第2話 その異変、誕生日に至る

 布団から出れば毎日の習慣において最低限の身だしなみは整え、世界を闇が覆い尽くさんとすればぶち破ろうと悩み考え実行するわけで、さらにつけ加えると、器官を動かすため食を得るだなんだと至上名目をかかげグラビア雑記の乱行な表紙のチラ見に細心の注意を払う。

 少々イタわずらってはいるものの一種の反抗期──現実世界への反抗─における現象だと解釈すれば、微笑ましくもとれる。


 眩しすぎる青春色は一人ひとり違ったかたちで具現化すると、自分は思っている。


 彼の場合、本来、出会うはずもない者達との邂逅がそれにあたる。流れるような不変の中で生きる彼。先んじて命を受け入れた彼。

 

 ──なんて平和な世界なんだろう。


 例えばの遊戯。愚行。黒歴史。妄想。一人遊び。あちら側とこちら側の境界は、ぼんやりと重なっていく。

 僅かな冷気を感じたその一瞬、濃厚な白で視界がいっぱいになった。



 やっとの思いで会計を済ませた成八のかすかにこぼれた安堵に、私は人知れず声を乗せた。近くで扉の開く音がする。

 瞬間、現実世界で生きる彼の姿を確認。

 そこには動きやすい上下の服に包まれた肉体が存在し、思春期特有の精神が宿り、そしてぐらぐらの心がある。


 灰元成八はいもとなりや。高校三年生。なりたての十八歳。

 一瞥した彼の全身は、どこにでもあふれかえっている十代後半の少年の姿を晒していた。さらに見つめた先の表情は、彼が今何を考えているのか、私にはもう正確にはわからなくなってしまった。

 だが私は、常々思案をしていた。彼は、乏しい。たくましい妄想癖とは裏腹にいろいろと不足していると、私は眉をひそめ首をひねった。


 一年に一度。誰にだってやってくる生誕を祝福する大切な日。成八は物心ついた頃からすでに、誕生日を煩わしい出来事だと忌みするきらいがあった。

 学校から課された宿題で頭がいっぱいな友人達に祝われにくいだとか見兼ねた兄と妹がやたら構ってくるのが照れくさいだとか、やってくる新学期がだるいとも、理由が少し違う。

 ズキリ心臓が跳ねた。私には慣れきった反応だった。

 けれど、こんな状況下に置かれようとも感じとれるものなのか。言い換えれば、それほど激しい感情の隆起のはずなのに、成八はそれの意味をまったく理解していない。あやふや。ふらふら。ただ、心をめった刺しただけ。そうやって逃げるのだ。

 解決以前の問題だった。やはり成八の表情に変化はみえない。今の私は彼にとって、恐怖の対象でしかないのだ。おかしい、忌避されて当然だ。


 とうとう訪れてしまった遭遇の日。私と彼は、こうして出会った。


 コンビニ袋が夜風に惑い腿をかすって軽く音をたてる。無茶苦茶な頭を少しでも落ち着かせるため見下げた地面に、今更ながら絶句がこぼれた。アスファルトにはスニーカーが二足、佇んでいた。

 この靴は、私の記憶にも残されている貴重な物のうちのひとつである。成八が小遣いを散財して買った、黒の曲線と彩やかな靴紐が印象的なスニーカーだ。付着した汚れも履きつぶした形跡もそのまま同様な代物が二足。

 私は動けなかった。成八はスニーカーから顔をあげた。


 彼は何かが足りていない一方で、葦のように強かだった。

 今日、私と邂逅を果たしたのがなによりの証拠である。純粋にただ弱いだけの少年なら、そもそも私との邂逅なんて永久的にやってはこないだけでなく、私からすぐに目を逸らすだろう。こうやって、じっと睨み合うなんてもってのほかだ。

 不思議だ。私は、相手が黒ければ黒いほど、眩しくって仕方がない。おかしいかな、強く弱い存在。彼は、強くて弱い。不足した葦。

 しかし何度も繰り返したように、間違えようもなく、彼はとっておきの切り札である。


 語るところその異変は、誕生恒例式と呼ぶに至っている。


 *


 意を決した私は、軽く片手をあげ声をかけた。


「お誕生日だね、ご愁傷様」

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