063▽心火



 私立・天峰あまみね学園の、校舎の内外に、校内放送の大音量が響き渡っていた。

 

 アヤト達3人がいる、窓の閉ざされた暗闇の廊下ろうかでもそうだ。

 廊下の壁に取り付けられたスピーカーから流れてきたのは、放送を知らせるチャイムの音。

 その後に続いたのは、半ばふざけた調子の男声。


『あー、テステス、ただいまマイクのテスト中、今宵こよい明月めいげつナリ!

 よし、オッケーだなっ』


 それが、息継ぎの次の瞬間には、野太のぶとい怒声へと変わった。


『── オラぁ!

 テメーらSATサットだかシットだか知らねえが、好き勝手しやがって!

 そんなに人質の命がしくねえなら、こっちだって考えがあるぞ!

 おい、しゃべれコラぁ!』


 男の粗暴そぼうな声の後に、パンッ、と何かをたたく音。

 いで、か細い女の悲鳴と、すすり泣く声が聞こえてくる。


『……痛いっ

 やめて、やめてください……』


 放送の声は、最初の野太のぶとい男の声へと戻る。


『ヒヒヒッ、聞こえたかァ?

 放送席には、ただ今、可憐かれんなお嬢様にお越しいただいてまァ~す!

 ── ほら、自己紹介だよ!

 じ・こ・し・ょ・う・か・い!

 またなぐられたいのか、このアマぁっ!』


 男の苛立いらだった声の後、再び、パンッ、と人をたたいたらしき音が響く。


「コイツ……っ」


 赤髪の少女・中西マコトが、廊下の壁掛かべかけスピーカーを、その男の顔の代わりににらみつけた。


『な、中山なかやま千代香ちよか、です。

 お願い……もう、痛い事しないでぇ……』


『チヨカちゃんか?

 お嬢様らしい古風な名前だねえ、ヒヒヒッ

 ところで、チヨちゃんは何歳かなァ?

 カレシとか、いたりするのかなァ?』


 スピーカーからは、捕らわれた少女のおびえる声と、笑い混じりの下卑げびたる男の声が、交互に流れてくる。


『じゅ、16歳です……。

 カ、カレシとはそういう人は、まだ……』


『おぉ~~っと、これは処女だ!

 処女確定でぇ~す!

 それならお兄さん張り切って、チヨちゃんの処女膜しょじょまく極太棒ごくぶとぼうでブチ破っちゃうぞォ!

 ズボズボ生ハメで、おまた血だらけになる心の準備はイイいかなァ?』


『い、いやぁ……』


『イヤじゃねえよ、クソアマ

 死にてえかァッ、ああン!?

 こっちは公開レイプでも、公開処刑でも、どっちでもイイんだぞォ!』


『パ、パパ……助けてぇ……っ』


『おっ、イイねイイね!

 せっかくの娘の晴れ舞台なんだから、是非ともパパに見てもらわないとなァっ

 おい、ちょっとカメラ探すぞ!

 ── というワケで、ブタ野郎SATサット一行いっこうサマは、お嬢様のレイプショーを自慰しマスかきながら待っててねェ?

 ああ、おかしなマネすると、レイプショーが処刑ショーになっちゃうよォ?

 ” 続きはCMの後、お楽しみに! ” ってな、ヒィ~ッ、ヒッヒッヒッ!』


 男のふざけた口調を最後に、ブツンッ、とスピーカーの電源が切れた。


「……聞くにえないッスね」


 最初に口を開いたのは、ボロボロの作業服をまとう用務員・荒牧 仁太じんた

 彼は、身体を支えるように、壁にもたれかかりながら立ち上がる。


 続いて、赤く染めた短髪刈りベリーショートの少女・マコトが、口を開いた。


「チッ……。

 なあ、どうするんだよ、コレ?」


 彼女は、心底不快ふかいといわんばかりの鋭い目を壁掛かべかけスピーカーから外して、アヤトへ目線を向ける。


 だが、それに返ってきたのは、想像以上に低い声と鋭い眼光。


「── あァンッ?」


 今まで、軽口や余裕を欠かさなかった青衣の魔術師の表情が豹変ひょうへんし、獣がうなるような低い声を漏らす。


「 『どうするか?』 だとぉ……?

 どうするもこうするも、あるかよ……っ」


 青い頭巾フードかげで、瞳だけが爛々らんらんとしていた。

 まるで、心中にくすぶる怒りが目に宿り、燠火おきびのように赤光を放っているようだった。


「── ……っ!?」


 それを見た仁太が、自分の腹部の傷口を押さえながらも、慌ただしくマコトに駆け寄った。

 作業服姿すがたの吸血鬼は、彼女の肩に手をかけると、その耳元へ口早に注意をささやく。


「し、しーッスよ、マコトちゃん……。

 やべえ、やべえ、これ、マジでやべえ……!」


「拝み倒されて、イヤイヤ引き受けたってのに……その上コレかぁ……?

