第5話 言い知れぬ自己矛盾
理由はどうあれ、私は残り三時間で消えていく定めにある。十一歳から七年間、未だかつて未解決の誕生恒例式はなかった。
淡く切ない恋心からはじまり、兄弟の義侠心を試されたのが昨年のこと。それら七回のどれをとっても、誕生日の三十一日にやってきては解消されていった。
八回目の今回、私の正体とは何なのか。成八と話がしたい。話したい。
どうやって、切り離した?
「なにアイスなの」
「バニラ」
諦めか、それとも悟りなのか。冷菓の種類を問う成八に答えた、ら、すごい顔と目が合った。驚愕でも恐怖でもない、わざとらしいくらいの引きつり顔。なんだか私が安心してしまった。思わず笑いそうになる。
「バニラアイス」
噛みしめるようにもう一度、私はそう答えた。大袈裟なまでにがっかりとしている様子の彼に、私の胸中がざわめいている。少しだけ調子に乗っても許されるだろうか。
「疲労回復に効くらしい」
「嘘はやめろ」
成八のきっぱりした否定に、私ははにかんで次なるデタラメを口にする。
「過去の戻りたい時に戻れるよ」
「バニラアイス苦手なの知ってる……よな?」
「ホイップクリームは好物で冷凍は無理? 訳わかんないよ」
「いーの」
「なら、やり直しだって出来る」
「あいつら容赦ないだろ。やり直しても精々腹壊すだけだし」
こうやって話せる時間がとても惜しい。成八が言葉を私に返してくれる。私の悪ふざけに乗ってきてくれている。
本当に笑いだしたい気分でいっぱいだ。私は戯れを続ける。
「んー。暑いしこっちのが正しいよね」
「ダメだろ。違う問題なんだよ」
「答えは一緒」
「どんな理屈なの」
「君の屁理屈よりはマシ」
成八と私の間では、恐怖心は成り立たなかったらしい。私は彼の恐怖の対象からは、外れているようだ。打つ鼓動に畏怖はない。恐れどころか妙な安心感を覚えるくらいだ。
じわっと、アイスの入った袋を押し当てたこめかみが冷える。目の前がチカチカとした。
「おかしいなぁ」
なぜだか先程のヒマワリの群生を思い出し、あれは本当に妙な体験だったと、私の頬はさらに緩んだ。ことのほか絶えず動く舌は、この特別な時間を楽しんでいた。
「牛乳だったっけ」
小石を靴裏で転がした成八は、なんとなしに言う。その転がる石を追いかけるようにして、止まっていた足を再び動かしだした。
「牛乳だったよ」
私の言い返しに、これは腹下すパターンと、成八がぼやいた。
一年前の誕生日には、成八の無意識を操って私の勝手で牛乳を買った。白い飲み物は健康に良さそうだと、世間一般の常識とは無縁だった私はそう思い込んでしまったためである。
その後、ミルクや生クリーム、ラクトアイスは場合によって乳製品に分類されると知った。私が贈ったものは彼が望んだケーキではないけれど、昨年のミルクからアイスを購入できた今年の劇的な変化を、ちょっと褒めてほしい、なんて。
「あー。ま、去年のよりはまともなのか」
いつの間にか側溝へと転がり落ちた小石を見送り、再度立ち止まった成八は言葉を濁しながら小さく言う。もしかして褒められた?
そんなに伝わってしまう程、私は表情に出てしまっていたのか。それとも──。
「そりゃ原液の牛乳よりはケーキに近いよ」
浮かんだ疑問を飲み込みながら話す私は、ベタッと身体に貼りつく半袖を捲りあげ肩まで腕を露出した。茹だる暑さに変わりはないが、体感温度に幾分か差を感じる。
隣の見ているだけでも暑苦しい袖も遠慮なしに捲りあげたい情動に駆られたが、私はぐっと抑えた。
「俺さ」
そんな中、塗りたくった夜のクレヨンに似た虹彩を眇めた成八は、ゆっくりとした口調で言い放った。
「せっかくだからどこか涼しいところで食べたい」
私は言い知れぬ自己矛盾を抱えたまま、それでもここに存在している。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます