第20話 体育の授業

体育の授業は、校舎から道を一本隔てたグラウンドで男女別れで行なわれる。


「おーい、全員集合!」


ホイッスルを鳴らして田森先生が集合をかける。


彼は舌足らずなのだろうか「ぜんいん」とは発音できずに「でんいん」と聞こえる。


「えー、今日から体育を教える田森だ。山梨県出身だ。サッカー部の顧問をやっている。サッカーやりたいやつはぜひ入部してくれ!」

やはりどう聞いても「ぜひ」ではなく「でひ」に聞こえる。


「今日はサッカーのリフティングをやるから広がって二人一組になれ!各自10回を目指してリフティングしろ。相方は数える係だ。ボールを落としたら相方に交代だ。」

その声に、各自がサッカーボールを受け取りグラウンドに散っていく。


影松高校のグラウンドは猫の額のように狭い。


この狭い中でサッカー部、野球部、ラグビー部、陸上競技部が肩寄せ合って練習しているそうだから驚く。


「なんや色の黒いけったいなおっさんやな」


「でも大学時代はサッカーの日本代表だったらしいんだナ」


秀と星が一組になってボールを蹴り初めようとすると。


「ちょっとあんたたち、ゲートはできた?」


体操服のメグが駆け寄って二人に聞いた。


女子はグラウンドの半分を使って体力測定らしい。

「ああ、半分終わったさかい」

「あとは放課後なんだナ」

「そう、ありがとうね」


「おーい、次は卯原さんの番よー」

女性体育教諭の声がする。

「じやあね、あ、はーい!」

走り去るメグ。


「こら、そこの二人!全然できてないじやないか!他はもうリフティング始めてるぞ」

田森の叱咤が飛んできた。


もちろん「ぜんぜん」ではなく「でんでん」である。


「あ、ほーい」

「秀からやるんだナ。ぼくが数えるんだナ」

「なんや昔、宮中でやった蹴鞠と一緒やおまへんか、ほないくでー」


秀がリフティングを始めた。

流石に宮中で鍛えただけのことはある、なかなかボールは落ちない。


「1.2.3.4.5」と星が数えていくが100を越えてもまだ安定している。


「501.502.503.504」このころになると周りの生徒たちも集まってきた。


田森先生も驚いて、やってきて星に尋ねた。

「彼の名前は?」

「和泉 秀なんだナ」

「サッカー経験者か?」

「多分初めてなんだナ」

「初めてでここまでリフティングが出来るのか?」

「あ、昔は蹴鞠をよくやってたんだナ」

「蹴鞠・・・あの小さいやつか?」

「そうなんだナ、ちなみに蹴鞠は僕の方がうまかったんだナ」

「君は?」

「保倉 星なんだナ」

「1001.1002.1003.1004」星に代わって数を数える足立の声が続く。

「保倉、それならお前もやってみろ!」

「了解なんだナ」

サッカーボールを手にとってリフティングを始める星。

どう見ても現在1200回を越えた秀と同じく安定している。


10分後


6000回を越えた秀の横で5000回を数える星のリフティングをする光景が見られた。

「こんなもん、なんべんやっても一緒や!」

「そうなんだナ、蹴鞠に比べるとボールが大きいから楽なんだナ」


会話しながらリフティングを続ける二人を囲む生徒たちに混じり田森は言った。


「よーし、お前たち2人のリフティングのうまさはよくわかったから、次はフリーキックを試させてくれ。他のものは見学!ここからゴールを狙って蹴ってみろ」


「ここからでっか?これも蹴鞠の要領やナ、ホナ蹴りまっせ」

秀が蹴ったボールは惜しくもゴールのすぐ右上を越えた。

「おー!惜しいー」全生徒がボールを目で追って叫んだ。


「あ、しもた。外してしもたがな」

「これはぼくの得意分野なんだナ」

星がボールに触って

「直径がどうやら」、「重量がどうやらや」「風の向きがどうやら」とぶつぶつ言っている。


「計算完了!蹴るんだナ」


星はゆっくりボールを置いて「バン」と蹴ったボールが軌道を描く。

最初は秀と同じく外れると思ったボールは絶妙の弧を描いてゴールの右上隅に吸い込まれた。

例えゴールキーパーがいて反応しても決して取れないコースである。


「ナイスシュート!」

「計算どおりなんだナ」


「保倉、ナイスシュートだ。コースもいい」田森が褒める。


「うん、あのどでかいゴールにこの小さな蹴鞠を入れるだけやから超簡単なもんなんだナ」

「もう一度試していいか?」田森が指示する。

「何度やっても同じコースで決めれるんだナ」


そう言って星がもう一度「バン」と蹴ったボールは先ほどと寸分狂わない軌道でゴールの右上隅に吸い込まれた。


それどころか周りにあった10個ほどのボールを立て続けに全く同じコースに叩き込んだ。

完全にまぐれではない証左である。


「数式でボールの重量、蹴る力、軌道計算とあとは風とかの不確定要素を入れて答えを出したらたいした作業ではないんだナ。サッカーっていうスポーツも楽勝なんだナ」


「この2人がサッカー部に入ってくれたら確実に全国大会に行ける・・・」

星の正確なフリーキックを見た田森は思わずつぶやいた。


もちろん「ぜんこく」ではなく舌足らずなので「でんこく」の発音ではあったが。


「精密計算は星にかかったらホンマかなわんわ。今回はワイの負けにしとこ」

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