石炭補給作業5日目



駆逐艦とは軍艦の中で一番足の速い艦である。

昨日からこの艦に泥を混ぜた石炭を積み込んでいる。

タンもカーも知らなかったが駆逐艦というのはその早い速力を活かして平時には索敵、連絡、哨戒任務につく。

また戦時には戦艦などの大型艦を守るのと速力を活かして相手に肉薄して魚雷攻撃をかける大切な任務がある。


つまり彼らが泥を混入して妨害していたのは運よく戦場で一番速力が必要な艦であったのだ。

昨日泥を満載した艦がカムラン湾の真ん中に浮いていた。


「おいタン、昨日泥を入れたのはあのあたりの浮かんでいる艦だな」

カーの問いかけに


「ああ、あいつらは戦場では足手まといの亀になるぜ」


「それなら最初からあのでかいのに入れたかったな」

カーは戦艦をあごで指した。


「いやまんざらそうでもねえぜ。艦隊ってのは一番速力の遅いやつに合わさないといけねえ。おれたちが全員で漁に出たときどれだけみんながお前のボロ船が追いつくのを待ってたと思ってるんだ?それと同じだ。間違いなく効き目はある」


「そうか、それならいい、今日もやつらに腹いっぱい泥を食わせてやる!」


カーは桟橋に横付けされている駆逐艦を睨んだ。


日課のように大勢のベトナム人が集まる正面にチャノフがいつものようにノートをつけながらやってきた。


「お前たち昨日はよくやったな。少しは見直したぞ。慣れてきたのかノルマは達成している。残りの駆逐艦を今日もその調子でやってくれ。以上!」


「ようしいつものように配置に着け!」

スワロフの声が飛ぶ。


「ちっ、何が『慣れたきたのか』だ、要はやる気の問題なんだよ」

カーがつぶやく。


「まったくだ、おかげさんで今日もやる気満々だぜ、なあカー兄ぃ?」


午前中は全員のやる気で昨日以上に作業がはかどった。


昼食時に食堂でタンとカーが食べてる横に死刑囚のプリボイが座ってそっと耳打ちした。


「なあ、ベトナム人よう、おまえたちを見込んで大事な話がある」


「おう、プリボイか、おとといの夜は助かった、ありがとうよ」


「で、例の作戦はうまくいってるか?」


「ああ、おかげさんでな。午前中もしこたま『特上の石炭』を駆逐艦とやりに詰め込んできたぜ。ところでなんだ大事な話ってのは?」


「反乱に手を貸してくれないか?」


「反乱?」


「しっ!カー、声がでけえ、お前とは内緒話は無理だなぁ」


「反乱たぁ、穏やかじゃあねえな。しかしおれに言うということは勝算はあるんだな」


「そうだ、ロシア側の7500名の中身はほとんどが水兵だ。将校は1割しかいねえ、ロシア軍将校は規則で貴族出身者しかなれねえ、つまり平民や農民はどんなにがんばっても水兵どまりだ、ロシア海軍内での水兵の扱いはお前たちほどではないが牛馬のようなものだ、ましてやおれたちは被占領国家フィンランド出身で死刑囚だからさらに扱いがひどい」


「それはお前たちが寄港してからずっと見ているがそのようだな。そもそも上陸して酒場で遊んでいるのも将校だけだろう?」


「そうだわかるか?将校以外は遊びでの上陸は禁止だ。艦内は今不満で爆発しそうな状況で、誰一人今回の戦闘に参加したくない。ひょっとしたら将校の中にもそう思っているやつもいると思う」


「で、いい作戦はあるのか?」


「それはおまえたちの協力次第だ」


「よし聞こう。しかしちょっと待て、難しい話になりそうだからタンを呼ぶ。おーいタン、こっちに来てくれ」




「なるほどな、おれたちベトナム人が出汁になるわけか・・・」


「ああ。この前お前たちが浜辺で座り込んだだろ?ロシア軍のあの対応を見て思いついた。やつらは口ではああいっているがフランス軍の手前、白熊はおまえたちを簡単に殺せない。そのかわり俺たちは見てのとおり簡単に殺すことができる」


「まだ見えてこねえ、タン」


「もう少しで見えてくる、黙って聞いてろカー」


「そこでベトナム人全員にあらためて質問だが、そもそもお前たちはこの重労働をしないという選択肢がある。つまり毎朝来なくてもかまわないのに何がそうさせているのだ?給料か?」


「ちがう、給料でもフランス野郎の言葉でもない、ズンという俺たちの親のような村長の言葉だけだ。最初はな・・・」


「最初ということは今は違うのか?」


「ああ、同じアジアのために戦う日本海軍のためだ。その話もズン村長に聞いて学んだ。そのための例の『特上石炭補給』作戦だ」


「なるほどな・・・」


「で、具体的にどうする?」


「簡単なことだ、明日からここに来ないで欲しい」


「そりゃあ簡単だな。見えてきた」

とカー。


「するとどうなる?」

タンが尋ねる。


「石炭補給担当のチャノフ大佐は激怒して2つの動きが起こる、1つはすぐにフランス軍に抗議をする。なにせ金は前払いしてあるはずだからな。それを受けたフランス軍は村長に抗議する、ないしは村長を拘束するだろう。2つめは俺たちロシア水兵におまえたちベトナム人の捜索命令が出される」


