カーの策略



3日目の労働が終わっての帰り道


「タン、俺は頭が悪い」


「おう、それは村でも有名だな。おめえは掛け算ができねえからな」


「チッ、そんなおれでも今日いいアイデアを思いついたんだ。おれは何としてでも日本海軍に勝ってもらいたい」


「馬鹿の考え休むに似たりだが・・・・いいだろう言ってみろ」


「泥だ!」


「泥?」


「そうだ、おれは知らなかったがおれたちの祖国ベトナムから出るホンゲイ炭はすばらしくいい性能だそうだ。今日、ロシア野郎の石炭の専門家がわざわざ暑い石炭庫まで降りてきて褒めていたんだから間違いねえ。なんでも艦は早く走るし、おまけに煙も出ねえときた。しかし今まで買ってたドイツの石炭は泥のように最悪だとやつらは言っていた。わかるか?」


「いや全然見えてこねえ」


「タンよぅ、お前はおれよりちったあ賢いと思っていたが今日は正直がっかりだ」


「偉そうに言うな、もったいぶらずにはっきりと言え!」


「いいか、泥を混ぜるんだ。今やつらに補給している石炭に何とかして俺たちが泥を混ぜる。そのことでロシアの艦隊は走ったら煙だらけになる。敵にみつかるし足も遅くなる、どうだ!」


「なるほどなあ。そうすりゃあ日本海軍が早くやつらをやっつけることができるな。おめえ生まれて初めて頭を使ったな!」


「馬鹿野郎!しかし問題はどうやって泥を混ぜるかだ。俺の出番はここまでだ、あとは『今関羽』と呼ばれているタン、お前が考えてくれや」


「そうか、泥か・・・気づかなかったな」


「頼むぜ、それじゃあ作戦が決まったら教えてくれ。じゃあな!」


カーはそういうと大またの足取りで自分の家のほうに歩いていった。





タンはその後ズン村長の家に来ていた。


「村長さんよ、生まれてはじめてあのカーが頭を使った作戦だ。何とかものにしてやりてえが、知恵を貸してくれ」


「なるほど、泥か・・・そいつは気づかなかったわい」


「そうだろう?カーの野郎、一生分の頭を使ったみたいだ。何かいい手はないか!」


「やつらの戦艦の貯蔵庫は24時間見張りがいるので近づくのが大変じゃが、サイゴンから来た補給船はどうじゃ。誰も気にも留めてはいまいしかも艦隊からは死角になって見えない位置に泊めてある」


「お、そうだな。確かに補給船は分かりずらいところに泊めてあるな。しかもおれの船も横に泊めているがたしか警備は誰もいない」


「夜間に泥を満載したお前たちの船で補給船に忍び込むしかないじゃろな。炭と泥をすり替えるか、それができなければ石炭に泥を混ぜるんじゃ。しかしやつらに見つかったら命はないと思え」


「んなものはぁこっちは最初からないと思ってやっているんだよ。じいさん邪魔したなありがとよ!」


「くれぐれも、無茶だけはするなよ。今日も鉄砲隊が出てきたそうじゃあないか」


「わかってるよ!時間がない、じゃあな」


タンは家に向かって走った。





タンは北地区の漁師全員に自分の家に集まるように集合をかけた。

時刻は深夜の12時だ。

集まった人数は100名近くはいるだろうか。


「おう、お前たち夜分に集まってもらってすまねえ。全員船で来ただろうな」


「こんな時間に呼ぶってことはいい話だろうな、タン兄貴!」


「おう、みんなロシア野郎に対してここいらでおれたちの反撃開始をしようじゃあないか。ただし言っておくが命の保障はしねえ」


「兄貴よう、そんなものは漁の時とおんなじだ。最初から誰も保障なんか望んでいねえよ」


「よーし、それじゃあよく聞け、今からおまえたちの船を全部総動員する。もちろん俺の船も出す。で、おれの家の裏山から泥を運んでおまえらの船に乗せろ。うちの裏山の土は黒いからぱっと見た目は石炭と変わらねえ」


「なんでえ、泥を運ぶのかよ。地味な作戦だなあまったく」


「ああ、これじゃあ昼間の石炭補給作業と変わらねえぜ」


「いいか、この泥が味噌だ。艦隊からは見えない桟橋の奥に今日サイゴンから来た石炭補給船が3隻泊まっている。確認したがここにはロシアの監視はいねえ。その横におれたちの船を着けてできるだけ石炭と泥を移し変えてくれ、それが難しければ石炭に泥を混ぜろ。いいかもう一度言うぞ、見つかったら死ぬぞ」


「やることはわかった、しかし石炭を泥に変えたらいいことがあるのか?」


「あたりまえだ!何もいいことがなくてこんな危ないことが出来るかい!いいか石炭に泥を混ぜることでエンジンの燃焼効率が落ちる」


「そのなんとかが落ちたらどうなる?」


「少しは頭を使え、船の動きが鈍くなるんだよ」


「鈍くなったらどうなるんだ」


「お前たちはそれでも船乗りか?最後まで説明が必要なのか、てめえらは!あのカーが考えた作戦だぞこれは。ロシアの船の動きが鈍くなったら日本海軍のかっこうの的になるだろうが」


