交渉 2
難交渉に業を煮やしたロエストウエンスキーは副長に指示を出した。
「よし、補給船の近くに大砲をお見舞いしろ。これでやつらの気も変わるであろう」
「わかりました。副砲手に威嚇射撃を指示します」
戦艦の武装には主砲と副砲がある。
主砲は射程距離が長く遠距離から迫る艦船に対しての攻撃を行うが副砲は比較的短い距離の目標に対しての攻撃を受け持つ。
「5番副砲手、照準補給船の右の海面!撃てー!」
伝声管を通して副長のこの声に小口径の副砲が吼えた。
「ズドン!」
大きな音とともに補給船を囲む船団の右手10メートルに水柱が上がり、ベトナムの漁船と人質を乗せた船体が波で大きく揺れた。
「本当に撃ってきたぞ!」
「おれたち人質がいるにもかかわらず!反乱兵と一緒に殺すつもりか?」
動揺する人質が乗った補給船にスピーカーが伝える。
「どうだ、ロマノフ少尉、これで気が変わっただろう?」
「いえ閣下、今の攻撃でますます意思が固まりました」
「そうか、次は外さないぞ」
「どうぞお好きなようにしてください」
「よし副長、左端のベトナム船を狙え。外すなよ!」
「了解!副砲手左端の青いベトナム船を撃て!」
副長のこの声に小口径の副砲が吼えた。
「ズドン!」
さっきまで波間に上下していたベトナム船が乗員もろともあとかたもなく消えてしまった。
「これじゃあまるでドッガーバンクの再現だな・・・」
副砲手がそうつぶやいた。
※
「いかん!カー、やつらおれたちの仲間の船を撃ちやがった。あれはおれの地区のラムの船だ、あれじゃあ乗っていた仲間は誰も助かっていないだろう」
「何?今の音でおれたちの仲間が死んだのか?」
「じいさん、ちょっと仕事ができた、悪いが背中から降りてくれ。一人で下の船まで行けるか?」
「いや、ちょっと無理じゃな、これはわしには高すぎるわい」
「じゃあこの石炭の後ろに隠れていてくれ。カーさっきの銃をお守り代わりにじいさんにわたしておけ」
「わかったタン、ほれじいさん持っておきな」
「わしゃあこんなもの持たされてものう・・・」
「だからお守りだと言っただろ。さあカー行くぞ時間がない」
「行き先は副砲室だな!」
「そうだ今閃光がしたこの下の部屋だ。カー、制圧するのに精鋭が必要だ、お前の故郷から連れてきた武道が達者な漁師を選んでくれ」
「わかった、おういシン、ビンディン生まれの漁師だけ選んですぐに上がって来い!出番だ!」
甲板から下の向かって叫ぶカーのその言葉に屈強な男たちがロープを伝って上がってきた。
「とにかくお前たち、死ぬかもしれんが命をおれに預けてくれ。とにかく暴れに暴れろ!いいな」
「カー兄ぃいまさら水臭いぜ、おうみんな派手にやろうぜ!」
「本当に暴れていいんだな!」
「腕が鳴るぜ!」
シンが同郷の仲間を20名ほどタンの周りに集めて言った。
シンに選ばれた彼らは全員武道で有名なビンディン省出身者だ。
当然百旗当千の素手の格闘技の達人たちである。
「ようし、全員おれについて来い!一人はじいさんを守ってここで待機だ。フンいいな必ずじいさんを守るんだぞ!」
「わかった、ここはまかせてくれ」
残った若者のフンがじいさんから銃をとって返事をする。
「行くぞ!」
「おう」
タンの声に闇の中を20名のベトナム人の影がすばやく移動した。
※
「どうだ、ロマノフ少尉。関係のないベトナム人の仲間が目の前で殺された気分は」
「何度言われても同じです。要求を呑むまでここを動きません」
「よしかまわん、今度は右のベトナム船を撃て!」
ロジェストウエンスキーはかたわらの副長に指示する。
「了解!副砲手次は右端のベトナム船を撃て!」
副長のこの声に副砲が吼えた。
「ズドン!」
と咆哮して船団の右端に浮かんでいたベトナム船の姿が消えた。
※
午後 10時
「ジョンキエルツ閣下、起きてください。大変なことが起こっています」
今まさに寝ようとしてベッドに入ったジョンキエルツの部屋にカールマンが飛び込んできた。
「おお、カールマン少尉、さっきから桟橋の方角で大砲の音がするが、何事か?」
「はい、ロシア水兵が反乱をおこしたらしく、湾内で砲撃戦が始まったようです」
「なに砲撃戦?あのいまいましいロシア艦隊め、おとなしく0時には立ち去ってくれると思っていたがさらにまた難題を持ち込んでくれたようだな」
「はい、なんでも反乱兵士が上陸して飲んでいた士官を人質にとったとか」
「軍隊内の内輪もめか・・・まあ、いずれにしてもこれはロシア海軍内の問題だ、わがフランス海軍にはなんの関係もない、いずれ決着がついたら湾外に去るであろう、放っておけ」
「いやそれがすこし問題があるのです。どうやら彼らの撃っているのはベトナムの漁船だそうです。カムラン村のベトナムの漁師にかなり被害が出ています」
「何、ベトナム人はわがフランスの領民だ。それを砲撃するとは国際問題ではないか。しかしなんでそんな展開になっているのだ?」
「どうやら石炭補給作業に参加したベトナム人労働者がロシア兵の反乱を手助けをしているようです」
「なんだと、そんなことをしてベトナム人たちになんの利益があるのだ?」
「さあそこまではわかりません。しかし現在砲撃を受けていることは事実です」
「よし、今すぐにデカルトの発進準備だ。旗艦スワロフに近づいてロジェストウエンスキーに対して直接抗議をする」
海軍の軍服の袖に腕をとおしながらジョンキエルツはカールマンに指示を出した。
「わかりました。デカルトのピエール艦長にすぐに伝えます」
「まったくロシアの馬鹿艦隊め、おとなしく出て行けばいいものを私の就寝を邪魔しおって」
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