交渉 3

「タン、外はどうなっている。また他の仲間の船が撃たれるのじゃないか?」


「そうだ、だから急いで副砲室を押さえる。よしここを曲がればその部屋だ、気をつけろ恐らく衛兵がうじゃうじゃいるぞ」


「ズン!」


タンたちベトナム人がたどり着いた部屋の中からまた砲声が聞こえた。


「また撃ちやがった、畜生、今度は右端のアンの船がやられた!」


「時間がない、このままだと被害が増える一方だ!おい、シンとお前たちおれについて来い!」


そう言うとカーは副砲室の前に飛び出した。

接近に気づいた10名ほどの見張りの水兵に一斉に素手で飛び掛る。

銃を構えた水兵の一人が発砲した銃弾がカーの左手に命中した。


「つっ、いてえな。おいみんな遠慮はいらんやっちまえ!」


銃弾がかすめ血が噴出す左手をかばいつつカーは部下に指示を出す。


「おう!」


その声とともに得意のビンディン流拳法が銃を持った水兵に降りかかる。


狭い艦内の接近戦ではかえって素手での闘いのほうが有利である。


「ビシッ、バシッ」


繰り出される正確な蹴りと正拳であっというまに10名のロシア兵が倒されて気を失ったまま廊下に転がった。


「よし、ドアをあけるぞ。おそらく中には今の銃声を聞いた兵が銃を構えているから注意しろ。のびているロシア兵には悪いがこの際だ、盾になってもらえ」


カーは転がったロシア兵を軽々と片手で抱きかかえて盾の代わりにしながら指示をする。


他の漁師達もカーに見習って気を失っている水兵を抱きかかえてドアの前に近づく。


「よしシン、ドアを開けろ!」


カーの命令でかたわらのシンが重いドアを開けた。


「パン、パン、パン」


と銃声がしてドアの正前にいたカーたちに銃弾が飛んできた。


しかし盾になったロシア兵のおかげでカーたちは無傷である。


銃撃してきた兵に死体となったロシア兵を放り投げて男たちは一斉に副砲室に乱入した。


厚い鉄の壁で囲まれた副砲室は狭く砲を撃つ砲手以外にそれを護衛する5名ほどしかロシア兵はいなかった。


「ビシッ、バシッ」


ここでもまた一瞬で繰り出される蹴りと正拳であっというまに護衛のロシア兵が倒された。


これを見て負けを覚悟した砲手は両手を頭の上に挙げた。


「よし、ここは制圧した。おうシン、外のタンを呼んで来い!」


「わかった!」


シンに連れられてタンが副砲室に入ってきた。


「カーおまえたちは本当に凄いな。漁師にしておくのはもったいないぜ。ロシアの代わりに日本と戦ってやったらどうだ?」


「なあに、これがビンディン魂だ。恐れ入ったか!」


「しかし左手から血が出てるぞ!撃たれたのか?」


「ああ、銃弾が肉を削いだだけだ。止血はしているからたいしたことはねえ、舐めておけばすぐに治る」


「おまえはこういう場面では本当に頼りになるな」


「まあな、それで?関羽さん次の作戦は?」


「今の音を聞きつけてお客さんが大勢やってくるからまず全員でこのドアを死守しろ」


「わかった、おい野郎ども転がっているロシア兵の銃を持ってドアを固めろ。今から誰もここに入れるな!」


「おれは銃の使い方がわからねえ」


「おれもだ」


「おい砲手、こいつらに銃の扱い方を教えろ」


カーに頭を殴られた砲手がしぶしぶベトナム人たちに銃の使い方を教えはじめた。


「これでドアは守れるな。で、タンそのあとは?」


「今からこの砲でむこうに泊まっている戦艦を撃つ!」





副砲室の丸い窓からは外のやりとりが見える。

ロジェストウエンスキーの声が上から聞こえてきた。


「ようし、次はお前たちの乗っている補給船が照準だ」


「ほう、ここには人質がいます、閣下。できますかな?」


「副長、かまわん次は補給船を狙え」


「しかし補給船にはイワノフ艦長たちがいます」


「そんなことはわかっておる、そもそも昼間から酒を飲んで捕まるやつが悪いのだ。イワノフたちには悪いが水兵全員が見守るこの包囲網の中で死んでもらうのが今から戦場に行くわれわれの軍紀を保つためになる」


「そうですか・・・残念です、しかし命令とあれば仕方ありません。よし副砲手撃ち方用意。照準石炭補給船!」


その声が伝声管を通して副砲室に響いた。


「どうした砲手、聞こえているのか?」


当然カーが占拠した副砲室からは応答がない。


「タン、上はどうなっているんだ?何を言っている?」


「やつらは腹を決めたみたいだ。どうやら人質の命よりもロシア軍紀を優先させたようだな」


「どうした砲手、応答しろ!」


タンは両手を挙げて怯えている砲手を引っ張ってきた。


「おい、お前適当に『了解した』と答えろ!いいか余計なことは言うな、こいつが黙ってないぜ」


と顎で中指を立てているカーのほうを指した。


「おい、砲手どうした?聞こえているのか?」


「わ、わかりました。今から補給船を撃ちます」


「よし!」


「おい、お前。照準を補給船ではなくあそこの一番でかいのに向けろ。いいな」


タンはおびえるロシア砲手の頭をこづきながら戦艦アリヨールへ照準を向けさせた。


「ようし、撃てー!」


副砲室で起こっていることを何も知らない伝声管から指示が飛ぶ。


「ズドン!」


と副砲が咆哮する。


と同時に正面の戦艦アリヨールの煙突が吹き飛んだ。


「やった!」


「命中だ!」


カーが手を打つ。


狭い湾内の戦闘である。

外れることはない。


湾内はこの光景に大歓声が上がった。


「どうした砲手、どこを狙っている!しっかりしろ、この馬鹿者!」

副長の怒声にロジェストウエンスキーが答える。


「副長、どうやらこの艦にも相当数の反乱分子が混じっているようだな。今のは誤射ではない、明らかに狙ったものだ」


「なんですと、副砲室が占拠されたということですか?」


「どうやらそう判断したほうがいいようだな」


「それではすぐに兵を下に送り込みます。おい、お前たち武装して階下の副砲室にすぐに向かえ!」


その声に大勢のロシア兵が銃を構えながら階下へと走り去った。

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