不夜城

不夜城


軍隊の中でも工兵隊ほど優秀な組織はない。


行軍の途中で橋がなければ数時間で架けてしまうし、道路の舗装なども瞬時で通行可能にしてしまう。


艦隊の中にも当然工兵隊が搭乗していたのでここは彼らの出番であった。


しかも今回作る建物の目的が目的なので作業するロシア人たちはつい自然に力が入りいつもの作業効率の数倍の効果が上がった。


桟橋のはずれに本当に1日で大人数が入れる宿泊所を作ってしまったのだ。


昨日チャノフ大佐から要求を受けた根っからの商売人であるファットの行動はすばやく、昨夜のうちにたどり着いたニャチャンから夜の商売をしているクワンの助けでその要求どおりおよそ100名近い女を連れて帰ってきたのである。


「行動は金」という彼の心情どおりである。


「相場の3倍払うと言えば簡単に集まったぜ。まったくクワン兄貴のおかげだ。」


「おい、ファットこんなに大勢連れてきたのはいいが3倍も払う客は本当にいるんだろうな。もし仕事がなかったら俺の顔は丸つぶれだぞ!しかもこんな大人数一体どこで働かせるんだ?」


「ああ、ロシアの海軍さんが言うには桟橋の横で宿泊所を作っているとか・・・・おう、あれじゃあないか?海軍ってのはすごいな、本当にこんなでかいものを1日で作っちまいやがった。」


宿泊所の前に集まった100名のベトナム人女性たちに向かって


「ここか、おうお前たち!いいかこれから1週間ここでロシア人の客を取るんだぞ。」


「わかったわよ。でも建物だけで客がいないじゃあないの。」


「そうよ、本当に仕事が出来るの?」


「うまい話であたしたちを騙したりしないでしょうね。」


「3倍の給金の約束は守ってもらうわよ。」


黄色い大声で話す大勢の原色の服に身を包んだ女の姿を海岸に見つけたらしく桟橋に接岸している各艦から、いっせいに拍手がおこり

「ハラショー!ハラショー!」

と大声や奇声が上がった。


気の早い仕官はもう待ちきれないのかタラップを降りて宿泊所のほうに走っていくつわものがいた。


その仕官の行動がが口火を切ったらしく仕事の手空きの大勢の将校たちが各艦から札束を握ってなだれのように宿泊所の入り口に殺到してくる。


そしてみるみうるちに宿泊所の前には長い行列が出来上がった。


「おう、これは壮観な眺めだな、まったく人類最古の商売とはよく言ったものだ、下半身に国境なしだな。おう、クワン兄貴お前が店番をやれ、金の管理はお前に任せる。今日は手始めに相場の20倍でやつらにふっかけてみたらどうだ?どうせ全員末期の金だ。おれはこの前で順番待ちの野郎相手に屋台を開いてもう一儲けするぜ。今から店に帰って酒と飯をしこたま持ってくるからここで待ってろ。」


「しかしお前は根っからの商売人だな。負けたぜ!」


「ちっ!兄貴にだけは言われたくないぜ。」


ほどなくして大勢の使用人に椅子と机と酒を用意させてファットは宿泊所の前に臨時「カニの手」ブランチを築いたのであった。


この作業の速さは工兵隊も真っ青であった。


「さあ、ロシア海軍のみなさん、順番待ちは退屈でしょう!こちらで一杯やりませんか。」


それを見たクアンはつぶやいた

「やっぱり、やつには勝てねえ・・・」


店番に座ったクワンの前には次から次へと金を握った熊のようなロシア人が鼻の下を伸ばして並んでくる。


「すげーな、おい!本当に20倍の値段でも関係ねえな。これは1日で蔵が建つわ。これならファットの言うようにもっとふっかけてもよかったぐらいだぜ。」


これ以降桟橋横の宿泊所ではまさに不夜城のように朝まで嬌声と笑い声が響き渡り戦時中を忘れさせた。


施設には朝まで電気が煌々とともり酒と女に飢えたロシアの白熊たちの欲望を満足させたのである。


一方海上に浮かぶ艦隊では同じように電気が煌々とともった中でクレーンの音とともにロシア人水兵による石炭の補給作業が続けられておりカムラン湾の岸と沖は電灯の光によってまるで昼間のような錯覚を覚えた。


古今東西、女とは現金なものである

さきほどまで疑問を抱いていたのが実際3倍の金額を払うお客を大量に目の前にしたとたんに

「外国人は怖いからいやだ」、「言葉がわからないから怖い」

と尻込みしていた女たちでさえ積極的に嬌声を上げてロシア将校の周りに群がってきた。


酒が入ったロシア将校と女の嬌声は時間とともにだんだん大きくなってくる。


そのころ今日は作業の無かった漁師のシンが沖合いから漁を終えて船で戻ってきた。桟橋を通過する時に大声や女の嬌声が聞こえたのである。


煌々と電気が灯る施設の前で多数の大柄なロシア将校がコサックダンスを踊っているまわりでベトナム人女性が手拍子をとって「トロイカ」を歌っている音が聞こえてきた。


「け、ファットの野郎だな!俺たちが毎日体を張って労働してるってのにロシア野郎相手に大儲けしてやがるぜ、許せねえ。」


「とにかく札束抱えたロシア人相手に毎晩酒と女で店は大繁盛らしいぜ。なんでもファットが『笑いが止まらねえ』と言ってるって村でも評判になっている。」


シンの手下が応える。


「べっ」


シンが海にまだ黒さが残るつばをはいた。

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