石炭補給作業 午後



昼食が終わった。


現在でも同じであるがベトナム人は習慣で昼食のあとは必ず1時間は昼寝をする。


これは時間に厳しい金融機関でも同じで12時を過ぎると銀行などでもカウンターの下で枕を抱いて寝ている女性行員をよく見かけることが出来る。


「さー、飯も食ったし寝るとするかー」


「そうだなあの椰子の下が涼しそうだ。あそこで寝ようぜ。」


三々五々ベトナム人たちは椰子の木陰を選んで横になった。


椰子の葉から漏れる太陽の光を見ているうちにほとんどの人間が眠りについた。


タンは木陰で新聞を読んでいる。


「貴様たち!何を寝ているんだ!30分で帰って来るように言っただろうが!」


竹の鞭を持ったマカロフとスワロフスキーは桟橋から鬼のような形相で怒鳴り込んできた。


「どいつもこいつも豚のように寝やがって!やいこら!起きろ、この役立たずどもめ!」


スワロフスキーの竹の鞭が寝ているベトナム人の顔と言わず背中と言わず容赦なく飛んできた。


「まったくだ、責任者のカーまで大口を開けて寝てやがる。こいつら立場をわかっているのか、こら起きろ!大馬鹿者たち!」


マカロフも鞭で叩くだけでなく大きな足で全員を蹴飛ばして起こしていった。


「痛えなあ!血が出たじゃあないか、何をするんだ!」

カーが叫んだ。


「馬鹿者ども!誰が勝手に寝てもいいといったんだ!」


「馬鹿者とはなんだ!ここはおまえ達の国ロシアじゃないベトナムだ!ベトナムじゃあ、誰でも昼飯のあとは必ず1時間寝るように決まっているんだよ。当たり前だろうが!」


「何を!えらそうに言うな!この3等人種めが!」


口答えするカーの背中にさらに激しく鞭の雨が降ってきた。


「やめろ、マカロフ!」


「なんだと、タン!貴様も殴られたいのか?」


「おまえ達の寒い国と違ってここベトナムでは暑いので誰でも昼寝の習慣があるのだ。おおめに見ろ!」


「おおめに見ろだと、生意気に!貴様も班の責任者だろうが!」


「責任者だからこそ言っているのだ。小さいころからこの習慣で育った俺たちは昼寝をしたほうがすっきりして午後の仕事がはかどるんだ。郷に入れば郷に従えと言うではないか、理解してくれ!」


「何が理解してくれだ。そんな言葉はなあ対等な関係の者が言う言葉だ!」


「何だと、お前たちに協力しているおれたちは対等ではないのか?」


「こいつ馬鹿か?偉大なるロシア人とベトナム人が対等なはずがないだろうが。少しは考えてものを言え。悔しかったらあそこに浮かんでいるような戦艦を1隻でもおまえ達の手で作ってみろ。同じサルでも日本人は立派に作ったぞ!」


