石炭補給作業2日目



艦隊が寄港して3日目の桟橋

昨日始まった石炭補給作業は2日目になる。


昨日働いたAチームは今日は非番で代わりのBチームが今日の作業を行う手筈てはずだ。


タンとカーがズン村長を伴って船を下りたあと桟橋に近づいていった。


昨日と同じ人数が朝日がまぶしい桟橋に集まっていた


「おはよう!みんなご苦労さんじゃな。」


ズンが全員を見回して労をねぎらう


「おう、村長さんよ、昨日となりの家のグエンが帰ってこなかったぜ。」


「あー、グエンはおれの班だ、落ちてくる石炭が腰に当たって昨日は艦の中の医務室に泊まった。昨日の夜、家族にはそう伝えてある。無事だといいが・・・」


タンが答えた


「ちっ、まだ体のあちこちが痛いぜ!」

カーが叫んだ。


「なあ、タン。本当に昨日のような無茶な労働ではなくなるんだろうな。」


「ああ、わしが今朝早くカールマンのところに改善要求で陳情に行ってきた。彼を信じるしかない。きっと改善されるじゃろう。」


「だといいがなあ。」


そのとき艦のほうから大きな白熊が3頭歩いてきた。


「やあ、今日も揃っているな諸君。結構結構。昨日の成果は昼間のベトナム人・ロシア人混成チームで2000トンの補給が出来た。夜間は我々ロシア人たちで同じく2000トン、合計4000トンが消化できた。目標の3万トンまではあと26000トンだ、急いでやるように。」


桟橋からやってきたチャノフ大佐は帳面を見ながら大きい声で指示を出す。


「全員朝飯は食べたか。間もなく8時だ、今日はあそこに見える別の戦艦2隻の石炭補給を命ずる。昨日働いたタンとカー以外は新しいメンバーだな。昨日と同じように1、2班それぞれの桟橋にて作業を行う。作業開始!」


ぞろぞろと2人のロシア仕官のあとに続いて体格のいいベトナム人達の列が桟橋のほうに向かった。


朝日が灼熱の鉄の檻となるべく容赦なく戦艦を照らし出している。今日の作業も暑くなりそうだ。


「なあカー兄い、昨日タン兄貴の組でけが人が出たそうじゃないか。本当に大丈夫なのか?」


「ああ、さっきも聞いたとおりズンのじいさんが今朝フランス海軍に抗議してくれたから大丈夫だろう。さあ、作業にかかろう。」


「昨日はよく眠れたかカー?」


毛むくじゃらからのぞく笑顔でマカロフ大尉が聞いた。


「ああ、おかげさんで背中が痛くて一睡も出来なかったぜ。なあ、マカロフの旦那よう、クレーンの操縦士に下を確認してから石炭を下ろすように注意してくれ。昨日はそれが原因で1班で事故があったからな、」


カーがロシア仕官に頼んだ。


「なんだと、おまえたちが我々に指図することはできない。ベトナム人のくせに何をえらそうな口を効いている。おまえたちが間抜けだから怪我をしたのではないか。」


「何だと!もう一度言ってみろ!」


「おう、何度でも言ってやる。怪我をしたのは間抜けなのおまえたちベトナム人が悪いのだ。おまえたちアジア人はわれわれ白色人種のために存在しているのだ。そのことを忘れるな。」


「おれたちゃあ、自分たちの仕事を放棄してまでお前たちに手伝ってやっているんだぞ。」


カーが仕官のむなぐらを掴んで食ってかかった。


「おい、この手を放せ。いいのか俺たちを怒らせても。港に泊まっているバルチック艦隊が本気になったらわずか1分間の砲撃でおまえたちのカムラン村は跡形も無く壊滅するんだぞ。その中には大切なおまえたちの家族や友人もいるのを忘れるな。」