「なるほど、しかし俺たちの捜索はフランス側がやるのでは?」


「ここの司令部にはフランス人の数が20名ほどと聞いた。サイゴンからの補強で200名増えたが彼らは治安維持部隊だ、町を留守には出来ない。フランスは面倒なお前たちの捜索をロシア側に依頼する、間違いない」


「で、お前たちが俺たちを捜索すると、こういうわけだな?」


「正確には俺たちではない、俺たちよその国出身の囚人組はもう白熊に信用されてねえ。しかし第二、第三の俺たちが無数に艦内にいるし、このことは連絡済だ」


「第二、第三のお前たちが俺たちを探す名目で上陸するのはわかったその後は?」


「捜索隊はお前たちの抵抗に備えて全員が銃で武装をしている」


「なんとなくわかってきたぜ」

タンがつぶやく。


「おれにゃあまだ見えてこねえ」

カーだ。


「この武装集団で毎夜将校たちでドンちゃん騒ぎの『カニの手』を包囲する。将校を人質にして反乱の開始だ。 」


「見えた!」

とようやくカーがひざをたたく。


「しかし将校も全員ピストルを持っていし護衛もいるだろう?」


「なあに酔っ払ってしまえばあいつらに撃てるもんか」


「たしかにそうだな。しかしその後拘束されたうちの村長さんはどうなる?」


「そこだけだ心配は・・・だからおまえ達に相談に来た」


「よし!村長はおれたちが何とかする、心配するな。で、いつ決行するんだ?」


「時間がない、明日だ。明日はお前たちは絶対港に来ないでほしい」


「おうい、そこの死刑囚!いつまで飯を食っているんだ。早く午後の仕事に着け!おまえたちベトナム人もだ!この能無しどもが!」


スワロフが食堂に入ってきて鞭で扉をたたいた。

「じゃあな」


「わかった明日の朝決行だな」



5日目の午後の作業も昨日と同じで非常にはかどった。


全員が親の敵のように『泥入り石炭』を運んでは均していく。

駆逐艦の石炭庫はみるみるうちに一杯になっていった。


「ようし4時前だが今日のノルマは終了した、帰っていいぜ。お前たちなかなかやるじゃないか。少しは見直したぜ、帰っていいぞ。タン、明日も時間通りに来い!」


スワルフスキーの言葉に

「ああ、ありがとうよ、単純作業なんで慣れたきたからな。こんなものなんでもねえよ。明日も必ず来るから心配するな」

とタンが適当に応える。


今日の作業で5隻の駆逐艦に泥石炭を満載させたのでベトナム人と死刑囚たちは達成感で一杯だった。


「よし帰るぜ!おーいみんな仕事は終わりだ、家へ帰ろう」


タンの言葉に全員がシャベルを置いた。


「タン兄貴、今日もしこたま泥を喰らわせたぜ。おりゃ満足だ!」


「ようし、とりあえず解散だ!」


男たちは駆逐艦を後にして家路に着いた。


タンとカーは家に帰らずズン村長の家に向かった。



「というわけだ、じいさんちょっと危ない目をしてもらうぜ。じいさんはフランス側には俺たちの行動をあくまで『知らぬ存ぜぬ』でとおしてくれ」


タンの説明に腕を組んで黙って聞いていたズンは

「よぉくわかった、ロシアも内部はだいぶんガタが来ているようじゃな。要は夕方までわしが人質になればいいのじゃな」


「そうだ、じいさん。思ったより飲み込みがいいな!」


「カー、お前が言うな。わしはこの身がどうなってもいい、しかし反乱は軍のご法度じゃ、そう簡単にいくとは思えんのじゃが・・・」


「まあ、そこは連中が考えるところだ。部外者のおれたちの仕事ではないからやつらを信じて任せようぜ」


「ああ、タンのいうとおりだ。白熊は馬鹿だから内部のゴタゴタに誰も気づいていねえ」


「あのカーに馬鹿呼ばわれされるとはのぅ・・・なんだかロシア人たちが可愛そうに思えてきたわい・・・」


「まあ、じいさんよ、そういうことだ。今晩の泥詰めの作業のあとおれたちは全員船で湾外に逃げる。朝は桟橋には誰も行かない。それで怒ったカールマンがここに来る。あんたは人質になる。あとは俺たちが救い出すから心配するな」


「わかった、わかった何度も言うな、それではわしの命を『今関羽』と『今張飛』に賭けてみようかのぅ。まったくやれやれじゃな」

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