アジアの誇り



「いつまでこんなことを続けさせられるんだ!今日もくそロシア人に罵倒されての重労働だ。フィンランド人の死刑囚も暑さで2人死んだ!いや殺された。」


タンはこぶしで机を叩いて怒鳴った。


「ああ、おれの班でも今日暑さで5人が倒れていまだに動けねえ・・・じいさんが頼んだカールマンってやつは本当にロシアの野郎に抗議してくれたのか?結局昨日と同じでまったく何も改善されていなかった!タンが体を張って抵抗してくれたおかげで昼寝が許されたんだぜ。」


カーが傷だらけのタンの背中を指差して叫んだ。


「ひどい傷じゃなあ、どうやらカールマンに裏切られたようじゃな・・・すまん、全部わしの責任じゃあ。」


「村長さんよう、サイゴンによく行っているアンタは物知りだ。今のベトナムを含む世界の情勢とやらに関して教えてくれ。正直俺たちはアンタの言うことは聞きたいがせめてこれだけの無茶をやらなくてはいけない意義を教えてくれないか」


「サイゴンの友人の言うことと新聞から得た知識じゃが・・・今、大国ロシアと日本が戦争をしている。このこと自体はベトナムには何も関係のないことじゃが」


「日本ってぇいうのは10年前に清国に戦って勝ったあの日本だろ?うわさによると数多くの清国の兵を殺したって話だ。つまりやつらはわれわれアジアの敵じゃあないのか?」


「たしかに同じアジア人同士で日本が清国と戦争を起こしたことは事実だ。タン、おまえさんの言うように多数の死傷者も出ている。しかし聞くところによるとこの戦争の意義は他のヨーロッパの国と違って清国への直接侵略ではなく、日本の生命線である朝鮮半島を死守するということであったそうじゃ。その証拠に日本軍は勝ちに乗じて首都北京までは攻め上ってはいない。このたびのロシアとの戦いもまた同じじゃ。日本は南下主義というロシアの満州、朝鮮半島の占領の意思を敏感に感じて10年間国民が食うものも食わずに今回の戦の準備をしてきた。もしロシアが朝鮮を領土としてしまっては今度は自分たちの国土が危なくなるという危機感から出たものだ。」


「じいさん、日本国民全員と今言ったな?」


「ああ、言ったが?」


「日本てぇ国は国民全員が今の自分たちの国の状況を理解しているのか?ベトナムじゃあ考えられねぇ。いなかの農民や漁師はいまだにベトナムはフランスに占領されている事すら知らない連中がごろごろいるぜ。」

「日本人は国民全員が情報を共有しているように聞いておる。なんでもせっかく日清戦争で勝ち取った遼東半島をフランス、ドイツ、ロシアに返還要求されたことに国民全員が怒りを忘れていないとのことじゃあ。『臥薪嘗胆』という中国の故事にならって全国民がロシアに対して復讐を誓っていたそうじゃ。」


「日本人は全員頭がいいのか?ついこの前まではチャンバラやハラキリをやってた未開国だろう?」


「ああ、わしが今回は調べれば調べるほど日本という国はすごい国じゃということがよくわかった。白人種の帝国主義に対してすべての国民が国内の対立や利害関係を超えて一致団結して『明治維新』という無血革命をやったのじゃ。その後わずか40年でサムライから近代国家へと変えたのじゃ。その国が今まさにアジアに忍び寄る白人種の毒牙と戦っているのじゃ。」


「ということは、今度の日本のロシアとの戦いは我々有色アジア人を代表しての白人との戦いということになるのかい?」


「そうじゃ、ワシらのベトナム阮王朝にももっと金と知恵があって整った近代軍備とヨーロッパ諸国がアジアを狙っているという危機感さえあれば今のようにフランスに対して屈服することはなかったのじゃ。そのことはもう今悔やんでもも遅いことじゃがいくら考えても残念でしかたがない。」


「おれたちはその不甲斐ない阮王朝のために占領しにやってきたフランス軍とその盟友のロシア軍にいいようにこき使われている。今日の労働もそうだ、重い石炭俵の運搬中ちょっとひといき入れただけでロシアの水兵から竹の鞭が飛んできてこのありさまだ。」

