カー 対 マカロフ



漁師の大半が船に乗り移ったそのときであった。


「おう、お前たち、帰るのが少し早くないかい?」

大きなサーベルを持ったマカロフが6名の手勢を率いてタンの前に現れた。


「じいさん、すまねえ。また仕事ができた。背中から降りて先に船に下りてくれ」


「まったく乗ったり降りたり忙しいのう・・・」


「シン、じいさんを船まで降ろしてやってくれ」


「わかったぜ、タン兄貴。さあじいさんおれの背中に乗って脱出だ」


シンの背中に乗ったズンが船に降りるのを確認したタンは指をならしながらゆっくりマカロフに近づいていった。


「さあ、マカロフ待たせたな。こっちは足枷が無くなった、覚悟はいいか?」


2人の距離が近づいたときにいつの間にか、カーが割って入った。


「タン、わかっているだろうがマカロフだけは俺にやらせてくれ!あいつだけは絶対許せねえ!」


「カーか、しかしお前は腕に怪我をしている、ここはおれに任せておけ」


「そうはいかない、こいつはおれの担当だ。腕の怪我はおれにとってみりゃ丁度いいハンディキャップだ」


首をボキボキ鳴らしながらカーが言った。


「わかったここは譲るとするか。力自慢のお前だ、まさかとは思うが負けるなよ!」


サーベルを持ったマカロフに対してカーはゆっくりと近づいていった。

左腕からはまだ血が流れている。


「やいこら、マカロフ!3等人種のカー様だ!今から外野抜きでサシで勝負をしようぜ!刀を持っているからといって簡単に勝てるとは思うなよ。」


「なんだぁ3等人種!ロシア海軍武術師範のおれに素手でおれに向かってくるとは、その度胸だけは認めてやる。こらお前たちは手を出すなよ、こいつとはいろいろ因縁があるんだ。お前たちはこちらに構わずに下のベトナム人の船を銃撃しろ、一人として生きて返すな!」


「は!」


と6人の手下はスワロフの舷側に走りよって銃を構えた。


「おっと、おまえたちはおれが相手だ!」


下の船に照準を合わすためタンに注意をしていなかったロシア兵にタンの拳が飛んでそのまま3人が海に落とされた。しかし残った3人の銃が火を噴いて船に着弾した。


「おまえらごときにベトナム人が負けると思うなよ!」


怒りのこもったタンの蹴りと拳が残りの3人を海に誘う。


「おう、カーこっちはかたずいたぜ。そんなやつ早くやっちまえ!」


190センチを超える巨体が2つ対峙する


先に動いたのはマカロフであった。

マカロフのサーベルがカーをめがけて袈裟懸けに一閃した、一瞬でそれをかわしたカーの拳がサーベルを握っていた右手を砕いた。


「カラン」


と甲板にころがったサーベルをカーは足で蹴飛ばして海に落とす。


「どうだ、おれの拳は痛いだろうが」

といった瞬間にマカロフの後頭部に回し蹴りが入った。


「どうだ、おれの蹴りは痛いだろうが」

今度は崩れ落ちるマカロフの顔面に強烈な頭突きを見舞った。


「どうだ、おれの頭は痛いだろうが」


さすがは殺人拳といわれたビンディン拳法の達人である。

短時間で相手の急所を次々と粉砕していくカーはむしろマカロフとの戦いを楽しんでいるようであった。

打撃を受けたマカロフの顔面はすでに血まみれである。


そのときだった、階下から先程までプリボイと交戦していたはずの新手の兵士が多数甲板に現れた。


「こいつらが甲板に来るということは・・・プリボイの部隊は全滅したのか・・・」


タンがうめいた。


「おいマカロフ、お楽しみはまだまだこれからだぜ」とマカロフの髪の毛をつかむカーに

「カー新手がきた。もうよせ、急いで海に飛び込め!」


「なんでえ、せっかく今からだったのに」


追っ手から逃げるように2人は走って甲板から海に飛び込んだ。


2人が泳いで船に到着するとシンがズンを抱きかかえて悲しい表情をしている。


「どうしたシン、何があった?」


「じいさんが、ズンじいさんが・・・」


運悪くさきほどの3発の銃弾のうち1発がズンに命中したのであった。


タンとカーがそばに来たときにはすでに虫の息であった。


「日本艦隊あとは頼んだぞ・・・・アジアのために・・・」


左の胸を貫いた銃弾に倒れたズン村長の小さな体から体温が徐々に無くなっていった。


「じいさん、おいじいさん!」


「ズン村長!」


「しっかりしろ、村長!」


みんなの声が響く船内で消え行く意識の中でズンは思った。


「みんな、本当によくやった。これでよかったのだ・・・力のないわしらでも大艦隊に一矢報いることができたのじゃからな」


小さな頭がうなだれた。


「じいさーん!」


生まれて一度も泣いたことがないカーが号泣した。

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