「おい何をしているそのへんにしておけ、喧嘩はやめて作業にかかれ!」


チャノフ大佐がうながした。


「お前たちもクレーンの下で作業するときは注意するようにしろ。わかったな。」


「そういうことだカー、早く2つに組を分けて作業を始めろ!」


マカロフが促すと

「ちっ、やりゃあいいんだろう!」


「ドーン、ドーン」


甲板にクレーンから石炭が下ろされたようだ。


「ようしおれよりこっちは午前中は石炭運搬係、くれぐれもクレーンに気をつけろよ。こっち側のやつらは俺と一緒に石炭庫だ。まったく気にくわねえやつらだが早くやっちまおうぜ。」


「よーし、荷物が降りてきたぞ!運搬係は上の甲板に行け!あとはカー昨日と同じだ、早く作業にかかれ!」


マカロフ大佐が命令した。


「よーし、さっき分けた運搬係上に行って来い、残った組はこのシャベルで均す作業を俺と一緒にやる、いいな!」


「ようしわかった!」


25名の運搬係はカーの一言で勇んで上の甲板に上がっていった


「えっほえっほ」


まもなく100キロの俵を担いだ男たちが降りてきた。その中にはポーランド人の死刑囚もまじっている。


「ようし倉庫組はこの手ぬぐいで顔を覆え。今から石炭均し作業に入る。暑いから水分補給はその樽の中の水を取るように、さあ、やるぞ!」


「おう!」


と威勢のいい声がかかり2日目の作業が始まった。


「ザッザッザッ」


昨日と同じ作業の音だけが広い倉庫に響いた。

午前中は特に大きな事故もなく作業が終わった。

昼食時



「さーってと飯も食ったし寝るとするか!このあたりがいいな。」


カーが椰子の木下で丸くなった。

「しかし昨日は昼寝の許可は出なかったと聞いたけど大丈夫か?」


「おうよ昨日は大変だったぜ、しかしズンの爺さんが今朝掛け合ってくれたみたいだ安心しな。おやすみ。」


その言葉が終わると同時にカーはすぐにいびきを掻き始めた。まわりの漁師達もめいめいに場所を決めて昼寝を始めた。


「こらー!おまえたち何度言ったらわかるんだ。昼寝せずにさっさと作業に戻れ!」


マカロフが飛んできて思い切り寝ていたカーの腹を蹴り上げた。


「くっ痛えな・・・・この野郎なにしやがる!」


「昨日も言っただろうが、昼寝はなしだ!ベトナム人は物覚えが悪いのか?」


スワロフスキーも鞭を持ってやってきた。


「それはちょっと違うな、スワロフさんよ、フランス海軍からおれたちの改善要求を聞いてないのか?」


椰子の木陰で新聞を読んでいたタンが立ち上がった。


「そんなものは聞いていない。」


「そもそもお前たちが改善要求を出せる立場と思っているのか?この3等民族めが。」


スワロフが竹の鞭で寝ているベトナム人の背中を叩いて回った


「ちっ、どうやらズンじいさんカールマンって野郎にうまくはめられたようだな。」


「そのようだな。」


「タンとカー、無駄話しないで手下に早く作業に戻るように指図しろ!」


「断る!」


タンの毅然とした声に


「何?お前立場がわかっているのか?」


「おう、責任者だからこそ言っている。手違いでおれたちの改善要求が伝わっていないのなら今ここで要求する、おれたちに習慣である昼寝をさせろ。以上だ。」


「きさま!」


とスワロフがタンの背中に鞭を打った


「おう、スワロフよおれは見ての通り立派な体を親からもらった。おかげさんでそんな鞭は痛くも何ともねえ。」


胸を張って仁王立ちするタンにさらに鞭がふるわれる。


「おれを打つならいくらでも打て、しかし部下たちは昼寝をさせてやってくれ。理由は昨日言ったはずだ。」


「なにを!」


タンが打たれている間にベトナムの屈強な男たち100人が2人のロシア人を取り囲んだ。


「で、どうなんだよ?マカロフ?」


カーが詰め寄った。


「よし、わかった1時間だぞ、そのあとはしっかり働いてもらうからな!」


ベトナム人たちの気迫に負けてマカロフが応えた。