蚯蚓腫れになった背中を指差してタイは怒鳴った。


「もうひとつ聞いてもいいかじいさんよぅ?」

カーが手を挙げる。


「おや?カーがわしに質問とははじめてのことじゃなあ、こりゃ明日は雨が降るわい。」


「ちっ、まじめに聞いてるんだ、まじめに答えてくれ。」


「わかったわかった。」


「やつらがよく使う言葉で1等国てえなんだい、それに3等国ってえのもわかりやすく教えてくれ。」


「カーにわかりやすくとな・・・これは至難の業じゃが。よし、わかりやすく言うと1等国とはおまえたち漁師だ、3等国とはお前たちが捕らえている魚だと思うがよい。」


「なるほど漁師と魚か、わかりやすいな。」


「そうじゃ、ぼやぼやしておれば魚はすぐに漁師に捕まり食べられる。」


「おれたちベトナムはフランスの魚だが、あと何匹フランスは魚を飼っているんだい?」


「そうじゃな、北アフリカ、マダガスカル、カンボジア、ラオスとこのベトナムだ。」


「まったくやりたい放題だな、じいさん、この世界に漁師は何人いるんだ?」


「そうじゃなイギリス、フランス、ドイツ、ロシア、スペイン、ポルトガル、オランダ、アメリカといったところかな。」


「それと日本は2等国てえ聞いたが2等国てえのは?」


「がんばって魚から漁師になろうとしている国のことじゃ。さっきも言ったとおり日本はそのために国民全員が団結して短期間で力を蓄えたのじゃ。」


「なるほどなぁ、わかりやすかったぜ。」



「おれもいいかなじいさん?」

シンが手を挙げた


「おおシンか、何じゃ?」


「あいつらがよく話しているロシアとフランスの同盟やら日本とイギリスの同盟てえのがよくわからねえ。これもわかりやすく頼む。」


「そうじゃな、簡単に言えばおまえたち漁師の縄張りと考えるんじゃな。たしか5年前にお前たちの漁場をニャチャンの漁師たちが荒らしに来たことがあったな。覚えてるか?」


「ああ、もちろん覚えているぜ。やつら勝手におれたちの漁場を荒らしやがったんだ。それでおれたち南地区と北地区が合同で抗議したんだ。」


「それが同盟じゃ。お互いの国が利益を脅かす共通の敵に対して団結することじゃ。」


「なるほどな、てえことはフランスとロシアが1チーム、日本とイギリスが1チームってわけだな。」


「そうじゃ、みなのものわかったかな?しかしいつになく今日はみんな熱心じゃな。学校のときもせめてこれくらい熱心じゃったら助かったのに。」

全員の納得のいった顔にズンは満足した


「おい、みんなじいさんの話を理解したか?聞いての通り同じアジアの日本人が国の誇りを持ってはるかに強い白人に戦おうとしているんだ。俺たちは今日のような理不尽な重労働をしてもいい、竹で殴られてもよしとしよう、しかしおれたちがやっていることが同じアジア人の日本軍の利益にならないことをしていることだけはどうにも我慢ならない。みんなはどうだ?」

タンがみんなを見回して問いかけた


「そうだ、おれたちが体を張ってまで白人ロシアの味方をすることなどない!」

力自慢のカーが叫んだ。


「おれたちは漁師や百姓の集まりだから銃を持って直接ロシアと戦えないが、銃を持って戦う人間の助けは出来る!」

同じように竹の鞭の跡が残るシンも叫んだ


「今おれたちがやっていることはアジア全体の利益に反することだ、これじゃあいつも『弱いものの味方をしろ』と言っている子供たちに顔向けが出来ない。」

タイも同意した


タンはみんなの顔を眺めながら満足そうにズン村長に迫った。


「村長さんよう、あんたの立場はよくわかっている。

カールマンのおっさんとの約束もあるしな。俺たちも全員今までのあんたには恩義があるから立場を悪くするようなことはしたくはないしかし実際にこれだけの人間がロシア艦隊の石炭運びに関して何の意義も見い出していない、むしろアジアのために戦っている日本に対して罪悪を感じている。どうだろう、明日から全員が組織的にサボタージュするのは。もちろん港から人間がいなくなればやつらも怪しむしあんたの立場もない。だから港へは毎朝全員出向く、そのあと仕事をサボる、なあにサボろうとサボらまいと竹で叩かれるのは同じことだ。」


「しかし、相手は銃を持った軍隊じゃあ。いつまでも我慢するかのう・・・」


「なあにやつらにとっても俺たちゃあ大切な労働力だ、しかもフランスからの借り物だ。いくらなんでも殺しはしないだろうよ。」


「そうだといいのじゃが。うまくいくことを願うのみじゃあ・・・みんなも苦しいだろうがよろしく頼む。」


「わかった、おういみんな、明日も労働があるから給金もらったらさっさと家へ帰ろう、そして先ほどのサボタージュ作戦を覚えておいてくれ、明日からは港には行くが働かねえからな。」

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