第7話 英語の授業
英語の授業
少ない髪をオールバックにした、でっぷり太った先生が教室に入ってきた。
いきなり、手に持っていた出席簿と教科書を「バン」と教卓に叩きつけるようにして置いた。
かなり乱暴である。
教卓の上のホコリが舞って、キラキラと太陽光線を受けて妙に美しい光景である。
そのあと、隣の教室にも聞こえるような大きな声で「わしが今日からおまえたちに英語を教える新井(あらい)や、大学の英語入試はわしが全部対策を持ってるから安心せい。わしの授業に付いてこれたらどこの大学も合格間違い無しや」
クラスが水を打ったようにシーンとしている。
クラス中の誰もが直感でわかった
「このおっさんはヤバイ奴だ」と。
さきほどの地学の中村の授業とは天と地の大違いである。
「ホアー、こりゃまたエラいおっさんが登場したやんけ」
「迫力あるんだナ」
「でも、面白そうね」
「時間通りにパン食っちゃう!」
新井は突然大声で、わけの分からない事を言いだした。
「よし、これを今から10回繰り返せ!大きい声でな!」
「時間通りにパン食っちゃう」
しぶしぶクラス全員が小声でまねをする。
「声が小さい!」
「時間通りにパン食っちゃう!時間通りにパン食っちゃう!時間通りにパン食っちゃう!・・・」
仕方なく圧力に屈したように10回を大声で繰り返す生徒たち。
「よっしゃこれでPUNCTUAL=時間通り、を覚えたな?」
「はい!」
まるで軍隊か強制収容所のように、素直に従う生徒たち。
「今週無駄に消費する!はい10回!」
「今週無駄に消費する!今週無駄に消費する!・・・」
一瞬でクラスがオウムの集団と化した。
「CONSUME=消費や!覚えたな!」
「はい!」
新井はいきなり前の列の生徒にプリントを配り始めた。
「ええか?高校英語は単語の数が勝負や、覚え方はこのように日本語にこじつけて覚える。今配っているプリントに10の単語の覚え方を書いてあるから明日までに覚えてくること!わかったな?」
「はい!」
否定できる勇者はもはや皆無。
新井の配ったプリントには以下の単語が並んでいた。
VOTE=ボーっとしながら投票する
ALLOW=よかろうと許す
ENTIRE=全部支払い延滞や
CURIOUS=きゅうり明日は奇妙になる
PURSUE=ムスカがパズーを追う
SOBER=まじめな人がそばにいる
ENVY=艶美な人はうらやましい
ENDOW=遠藤に才能授ける
ROAST=ローストビーフを酷評する
FORGO=保護をやめる
「なるほどなー、うまいこと言うな」
「面白いね」
「おう、これなら俺でも覚えれるかも!」
概ねクラスの全員が嬉々としてプリントを眺めている。
高校生の反応は素直で分かりやすい。
こんないかついおっさんが「天空の城ラピュタ」を見てると白状してるような例もあるが、客観的に見てもなかなかの出来栄えだ。
「ホエー、よう器用にこんなこじつけできるもんやな」
「ようするにヒマなんだナ」
「英語って結局26個の記号を羅列する単なる意志伝達方法なのよ。日本語のように各文字が意味を持っていないから奥深さがないわね」
「よっしゃ、これで単語は1日10個、週2回の授業、50週間やから合計1000の単語が覚えられる。希望校合格間違い無しや!」
素行や品格と言う点ではやや難点があるが合理的な先生らしい。
「単語の次は構文や!この中で裸が好きな奴いるか?」
「え、おれ大好き」
「おれも」
大半の男子生徒はいきなり読んでいたプリントから顔を上げた。
「長い英文は一旦服を全部脱がして丸裸にするんや」
「丸裸?」
「そうや英語は5人の美人が服を着てると思え。それを徐々に脱がして裸にしていくんや、着てる服が多いほど脱がしがいがある。どや快感やろ?」