 また、わざわざ外の連中に聞こえるように放送してくれやがって……っ」


 小柄な魔術師はブツブツとつぶやきながら、徐々に口元をにする。

 すると、その心火しんかの表れのように、青い長衣のようなウインドブレカーの周りに、火の粉のような物がまき散らされ始めた。


「<DD部隊うちのおんな>の名を売るために、と思ってお行儀ぎょうぎよくってりゃぁ、コレだ……っ

 雇い主おやくしょが見ている前で、ずいぶん面子メンツつぶしてくれるじゃねえか……」


 周囲に巻き散らかされた火の粉のような燐光りんこうが、暗闇の廊下を満たしていく。


 近くの窓が、ビリビリとふるえ始めた。

 徐々にその振動が、教室のドア、壁のスピーカーや掲示板、さらには自動販売機などにも伝播でんぱしていく。


「じ、地震……っ!?」


 マコトは、自動販売機が酔っ払いのようにグラグラとふらつき始めたのを見て、慌てて距離を取った。


「お、お、おぉ……!

 ── ひ、避難ひなんっ、避難ひなんした方がいいッスか!?」


「こんなタイミングで、地震なんて……っ」


 仁太じんたあせった声を上げると、マコトもられたように慌てて周囲を見渡す。

 二人して右往左往うおうさおうを始める。


 ── と不意に、ダンッ、と靴の音が響いた。

 アヤトが、片足を高々と持ち上げて、力強く地面をみしめた音だった。


 それを契機けいきに、ピタリと揺れが収まる。

 今にも倒れんばかりに不安定だった自動販売機も、何事もなかったように静止していた。


「え、何ッスか、今の……?」


 仁太は、ボクシングの防御のように上げた両手をソロソロと下ろしながら、不思議そうに周囲を見渡す。


「俺も、ガキだな……」


 するとアヤトが、苦々しい声を漏らす。

 青い魔術師は、相撲取すもうとりのする四股しこのように、大股またを開いた中腰で、ストレッチをしていた。

 2度3度とひざ股関節こかんせつ屈伸くっしんさせる。


 アヤトが姿勢をもどす頃には、その表情も声色も、いつも通りに戻っていた。


「すまんすまん。

 うっかり、安い挑発に乗るところだった」


「……今さっき揺れたのって、もしかして大将ッスか?」


 仁太が、恐る恐ると問いかける。

 しかし、アヤトは、少しバツの悪そうな微苦笑びくしょうを浮かべるだけで特に答えず、別の事を口にした。


「……さっきの放送では、『ども』って言ってたか。

 まだ誤解されているなら、好都合。

 余計な警戒される前に、サクッと終わらせる」


 小柄な魔術師は左手を懐に突っ込んで、長裾ながすその青ウインドブレカーから鈍色にびいろ金属塊きんぞくかいを2個取り出す。

 左手の指の間に挟んでぶら下げるは、直径15cm×厚さ2cmほどの、金属製の八角盤ディスク

 ちょうど、古代の銅鏡のような形状の鉄塊てっかい


 ── 鉄鎖の魔術師が常備する、極大魔術の待機形態だ。


 そして、右手をフードの中に入れ、耳の辺りを押さえながら、虚空に視線を向けてつぶやく。


「── 俺だ。

 ちょっと予定変更する」




▲ ▽ ▲ ▽



 私立・天峰あまみね学園は、本校舎の2階に放送室があった。


警察サツがマヌケと言っても、こんな安い挑発に乗ってくるか?」


「乗ってくるさ。

 少なくとも無視はできない。

 、人質を見殺しには出来ないからな」


 放送室の前に立つ男2人が、くぐもった声でそんな会話をしていた。


「明らかにワナって分かっててもか?」


「人質がむざむざと処刑された、なんて救出部隊の名折れだ。

 被害甚大と分かっていても、動かざるを得ないさ」


 見張りの男2人組は、どちらも軍用ライフルを肩から提げ、左右の警戒は怠らない。

 そして、凶悪犯圧戦で多用される非致死兵器ノン・リーサルウエポン ── 催涙さいるいガスや音響閃光爆弾スタングレネード ── に対する備えなのか、口と鼻を隠すようにタオルを巻き、目にはサングラスをしている。


「だが、真っ正面から突っ込んでくる事はないだろ?」


「大型重機や鉄球で強行突破、みたいな手でくるかもな。

 昔の、山荘の立籠り事件みたいに、」


「……山荘の立籠りって?

 最近、そんな事件あったか?」


「いやいや、昭和の事件だよ。

 共産系の革命闘士とか、そういう連中のアレ」


「昭和の……革命、闘士……?」


「おいおい……社会科の常識問題だ ── っと、何だ?」


 片方の男が、呆れた口調で説明しようとして、ふと何かに異変に気づいた。

 言われて、相棒の方も周囲を見渡す。


 ── ジャラジャラジャラ……と、暗闇の廊下に、どこからか金属音が響いてくる。


「これ、何の音だ?

