、そんな絆もあるのだと身を持って知った。不格好なパズルのピースと成り果てた写真には、兄と妹と俺。俺達は写真のピースをそれぞれ分け合って、今やそれは三人共通の絆の証となっている。
滑稽な茶番劇と揶揄されようとも見事な逆転劇と高笑ってもらおうとも、俺の手の届く範囲の現実は、どうやったって平坦な毎日の延長線でしかない。
学校のある日は布団という名の根城から這い出し、最低限の身だしなみと朝食を済ませ、大学受験という地獄池の待つ高校へと旅立つ。さらにつけ加えると、塾の帰りがてら寄るコンビニで、あんなそんなな年頃の俺達は、グラビア雑誌の表紙のチラ見と店員の防止網をかい潜るのにほんの少しの仲間意識を見出す。
ついでに言えば、俺の肉体は天気の変化に敏感だし、さらには偏食気味の食事をどうにかしたいと本気で思っている。けれど、思っているだけで基本は放置だ。最近は握り飯が主食で副食で、間食もする。やっぱ白飯はうまい。こんな塩梅で、精神力もぐらんぐらんな始末である。
そんな限られた世界を、物臭さにされど普通に過ごしている男子高校生が俺である。
それでもたまに、とてつもなく凄い存在になってみたいと、くだらない妄想をする。どんな気持ちなんだろう? すげー気持ちいいだろうなぁ! って。
受験生となってから日ごと煩雑さを増してゆく日常から目を逸らしたくて、俺は空想の片隅へと頻繁に逃避していた。
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