「そうか、おれたちの仕事でロシア海軍の足を引っ張れるんだな。しかしあのカーが本当にこの作戦を考えたのか?おれは信じられなねえ」


「そうだ、やつはこの作戦で一生分の頭を使った、わかったか。わかったらさっそく仕事にかかれ!」


「おう、こいつは面白しろそうだな!」


「ああ、やりがいがあるぜ!」


「見ていろあの白熊どもめ!」


男たちはめいめいに自分の船を泊めてあるところに走っていきタンの家の裏山にある浮き桟橋に集合した。


「よし全員このシャベルで泥を急いで積み込め。積み込んだ船から順次岬を回って補給船に向かうように。いいな、さいわい今日は月は出ていねえがくれぐれも見つかるなよ」


黒い泥を満載した船たちが艦隊の眼を忍んで石炭補給に近づいていった。


「まぬけだな、思ったとおり誰も監視がいないぜ」


3隻の補給船のまわりに泥を満載した20隻ほどの漁船が取り巻いた。


「よし、全員そろったな。今見たが、この補給船は石炭が俵ではなく裸の状態で積載されている。よって交換は無理だ、混入作戦に変更する。かまわねえからこの石炭庫にどんどん泥を放り込め、急げ!」


「ようし、わかった。やろうぜ!」

「おう!」


そうこうしているうちに別働隊の発案者であるカーも泥を満載した船に乗ってやってきた。同じようにまわりには20隻近くの手勢を率いている。南地区の漁船たちである。


「おう、北地区のやろうども!お前らこれはおれのアイデアだからな!覚えておけよ!」


「おう、カーか!お前にしては珍しく頭を使ったそうだな!」


「そうよ、ちったぁ見直したか?」


「まだまだだ!」


「あはは」


「さあ、ぐずぐずするねぇ、いいか陽が上る前にやり終えるんだ」


南北両方の地区の合計40人の男たちが黙々と泥を補給船に放りこむ作業をはじめた。深夜3時を回っていたにもかかわらず屈強な男たちの額からは玉のような汗が噴出してきた。


「いやー疲れる作業だが、一向にきつく感じねえな」


「まったくだ、昼間の無意味の作業とは違うからなあ」


「ああ、『ロシア野郎泥でも喰らえ!』だな」


重労働も気にならない漁師たちはどんどん泥を移動させていった。

ほとんどの船が空になりかけたときに不意に陸上からライトが当たった。


「こら!お前たち、そこで何をしているんだ!」

その声に全員の手が止まった。


ロシア海軍の制服を着た水兵5人が銃を構えて叫んだ。

「全員手を上げてこちらに来い!」


「ちくしょう見つかっちまったか。ちっ、もう少しのところだったのに・・・」

カーが唇を噛んだ。


「くそ、たしか見張りはいなかったはずだが・・・」

タンもうめく。


「仕方ない、相手は銃を持っている兵隊だ。みんなここはおとなしく言う事を聞こうぜ。あとは野となれ山となれだ!」


補給船から桟橋を伝って40名の男たちが手を上げて浜に降りてきた。

警備を担当しているロシア兵の長が顔を見てうなった。


「お前たちは・・・ベトナム人の石炭作業員か!たしかお前はタンとかいったな」

その声はフィンランド人のプリボイであった。


「おう、その声はプリボイか!こんな深夜まで見回りか?」


「そうだ、湾内の深夜の警備を、おれたち死刑囚にやらしている。疲れる作業は全部死刑囚だ。ところでこんな夜更けに一体何をしていた?おい、みんな銃を降ろせ、こいつらは俺たちの敵ではない」


この声にフィンランド人で構成された見張隊が一斉に銃を下げる。

「ご覧のとおりだ、おれたちベトナム人漁師たちで補給船の石炭に泥を混ぜていたんだ、これで艦隊の足を鈍らせる作戦だ」


「発案者はこのおれさまだがな!」

カーが出てきた。


「そうか・・・」


「どうする、まさかおれたちをロシア野郎に差し出すのか?プリボイ?」


「・・・・・」


プリボイはしばらく考えてから

「いや、おれたちは今夜ここで何も見なかった。そういうことにしておくから急いで作業を終えるんだ」


「すまんな、恩に切るぜ。プリボイ!」


「なあに俺たちぁどっちにしてもやつらに殺される運命だ。今はロシアの服を着てはいるがむしろお前たちを手伝ってやりたい気持ちだぜ」


「ありがとう、恩に着る!」


「今日は俺たち以外にここに見回りは来ねえはずだ。安心して続けてくれ。じゃあな」


手を上げて何事もなく去っていく5名の見張りに対して、理由がわからないほかの漁師たちはタンとプリボイの会話に狐につままれた顔をしていた。


「1日に2回も命拾いしたな・・・・」

カーがつぶやいた。


「ふー、もうだめかと思ったぜ!」


「おれもだ、さっきかあちゃんにさよなら言ったところだった」


「一体どんな手品を使ったんだ、タン兄貴?」


「なあに、あいつらは肌の色と服装は違っても心の中は俺たちと同じなんだよ。さあ、時間がない、続きを早くやっちまおうぜ!」


「おう!」


威勢のいい掛け声の後

「ザッザッ」

「ザッザッ」


日の出まで男たちのシャベルの力強い音が続いたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る