確執


「ねえみんな聞いて。私はカニ取りは今日で最後なの」

チャンはいつもの朝のカニ取りの前にみんなに言った。


「えーどうして?せっかく練習してうまく取れるようになったのに・・・もったいない」

ヒューが残念そうにたずねた。


「もう私がカニを取って家計の足しにする必要はないの。もしカニが必要になったらみんなの分を高く買い取るわ」


「それってもしかしてロシア海軍の兵隊さんで大儲けしたんじゃあないでしょうね」

ミンが不服そうにたずねた。


「そうよ、お父さんが言うにはたったこの5日間で1年分儲けたそうよ。うちの金庫の中は入りきらなくらいのロシア海軍の軍票っていう紙幣で一杯よ」


「ひどい!うちのお父さんは毎晩血を流して石炭の補給をやらされているのに・・・・」


「そうだよ、きつい重労働で何人ものけが人や病人が出ているんだぞ。少しは後ろめたいとか恥ずかしいとは思わないのか!」


「それはあなたたちのお父さんたちが力仕事しかできないからでしょう。お父さんは別に悪いことをしているわけではないのよ。ロシアの海軍さん全員がとても喜んでいるもの。お父さんは商売が上手なだけなのよ。それにそんな危険な仕事を簡単に引き受けたのはヒュー、あんたのお父さんじゃない!むしろ一番うらまれていいのは村長だわ!」


「なんだと、チャンもう一度言ってみろ!どれだけ父さんが村のために毎日苦悩しているのかおまえにはわかるまい」


「村のためと言うけどうちの店があるからロシア海軍の荒くれた男たちは村で乱暴なことをしないですんでいるってお父さんが言っていたわ。うちは一番大切な村の治安維持のために仕事をしてるって」


「ねえ、チャンよく聞いてね。こんなことは長く続かないのよ、ロシアの艦隊はすぐに日本との戦いで出て行くのよ。それをわからないあなたではないでしょう?」


「あら、長く続けさせてくれているのはあなたたちのお父さんたちによるサボタージュでしょ。ロシア海軍は歓迎してないみたいだけども私はおおいに大歓迎するわ」


「一体何のために命を懸けてお父さんたちはサボタージュをしていると思っているの。今ロシアと戦っている日本のため、ひいては私たちアジア人たちのためよ」


「あいにく私は日本という国も知らないし、アジア人がどうとかも関係ないわ」


「パンッ」

ヒューがチャンの頬を殴った音がした。


「チャンおれはお前が好きだった。しかしそれ以上言うな!おまえはアジア人として、いや人間として恥ずかしくないのか?」


「あなたたちは毎日朝早く起きてカニを取る生活がいいの?あななたたちそれで幸せ?」

打たれた頬を押さえてチャンが尋ねる。


「幸せかどうかはわからない。でも毎日楽しかった。チャンおまえ、覚えているか?水平線の向こうにどんな国があるかカニを取りながら話したことがあったな。いつか外国に行ってみたいと言っていたよな。そんな時間がおれは楽しかったよ」


「あいにくもうそんな話は興味がなくなったの。外国に行く事も夢ではなくてもう手が届く話になったのよ。さよなら!」


「ベトナムのことわざに『金さえあれば神でも買える』と言うがチャンは神様を買った気でいるのだろうな」


走って去っていくヒューがさみしそうに呟いた。

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