「5人」
「裸?」
男子生徒は食い入るように聞いている。
生唾を飲み込む音さえ聞こえる。
「5人のべっぴんさんを紹介する。SV嬢とSVC嬢、SVO嬢とSVOO嬢、最後にSVOC嬢や」
「おれはAV嬢がいいな」
「あほ!まじめに聞け!わしも好きやけどな」
と新井は足立の頭をでかい拳骨で殴った。
「それとSは主語、Vは動詞、Cは補語、Oは目的語や」
「これは中学で習ったわね」
「ああ、覚えてる」
「よっしゃ、今から丸裸タイムや。この英文は第何文型になるんや?わかるやつは手挙げい」
黒板に英文を書いた新井の大きな声が教室内に響き渡る。
新井は授業に熱が入ってきたのか4月なのに着ていたワイシャツをいきなり脱ぎだした。
「おまえらも暑かったらワイシャツ脱いでかまわんぞ。男子だけでなく女子もだ!ブラジャーしとるから恥ずかしくもなんともない!」
なんと傲慢な性格であろうか、このような教師を県の教育委員会が放置していること自体が奇跡である。
「なんかムチャクチャな先生でんな」
「傲慢が歩いてるようなものなんだナ」
こつこつと生徒の机を拳で叩きながら、檻の中の熊のように歩き回る新井。
いでたちはさきほどからランニングシャツ一枚である。
「おい、卯原!」
「はい『現在の私の仕事は見放された患者を救う医者です』だからSVCの第2文型です。Sが『私の仕事』でCが『医者』です。主語と補語は同じ、つまりSイコールCでしたね」
「ほう・・・当たりや。このように長い英文はいらん修飾語は省いて骨格だけにするんや。大学入試はこれが大切なんや」
「でも先生、文型なんかわからなくても要は意志伝達の道具なんだから相手と話しができればいいのよ、英語なんて!」
「卯原、少しばかりできたからと調子に乗るなよ。それならこのページの全ての文章読んでその文型を言ってみろ」
教科書のページを開いて吠える新井。
「そんなの簡単よ。これはまず第1文型、これが第3文型次が第4文型ね、それと第2文型に第3文型・・・」
「わ、わかったもういい。お前は帰国子女か?何でそんなにすらすら答えられるんだ?」
「昔キュリー夫人の時に英語を覚えたの。ポーランドで生まれた私にとって英語は外国語だったの。ノーベル賞の授賞式は英語で話さなければいけなかったから急遽詰め込んだのよ」
「ん?キュリー夫人ってあの放射線の発見者か?」
「そうでーす!なんと2回もノーベル賞いただいたわ。私が初の女性ノーベル賞受賞者ですって!」
「そうか、お前は演劇かなんかでキュリー夫人の劇で主役をやったんだな。いずれにしても、にわか仕込みでも英語を勉強したことは評価してやる。わかった、座れ」
「少し違うけどまあいいわ!」
明るくVサインをするメグ。
長い長い、過酷な英語の授業が終わった。
新井の授業だけは勉強のできる者もできない者も関係なく、緊張する授業で有名だそうだ。
まるでクラス全員が長距離を走った後のような感覚であった。
「うーん」
桐山が目をつぶって腕を組んで考えている。
「何考えてるの桐山君?」メグが近寄って尋ねた。
「ああ、メグか?いや新井のあだ名を何にしようかなって」
「すでに候補はあるんでしょう」
「ああ、『ガッツ星人』を考えている」
「何それ?」
「昔ウルトラセブンに出てきた怪獣の名前だ。ガッツ星人のあのしょぼしょぼっとした目が新井のおっさんの目にそっくりだ」
「ならそれでいいんじゃあない?直感は大事よ!私ガッツ星人って知らないけど」
「よっしゃあ!新井のあだ名は『ガッツ星人』に決定!」
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