私の名前はゾーイ。ただの、ゾーイと言う娘です。

 どこの家のゾーイでも、誰の娘のゾーイでもありません。名字を持たない、赤ん坊の頃から孤児院で育って来た娘です。

 十八歳、子供としてはとうに過ぎ去った年齢ですが。他に卒院して行った皆とは別に、過ごして来た恩を返す為孤児院に残っております。様々あって、外では働くのは難しいと判断したから。

 得意なことは、裁縫です。少しでも教会と孤児院の足しになるよう、内職で刺繍をしたり孤児院の子供達の服を縫うのが日課です。

 幼い子供と言うのは本当に元気が有り余っていて、一時期は服を汚さない日が無いと言うくらい。成長期が早いとすぐに服が着られなくなってしまうので、用途に合わせた服を一人一人考えて作っているとそれだけで一日のほとんどの時間は埋まってしまいます。ただ、役割が減ることが無いのは嬉しいです。

 ちくちくと針を握り刺してはを繰り返し、いつの間にか夜。それをここ数年はずっとしています。


「わー!魔物の枯れ木女だぞー!やっつけろー!」


 ……あと、勝手に子供から魔物役にされて遊ばれるくらいですかね。

 今日も今日とて、孤児院の花壇の掃除をしていれば。余った布をマントのように巻きつけて、奇術師達の真似をする子供達に魔法を繰り出す素振りをされ。わーやられたー、と、演技もへったくれも無い倒れ方で横になれば「花壇の栄養をすする魔物は倒したぞー!次の魔物の討伐だ!」と意気揚々として走り去っていく。地味に設定が練られてある点、侮れません。

 子供が花壇を後にして、むくりと私も起き上がり。この風体だと、そんな役がお似合いかといつも思うのです。


「あら、あら。ゾーイ、また子供達が悪戯したのね。ほんとう、言うことを聞かないお年頃なんだから」

「シスター、いいえ、あのくらい元気なのが普通なんです。私に元気が無さすぎるだけですから」


 そんな私に、おとなしい足音を立てて子供達の様子を追って来たのはシスターのククロ先生だ。数年前、ここの管理者の神父さんが亡くなってから教会と孤児院にとっての唯一の母役になって下さっている。一人で巣立てる歳になっても私をここにいつかせてくれる、本当に優しい人。

 困ったように笑う癖を持つシスターは、いつもにこにこする時に少し目を閉じる。開いて見つめてくる瞳に映った私は、確かに土の上で過ごすにはお似合いの容貌だった。


 痩せてぎすぎすの体は、栄養を少しは摂っているというのになかなか肉もつかない。両腕も両足も、骨に皮のドレスを着せただけのよう。指の全ても、細い枝。

 鎖骨が浮いて見える首回りに、頬がこけた顔。かけた丸眼鏡が落ちないように、チェーンで止めて。顔色も、太陽が眩しい日にはなかなか外に出られないくらいの貧弱さを表したように暗い。内職や手伝いをする以外の体力も無く、ただ、見て十分にわかるだけの醜さと不気味さだけが与えられた体。枯れ木女だなんてうまい例え、似合いすぎて困ってしまう。


 そう、これがゾーイというものです。私に与えられた名前、与えられた体。その全てが不気味な女で、見てくれは生きている屍のような女。


「いいのよ、ちゃあんと叱っておきます。ゾーイだって女の子なんですから、女の子を傷つけることを小さい頃から覚えてはいけないわ」

「そう言ってくださるの、シスターだけですから、嬉しいですね」


 そんなことばかり言って、と苦笑いするシスターの横で。土を払って立ち上がる。

 孤児院の中で生きて、孤児院で死ぬ。その間のお手伝いを、ゆるりゆるりとした流れの中で行なって。そうしてこんな風に毎日を過ごすのだと、この時も当然のように思っておりました。


 ……とあるお方が、私を選んで下さるまでは。

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