イギリスの圧力

入港6日の朝 7時


「どうも最近は耳が悪くなったようだ、よく聞こえなかった、もう一度大きな声で言ってくれないかジョンキエルツ少将」

よく通るロジェストウエンスキーの怒号が司令部内の室内に響いた。


「ですから、今からすぐに艦隊をカムラン湾から退避させてほしいのです」


「入港の日にたしか君は私と約束をしたな。『1週間は大丈夫ですからご安心ください』と。あの話はうそであったのか!」


「うそではありません、閣下。イギリスが貴艦隊の当地での行動を察知して昨日わがフランス政府に対して24時間以上の補給活動に対して国際法を破っているとの猛抗議をしてきたのです。それと平行して日本政府からも同じ抗議文が送られてきました。まさかこんなにも早く察知されるとは思いませんでした」


「そうか、君だけは同じ船乗りとしての矜持を持っている稀有の存在とばかり思っていたがやはり君も他の役人と同じだったわけだ」


「閣下、違います。現に5日間もイギリスから抗議されることのリスクを犯してまでベトナム人に石炭の補給作業をさせてきましたし閣下たちにも将校たちにも休養と食事をあたえてきたではありませんか。これはまさに船乗りの矜持から出たものです。信じてください」


「ふむ、それは素直に感謝しよう。で、補給の終わっていない我々にどこに行けと貴殿は言われるのか?何より我々は前にも申したようにここで黒海から来る第三太平洋艦隊と合流しなければならないのだよ」


「行き先はバン・フォン湾です」


「バン・フォン湾?聴いたこと無い港だな、どこだそれは?」


「ここカムラン湾から80キロ北にある港です」


「ふむ、とにかくそこに行けば休養と補給が待っているのか?」


「いえ、まことに言いにくいのですがイギリスに行動が知れてしまった今ではバン・フォン湾での桟橋につけての補給はすべて無理とお考えください」  


「それでは貴殿は我々にカムラン湾からそのバン・フォン湾までの間の海域を遊弋して第三太平洋艦隊を待てと言っているのか?」


「おっしゃるとおりです。わがフランス政府も世界世論に対抗してまでぎりぎりまでの譲歩をしました。ですから今度はロシア側の譲歩をお願いしたいのです」


「なるほど譲歩か・・・しかたあるまいなフランス国に世話になったのは事実だからな。よしこの件は不本意ながら了解した。それではイワノフを呼んではくれまいか」


「ご理解いただきましてありがとうございます。今イワノフ艦長をお呼びいたします」

宮廷流に深々とにお辞儀をしたジョンキエルツは内心ほっとしながら部屋を辞そうとした。


「ところでジョンキエルツ君、確認するがいつまでが期限かな?」


「今朝の0時に両国から抗議文が来ました。つまり期限は今夜の0時までです」


「よろしい、わかった今夜の0時だな」





「閣下、お呼びによりイワノフ入ります。何かございましたか?」


「うむ、イワノフ艦長よく来てくれた、さっそくだが悪い知らせだ。昨日フランス政府がイギリスと日本の猛抗議に屈したのだ。わが艦隊は不本意ではあるがまたもや湾外に出て行かなければならない。まったくわがロシア政府は外交と言うものを知らん。脳無しの腑抜け役人しかいないのか!」


「閣下憤りはごもっともです。しかし中立国内の港では24時間以内で石炭補給を完了させなければならないのは国際法で取り決められています」

「そんなことはわかっておる」


「その法を無視してまでここまで5日間面倒を見てくれたフランスに感謝するべきです。しかもこの5日間将校たちは酒と女で最後になるかもしれないこの世の春を謳歌できました」


「そうだな。少なくとも英気を養わせてくれたことは間違いない。ところで2月15日黒海のセバストーポリを出港した第三太平洋艦隊はどこまで来ているのだ?」


「さあそれが未だに連絡がとれていません。ここカムラン湾に来ると言う約束だけでロシア海軍省も現在の位置を把握しておりません」


「そうか、あのぼろぼろの『浮かぶアイロンたち』でも数が増すことで戦力増加にはなるからな。何より合流すれば将兵たちの士気もあがるだろう、枯れ木も山の賑わいだ。いずれにしても本日深夜0時をもって全艦に命令して抜錨するように。石炭を節約するために湾外で遊弋しながらバン・フォン湾海域で第三太平洋艦隊を待つ」


「わかりました、至急各艦長に出港命令を伝えます。しかし石炭の補給を終えていない艦がまだ残っていますがいかがしましょうか?」


「仕方がない、湾外にて補給船を横付けにして作業をするように。波に漂いながらの難作業であるが今までもやってきた作業だ、これもベトナム人を使いながらなんとかするように。以上だ!」


「了解しました、至急各艦に指示を出します」

敬礼をしたあとイワノフ艦長が退室した。


「これもイギリスの圧力がなせる業か・・・」

とイワノフはつぶやいた


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