村民会議
バルチック艦隊寄港日 夕方
昨日決意したズンは村長命令で村民の世帯主全員をカムラン広場に集めた。
魚介類や野菜が積み上げられたカムラン市場の隣にあるこの広場は、普段はズンが学校に使っている場所で、村のお祝い事やお祭りなどが毎年行われる場所でもある、
500名ほどであろうか、見渡したところ各家庭の男衆の大方は集まっているように見える。どの顔も今日、カムラン湾に集まった大艦隊とそこから降りてきた秩序のない薄汚れたロシア水兵たちを見てきたのであろう不安げな様子でズンの口元を注視しているのがわかる。
「おつかれじゃ、皆のもの、よく集まってくれた。皆も知っているように今日ロシアの艦隊がわれらの海に現れた。なんでも近いうちに日本国と大きないくさをするそうじゃ。先のフランス領宣言で仏領インドシナという国名に変わった我々は彼らの手助けとして石炭の補給作業を1週間手伝わなくてはいけない。ワシも無理じゃと言ったがフランスのお偉いさんは聞く耳を持たぬ。皆、すまんが力ないワシに手を貸してはくれんか」
この村の北地区で漁師を束ねるタンが口を開いた
「ズンじいさん、石炭の補給といっても具体的にどのくらいの数なんだい?それとロシアの兵隊は一体何人くらいこの町をウロウロしているんだ?そもそもやつらはわれわれの敵なのか見方なのかどっちなんだい?」
まわりの全員が「そうだそうだ」と言いたげに首を縦に振っている。
「皆、今日見たとおりじゃ、船の数は40隻、乗組員の数は7500名、補給が必要な石炭の量は3万トン、1週間で積み込むには交代で200名の人数は必要じゃ。またやつらはロシアの船じゃフランスの船ではない。ロシアとフランスは同盟関係であるから味方といえよう、しかし我々とフランスは・・・・」そこまで言ってズンは言葉を打ち切った。
カムラン広場に恰幅のいいカールマンが銃を抱えた手勢を多数引き連れてやってくるのが見えたからである。
「こんばんは、ズン村長とみなさん。仕事が終わってからの会議とは勤勉です。さて話し合いの方はうまく行っているのかなズン村長?」
「カールマン大尉、話し合いはちょうど今始まったところで昨日のいきさつから説明していたところじゃ。」
「それは結構、私もここで聞かせてもらうから遠慮なく進めてくれ。」
村民に勧められた椅子にふんぞり返るように座ったカールマンは会議の進行を促す。
「皆、聞いての通りじゃ、昨日ここにいるカールマン大尉らがワシの家に来てフランス政府からの命令が下ったのじゃ。」
「ズンさん、そいつぁ誰だい?」
赤銅色に染まった上半身をあらわにした漁師の中でも一番力自慢のカーが鷹揚に尋ねた。
「フランス海軍・カムラン司令のカールマン大尉殿じゃ」
「おうおう、カールマンさんとやら!フランスの命令だか何だか知らないが、いきなりこんな貧乏な村に対して労働力を差し出せってのは聞けねえ了見だぁ」
「あいにくここは君たちの意見を聞く場面ではない、選択肢はないのだとズン村長殿、はっきりと皆さんに伝えるように」
「みんな、申し訳ないのじゃが明日からは今の仕事を一旦やめて、石炭の積み込み作業にかかってくれ。もちろん給金は出してもらえるそうじゃ、1人1日1フランと3度の食事も出るそうじゃ。みな考えてはくれまいか・・・」
「1フランっていくらなんだい?」
「それは多いのかい、少ないのかい?ファーが何杯食える金額だ?」
「村長、今ちょうど漁の季節が始まったところだ、魚は待っちゃあくれないんだ!」
「おれのところでも田植えの人手が足らない状況なんだ!かかぁに何と言われるか!」
「こっちは子供まで手伝わせて漁をやっているんだぜ、そんな暇あるか!」
抗議しながら押し寄せる村民たちを両手で制しながらズン村長は
「わかっとる、わかっとる。皆の事情はこのワシが一番ようわかっとるよ。皆はわしの教え子のようなものじゃからな。その事情を知った上でのたってのワシの頼みじゃ。」
「で、結論はどうなんだ?給料も食事も出るので悪い話ではなかろう?お前たちも村民なら村長の言うことを聞くんだ!」
カールマンの冷酷な問いかけに
「明日、朝一番に皆のもの、すまぬが仕事をおいて港に集まってはくれまいか?」
手を合わす村長の悲痛な頼みにも誰も首をたてに振ろうとしなかった。
「わしがこれほど頼んでも無理か?」
沈黙が続く
カールマンがたまりかねた様に叫んだ
「煮え切らないやつどもだ!とにかく明日朝7時、全員が港の桟橋に集合だ。お前たちにそれ以外の選択肢はない!わかったな!」
「なんでぇ、くそフランス人が!」
カーの弟分のシンが叫んだ
「誰がお前たちの手助けなんかするか!」
タンの弟分のタイの声が飛ぶ
「みんな、聞いてのとおりじゃ。ここはわしを助けると思ってなんとか頼む。」
立ち去ろうとする若い衆にすがりついてズンは懇願するように手を合わせる。
「タンや、お前もみんなを説得してくれんか。」
かつての教え子のタンであった。タンは物覚えがよく成績がよかったが親のあとを継いで漁師になり今では北地区の漁師の網元にまでなっていた。
「いくらじいさんの頼みといってもなあ・・・こりゃ一仕事だぜ。みんな仕事があるからな。」
「そこをお前の力でなんとか頼む。」
「ああ、他ならぬあんたの頼みだ、一応みんなには言ってみる、ただし保証はしないぜ。」
「すまん、このとおりじゃ。」
ズンはタンに手を合わせた。
「さあ、ベトナム人ども!おまえたちは明日は労働があるから早く家に帰って寝ろ!」
武装した海軍兵に追い立てられるように村民たちはそれぞれの家に帰っていった。
「村長、我々が武装しているのは彼らを脅すためではない。ロシアの荒くれた水兵たちからこの村民の命と治安を守るためなのだ。我々も現にこうしてカムラン村のために協力している。だから村側も協力してほしい。まあ慣れない石炭運びといってもたかが一週間だけの辛抱だ、何とかするように。」
「見ての通り、わしゃ言うだけのことは言った。あとはみんながどう考えるかじゃ。」
「よかろう、あとはズン村長の人望頼りだな。では明日7時に桟橋で会おう。」
「わかったわい。」
納得して家に帰るズン村長に背を向けたカールマンは連れてきた部下たちに
「よし、お前たちは残ってこのカムラン広場を中心に4つの班にわかれて明朝までロシア人の警備をするように。非常時には発砲を許可する。」
時刻は10時を回っていたがこの時間でも4、5人で固まってうろうろするロシア人の大きな影が村のあちこちに垣間見る事ができた。
「しかし治安維持も楽ではないな。」
ひとりごちてカールマンは護衛の部下一名を従えて司令部へ戻っていった。
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