「カニの手」主人 ファット
カニの手
「おやじい、酒だぁすぐに酒持って来い!10本だ!」
「こっちにも早く酒を持って来い!こっちは20本だ。いつまで待たせるんだ、この能無しベトナム野郎!」
「おれたちゃあこんな箸は使えねえんだ、何度言ったらわかるんだ早くフォークとナイフもってこい!」
ダン、ダン!と机をたたく音がする。
「はいはい、ただいまお持ちします。」
「注文したつまみのカニとエビはまだかぁ?いつになったら出来るんだ!」
「こっちは注文した貝がまだ来てないぞ、おれたちロシア海軍をなめてんのか!ふざけるな!」
「こら、チャン!ぼーっとしないでお酒を一番奥のテーブルへ早く運ぶんだ。」
「もう、お父さん!こっちのテーブルからも早くしろって怒られてるのよ!」
「いいじゃあねえか、店始まって以来の大繁盛だ!おまえの友達も明日から働きに来てもらえ。給金ははずむから何人でも誘って来い!まったく笑いが止まらねとはこのことだな。」
「おーい、まだかあ!」
「はい、ただいま!」
艦隊がカムラン湾に寄港して以来、連日のようにここ居酒屋「カニの手」はまさに「猫の手」を借りたいくらいの大忙しの毎日であった。
おりからフランスの悪政のおかげで酒の価格が5倍に跳ね上がっていた時代ではあるが、近々海上決戦を控えている海軍の兵隊にとって金は持って死ねないのでその使いっぷりの荒さは店主のファットも驚くほどの初めての経験だった。
「こりゃ、5倍どころか10倍にしても飛ぶように売れるなあ。まったくバルチック艦隊さまさまだ。カムランどころかニャチャンじゅうの酒をかき集めても足りないかもしれないな。まったく熊のような大男ばかりが連日連夜これだけの数が来るんだったら店も狭いので明日から広げるとするか。」
「おやじ、勘定してくれ。」
「はいはい、チャノフ大佐殿ありがとうございます。こちら勘定になります。」
「なに、こんな料理とまずい酒でこの値段か、まあカールマン大尉の紹介でもあるし他に行く店がないから仕方ないな、明日もまた来るぞ!ほれ偉大なるロシア軍票で払ってやる、釣りはいらんぞ。それとおやじ、船に残っている仲間の手土産に酒を持って帰りたい。海軍はなあ半舷上陸と言っておれたちが上陸しているときには半分の兵隊が船を守っているんだ。お疲れ様の意味で50本ほど用意してやってくれ。」
「わかりました、ありがとうございます。これチャン、50本お酒をお持ち帰りだ、すぐに用意しろ。」
「ところでおやじ込み入った相談があるのだが。2人だけで話がしたい、人のいないところへ行こう。ところでおやじ名前はなんという?」
「私はファットといいます。へえ、酒以外にもまだ何か御用があるんですか?さあこちらは私の部屋なので誰も来ません。」
「おい、お前たち、おれは今からこの部屋でこのおやじと話しをしてくる。酒を50本この小娘から受け取ったら店の外で待っているようにな。」
「了解しました。大佐どの!」
「よしおやじ、いやファット、単刀直入に聞くがこの村に女を置いている店はあるか?」
「はあ、女ですか・・・チャノフ大佐もお好きですねえ。へえ、この村は小さいながら漁師町ですんで北と南にそれぞれ小さいのが2軒あります。女は20人ほどいますが・・・」
「なに?たったの20人?そんなんじゃあ話にならんな。おいファット、貴様急いで1週間余りの期間、大量の女を集めることが出来るか?」
「大量と言いますとどのくらいが入用で?」
「考えてみろ、船の中には1ヶ月間女知らずの水兵が7500人いるんだぞ。そいつらの下の処理を考えてやるのも輜重隊長であるわしの仕事だ、それにこれはこの町の治安維持のためでもあるので村の住民のためにも早くする必要がある。そうだな少なくとも女は100人は集めて欲しい。わかっているだろうが若ければ若いほどいいぞ!」
「100人ですか!となりのニャチャンや別の村から集めればなんとかなりそうですが場所はどうします?」
「昨日からわが工兵隊が桟橋の横に上陸した兵の休憩所を作っている、そこに女たちを送ってくれればいい。兵たちはこれから死ぬかも知れない海戦を控えている、この世の最期の思い出として金払いはいいだろう。利益はおまえとわしで折半でどうだ。」
「折半ですか!そういうことなら急いでやってみましょう。早速明日の夜から手配しますのでお楽しみになってください。とびっきりいい女を用意します。」
「よし、おまえは物分りがいいな。迅速な対応に感謝する。それでは明日からよろしく頼むぞ!」
「はい、お任せください。ありがとうございます!」
ファットの部屋を出たチャノフ大佐は用意された50本の酒を持った部下たちに合流して桟橋のほうに歩いていった。
ファットはその後姿に深々とおじぎをした。
「ねえ、お父さん、あの将校さんと一体何の相談だったの?」
「ああ、チャンか。大事なお仕事の話だ。まったくありがたい話だ、これからまた大儲けができるぞ。」
「そう、それならいいけど・・・」
「チャン、父さんは今からニャチャンに行ってくる。店のあとかたずけを頼んだぞ。」
「え、今からニャチャンに?こんなに遅く、急ぎの用事なの?」
「ああ、幼なじみのクワンの兄貴ところに行ってくる。大急ぎの大事な用事だ、明日の朝帰る。とにかく後を頼んだぞ。」
「わかった、気をつけてね。」
ほくほく顔のファットはニャチャンに通じる街道を足取りも軽く歩いていった。
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