「ああ、そっちが約束を守るならおれたちも素直に従うぜ!」


いぶしぶ艦に戻る2人の背中にタンが声をかけた。


「おう、みんなさっさと昼寝だ!寝たら作業だ、いいな!」


「おう!」


男たちはめいめいの場所に行き昼寝を始めた。


「しかしベトナム人ってのは動物と同じだな。」


桟橋から100名の男たちが横になって寝る姿を見てマカロフは相棒のスワロフスキーにいった。


「そうだな、扱いにくくて仕方がねえな。しかしあいつら本当に1時間で起きて作業を再開するのかね。」


「まあ、あんだけ豪語したんだ、来るんじゃあねえか?」


「ああ、そう願いたいな。しかしあのタンってのはしぶとい野郎だぜ。竹のの鞭が折れてしまった。」


「ああ、こっちのカーってやつもやりにくい。頭は悪いが一本芯が通ってやがる。」


「同じ東洋人の日本人もやりにくいのかな?」


「ああ、これは思ったよりてこずりそうだな。」

1時間がたった



「おうい、みんな起きろ!作業だ!」


新聞から目をそらしてタンが指示を出す。


「よーし、よく寝た。」


「ああ、タン痛い目させてすまねえな。」


「ああ、これで気分よく働けるぜ。」


100名の男たちが立ち上がって体を伸ばしている。


「午後の作業はさらに暑いからきついぞ、肝に銘じておけ!」


タンの声に全員が桟橋まで歩いてきた。


「おう、スワロフ、約束どおり来たぜ。作業を開始する。」


「おまえは、本当に手間が省けていいやつだな。」


「ああ、ありがとよ。それともう一個の要求がある、おれたちを約束どおり時間通りに帰すんだ。いいな!」


「わかったよ、おまえには負けたよ。」


「さあ、みんな聞いての通りだ、仕事にかかれ!」


「おうっ」


午後の作業もこの日は昼寝をしっかり取ったベトナム人たちはまじめにこなしていった。


しかしやはり灼熱の中での作業なのでカーの班で熱中症で5名が作業中に倒れた。


「おう、マカロフこの5人に休憩を与えてくれ。」


カーの要求に


「さっき昼寝したのじゃあなかったのか?まったくベトナム人ってのは口だけは達者で中身は弱いもんだな。」


「なんだと!」


「よし医務室へ連れて行け、そのかわりお前が5人分働けよ。」


「ああ、お安い御用だ馬鹿野郎!」


担架で運ばれる仲間を見送ってカーが応えた。


タンの班でも死刑囚が暑さと疲労と睡眠不足で2人が倒れた。


「おい、スワロフこいつらを医務室に運べ。」


「ほうっとけ、お前たちベトナム人には関係ないだろうが。」


「ここままだと死ぬぞ。」


「そいつらはどうせ死んでもいい連中だ、むしろ手間が省けていいぐらいだ。」


「なんだと同じ人間だぞ。おいしっかりしろ、だめだ2人とも気を失っている。」


「構うなタンそれより作業の手を止めるな。」


「それでもおまえは人間か?」


「いちいちお前はうるせやつだな、おいこいつらを甲板まで連行しろ。」


「ちゃんと医務室に行かせろ、いいな。」


スワロフの部下が死刑囚を担いで階段を上がっていくのを見てタンが念を押した。


「わかってるよ。」


この日はノルマも達成したようなので時間通り帰ってくることが出来た。


桟橋に降りて家路につこうとするタンにプロボイが耳打ちした。


「さっきの2人が死んだ」


「なに?医務室で手当てをしたのにか?」


タンが聞き返す


「いや、やつら2人を医務室に連れて行かずにそのまま暑い甲板の上に放置しやがった。」


「ちきしょう!おれが抗議してやる。」


「よせ、気持ちはうれしいが抗議したところで死んだ部下は帰ってこない。それにこれはおまえたちベトナム人には関係ない。フィンランド人死刑囚とロシア軍内の問題だ。」


「ううぅ」


やり場のない憤りでタンは唇を噛んだ。

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