埋葬
ヒューが小さな亡骸を丘の上に運んだ。
ここには3年前に病気で亡くなった母親の墓がある。
ベトナムの墓は今もそうであるが土葬が多い。
ヒューの母親も土葬で亡骸をそのまま葬ったのである。
「母さん、今日は残念な報告をしなければならない。父さんがいきなりやってきたロシア人に殺された。でも父さんとカムランの漁師たちでロシアの艦隊に一泡吹かせたんだよ、見せてあげたかったな。今日から一緒に眠ることができるね」
泣きながらヒューは墓穴を掘った。
母親に並ぶようにヒューはズンの亡骸を横たえて合掌した。
「父さんお疲れ様でした。ぼくも大きくなったらお父さんのような立派な先生になるから見守っていてね。さようなら」
そう告げると持ってきたシャベルで土をかぶせた。
日課のカニ取りを終えたミンと子供たちが走ってくるのが見える。
手に手に今摘んだばかりの花を持っている。
「村長さん、さようなら」
「さようなら、先生」
「先生、ありがとう」
多くの小さな手が重なった。
※
「おう、お前たち!そろってるな」
左腕に包帯をしたカーがやってきて子供たちの頭をわしづかみで順番に撫でる。
「あ、カーさん、昨日はお疲れ様です」
涙を拭ってヒューが答える。
「お前はあいかわらずそれしか言えねえな。昨日はお疲れのレベルじゃあないぜ、もう少しで死ぬところだったんだぜ」
「すいません、これが今作ったばかりですが父のお墓です」
「ああ、本当にじいさんにはすまねえことをした。おれがいながら守ってやれなかった。じいさんだけではない、あとから来るが仲間もたくさんやられた」
巨体のカーがひざまずいてズンの墓に手を合わせる。
「おうい、カー!」
シンと手下が死んだ仲間を担いで丘を登ってくる。
「おう、シンか!みんなも来てくれたか。丁重に葬ってやろうぜ」
「ザッザッ」
男たちのシャベルの音とともにポーランド人ミハエルの墓の隣に4つの穴が掘られそれぞれに亡骸を埋めていく。
「みんなすまねえ、守ってやれなくて・・・」
4つの亡骸にカーは順番に手を合わせた。
※
「おう、シンとカー早かったじゃあないか。ミンも朝家にいないと思ったらここに来ていたのか」
タンが北地区の漁師たちと上がってきた。
「ああ、少しでも早く仲間と弔いたかったんでな」
タイと仲間たちが7名の亡骸を運んできた。
「南で4名、北で7名、それとじいさんか・・・大きな代償だった」
「タン兄貴、ここに穴を掘るぜ」
「ああ、シン、シャベルをタイに貸してやってくれ」
みるみるうちにズン村長の墓の左側に7つの墓穴が掘られた。
「みんな残った家族の面倒はおれが見るから安らかに眠ってくれ」
タンと北地区の漁師たちが手を合わせた。
※
線香の香りがする丘からはカムラン湾が見える、その外には昨日の夜に湾内から移動した40隻の艦隊の姿が見えた。
艦隊の横には新たに来た石炭の補給船が横付けされてクレーンが動いている。
朝から洋上での補給作業が始まったようである。
そのそばをフランス海軍の護衛艦を先頭に3隻の補給船が亡命兵を満載してサイゴンに向かって走っていく。
反対側のビンバ島の沖ではシンガポールから派遣されたのであろうイギリスの駆逐艦が1隻、バルチック艦隊の動向を監視するように遊弋していた。
艦隊が昨日のうちにカムラン湾外に出たことはもうイギリス本国へは報告済みであろう。
一夜明けて騒動が収まった湾内からはなにもなかったかのようにベトナムの漁船たちが漁に向かって出て行く姿も見えた。
この丘から見えるこの光景が今の世界情勢そのものをコンパクトに再現しているとヒューは思った。
※
そのころカムラン司令部では
「どういうことですかな大尉?われわれにはノルマが迫っているのだ」
「常識でわかりませんかチャノフ大佐、昨日のような騒動のあと、誰も作業なんかできないでしょう。聞きましたがベトナム人のカーとそちらのマカロフは甲板で死闘まで演じたのでしょう?」
「ああ、乱闘の末マカロフは右手を骨折、左目を失明した。しかし、われわれはベトナム人労働者への金はすでに払ってあるのだぞ。他のおとなしい労働者を至急募ってもらいたい。それでなければノルマは達成できない!」
「大佐、よく考えください。昨日あれだけのロシア人がみんなの目の前で亡命を希望したのです。われわれもフランス政府としてかれらの亡命を受け入れました」
「それは昨日見てわかっておる」
「今、彼らはわが軍の駆逐艦の護衛でサイゴンに向かっています。明日の今頃にはサイゴンに着くでしょう」
「それがどうした?今はベトナム作業員に払った金の話をしているのだ」
「ですからサイゴンに上陸した500名を超えるロシア人のしばらくの宿泊費、生活費は誰が面倒を見てくれるのでしょうか」
「それは・・・当然亡命を受け入れた貴国ではないか」
「おわかりですかな、先にいただいたベトナム人労働者の代金とは比較にならないほどの金額を我々は用意しなければならない。ベトナム人労働者の前払い金を当ててもまだ足りません」
「しかし我々は石炭の補給をしなければ戦場に行けない・・・」
「どうやら大佐はノルマと金しか頭にないようですね。逆にこちらから差額を請求をしますがいかがですか」
「わ、わかった。今日のところはひとまず帰ろう」
「賢明なご判断です」
チャノフはほうほうの体でカムラン司令部を辞した。
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