タンの背中にも容赦なく竹の鞭が飛んだ。


その時一番背の高いタイがタンの前に入り、飛んできた鞭を掴んでマカロフを睨んだ。


「なんだあ貴様ぁその目は?やるのか?」

タイは鞭を掴んだままマカロフを睨みつけている。


「タイ、よせ。こいつらに言っても無駄だ。ここは言うことを聞こう。」

その言葉に手を離したタイに

「そうだ、最初から素直に従っていれば痛い目に会わずにすんだんだ。」


「とにかく、30分はロスをしている。全員早く持ち場に帰れ!」


スワロフスキーの言葉に100名のベトナム人はいやいやながら立ち上がった。


「カー兄い、おりゃまだ眠たいぜ・・・」


「仕方ねえ、みんな作業にかかろう。」


血だらけになったカーに肩を貸しながらタンは悔しそうに命令した。


午後の作業は壮絶を極めた。


鉄の塊を容赦なく照りつける太陽によって艦内温度は40度をゆうに超えていた。


午前中石炭の運搬を行った組が石炭庫に通じるハッチの取っ手を触っただけで火傷しそうであった。さらにそのハッチを空けたとたんに中から強烈な熱風が襲ってきた。


「なんだこの暑さは!この中に入らなければいけないのか?」


「ぐずぐず言うな、早く入れ」


さきほどマカロフに恫喝したタイの背中にまた鞭が飛んできた。


「入るよ、入りゃあいいんだろうが、まったく!」


手ぬぐいで顔を覆った25名が順番に石炭庫に入っていく。


まだ何も作業をしていないのであるが顔面はもう汗だらけになっている。


「まったくまるで奴隷のようなあつかいだな。」


「こんな暑い倉庫、人間の入るところじゃあないぜ。」


めいめいが文句を言い合って入間に

「ドーン、ドーン」と石炭がクレーンから甲板に下ろす音が再開再会した。


「そろそろ上から石炭がやってくるぜ。」


「そうだな、さっさと終わらせようや。」


午前倉庫の作業をやった組が「えっほ、えっほ」の掛け声で炭を運んできた。ロシア人100名も加わってきた。

「何だここは!死ぬほど暑いな、午前中はこんなに暑くなかったぞ。」

午前倉庫作業をやってたタンが炭を下ろしながら言った

「ああ、午後この倉庫組にあたって損をしたなあ。まあそっちの炭運びも楽じゃあねえからよ、後半がきつくなるぜ。」

「ああ、おまえたち、覚悟しといたほうがいいぜ!」

タンに続いて肩から石炭を下ろした薄汚れたロシア水兵が言った。

「なんでぇ手前は?」

タンの質問に

「おれの名前はプリボイだ、死刑囚だ。」

「死刑囚?何で死刑囚がここにいるんだ?」

「おれだけじゃねえ今石炭を運んでるのは全員死刑囚だ。」

「なんだと?」

「こら、そこ!何を話をしているんだ?早く荷を置いたら上に上がるんだ!さっさとしろ!」

スワロフスキーの怒声が飛ぶ。

「ま、そういうことだ。よろしくな。」

石炭庫を出て行くプリボイのあとを追ってタンは走った。

「おい、何をやったんだ?人殺しか?」

「いや、ただロシア政府に対して食糧供給のデモ行進しただけだ。今上で働いているのも全員そのときの仲間だ。」

「何だとたったそれだけで死刑か、ひどい国だなロシアてえぇのは。」

「おれはロシアに占領されたフィンランド人だ、あいつら占領した国の国民の命なんざ何とも思っていねえ。」

「しかしデモだけで死刑はねえだろうが。」

「まあ、フランスも似たようなものじゃあねえのか?現にお前ら関係ないベトナム人がこんな地獄につき合わされてるじゃあねえか。じゃあな。」

プリボイは甲板につづく階段を駆け上がっていった。

タンは複雑な気分で石炭をもくもくと運ぶ死刑囚の群れを眺めた。


甲板にて

午後の作業も2時間ほど無事経過したころのことであった。

ベトナム人が今下ろされたばかりの炭を運ぼうとしていたときだった。

「おうい、早く炭をクレーンの下からとりあえず移動させろ。倉庫に運ぶのはそれからだ!」

タンの指示で5人ほどが積みあがった炭俵に取り付いた。

その時クレーンが次の荷物を運んできてまだ人間がいる上から俵を落としたのだった。

「あぶない!全員、逃げろ!」

タンの声が聞こえなかった2名の上にまともに合計すると500キロはあろうかという俵の群れがばらばらっと降り注いだ。

「ぐあ!」

落ちてきた俵に1人は弾き飛ばされ、1人は声にならない叫び声とともに下敷きになってしまった。

「グエンがやられた!早くみんなで背中の上の俵をどかせるんだ!急げ!」

周りで見ていた全員が一斉に駆け寄り下から引きずり出したが意識はなかった。

「グエン、大丈夫か?ちきしょう意識がない、この艦に医者はいるか?」

タンが叫ぶ

「医務室に軍医がいる。早くつれていこう。おいお前ら早くこのベトナム人を担架で医務室に連れて行け!」

さきほどの死刑囚のプリボイが指示を出して同じ死刑囚のロシア兵が担架でグエンを医務室に連れて行った。

「プリボイとか言ったな、すまねえ恩に着る。しかしロシアのやつら、まだ下に人間がいるのに荷物を故意に落とすとはひどいな、こいつら人間じゃあない・・・」

「いやこんなもんだよ、やつらは、お前たちの命なんかへとも思っていねえ。」

プリボイはつぶやいた

「おれたちがデモ行進していたときなんざ、やつらは戦車を出してきてしかも兵士が一般市民に機関銃を撃ってきたんだぜ。考えられるか?女子供もいる中にだぞ。おれはそのあと刑務所に放り込まれたが詳細はわからないがうわさでは100名以上が殺されたそうだ。それがやつらのやりかたなんだよ。」

タンは悪評高い前の総督ポール・ドメールの悪政時でもベトナムはそれほどひどくはなかったと思った。目の前で起こったロシアという国の残忍性で帝国主義の本質を見たような気がした。

「えっほ、えっほ」

「ザッザッザッ」

粉塵が渦巻く中での作業がその後も続いた。

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