 まるで、パチンコ屋の騒音みたいな……」


「ああ、金属部品を床にぶちまけたような音が……」


 放送室の前に陣取る男2人組は、肩掛けの軍用ライフルを構え直し、お互いに背を預けるように、それぞれ廊下の両側を見張る。


 と、同時に見張り2人の目が、見開かれた。


「── な……!」 「何だ、ありゃ!?」


 二人とも、方向は違えど同じ光景を目して、絶句する。


 現れたのは、いわば金属の大津波。

 廊下の暗闇の向こうから、天井まで埋め尽くす鈍色の輝きが押し寄せてきていた。


 ── ジャラジャララジャラララァ……ッ!


 迫り来る金属の大波は、もはや金属片を積み上げた壁だ。

 それが、人が走るくらいのスピードで、はさみ込むように押し寄せてきていた。


「クソっ 冗談じゃねぇ!」


 見張りの片方が、思わず引き金を引き絞る。


 ── ダララ! ダララ!


 だが、人間相手なら一撃で打ち倒すライフル弾も、金属の波へとむなしくみ込まれるだけ。


「ムダ弾つなっ

 退避たいひするぞっ」


 見張りのもう片方が、そう言って放送室のドアノブに手をかける。

 しかし、ノブをガチャガチャと2・3度回して、ドアの内側からカギがかかっているのを思い出し、激しくノックする。


「おい、開けてくれ!

 おい! 開けろってっ」


「── どけっ」


 見張りの男は、ドアノブにしがみつく相棒を押しのけ、ドアノブの付け根に向けて軍用ライフルを発砲。

 運良くじょう内部の機巧きこうを破壊できたのか、間一髪かんいっぱつでドアが開き、見張り2組は室内にすべり込んだ。


 見張り2人組が、急いでドアを閉めて、壊したカギの代わりに椅子イスや段ボール箱など手当たり次第に荷物で封鎖しようとしてると、室中に居た仲間が近寄ってくる。


「── おいおい、お前ら持ち場離れるなよ。

 今から実況中継ライブを始めようってのにっ」


「チィ……お前らもりてぇンなら、放送の後にしろよ。

 それなら、いくらでも回して ──」


 放送機材のある操作室から、ガラスをへだてて向こうの収録区画スタジオブースに居る仲間2人。


 見張りの男2人組は顔だけ振り返ると、あせった声で呼びかけた。


「── 違う!

 敵の襲撃だ!」


「二人とも、ドアを押さえるの手伝え!」


 廊下の常識外れな脅威を目撃した見張りの2人と、そうでない室内の2人とでは、あまりに緊迫感に差がありすぎた。


「── なんだ?

 もう、この人質を盾に使うのか?

 まだ処女貫通しょじょかんつうもヤってねえのに……っ」


「チッ!

 せっかく日が暮れるのを待ってたんだぞ。

 不死身ムテキモードなんだから、身体張って外で足止めしろよぉ!」


 収録区画スタジオブースの男達は呆れ声。

 対して、室内に逃げ込んできた見張り二人は、切羽詰せっぱつまった声を返す。


「バカ!

 そんなレベルの話じゃねえんだよ!


警察サツの連中、トンデモねえ事してきやがった!」


 見張り二人は、血相を変えて危機的状況をうったえる。


 放送機材操作室と、ガラスをへだてた収録区画スタジオブースで準備を進めていた仲間の男2人は、困惑顔を見合わせた。


「……どうする?」


 問いかけたのは、長テーブルの上に半裸の少女を寝かせ、その手足を縛り付ける作業していた方の男。

 もう片方の男は、上着の前をはだけ下半身は丸出しの状況で、困ったように天井を頭をかく。


「あれだけ挑発しておいて、今さら中止ってのもなぁ……」


警察サツにナメられるよなぁ……。

 まあ最悪のパターンは、このアマを、連中の目の前で穴だらけにしてやればいいか?」


特殊制圧部隊S・A・Tだろうが特殊捜査部隊S・I・Tだろうが、人命救助が第一なら、人質を殺されるのが一番の嫌がらせだろうな」


 緊張感なく雑談している奥の2人組に、見張り役の片方は焦れたように叫ぶ。


「おいっ

 いいから早く手伝え!」


 ── そうこうしている内に、ドシャンッ! と、大型トラックが正面衝突したような重低音がとどろき、間髪入かんぱついれずにドアが吹き飛んだ。


 ドアに立てかけた重し代わりの荷物も、両手で押さえる男2人もまとめて、数メートル吹っ飛ぶ。


「うわあぁっ」「ぐぁ……っ」


 吹き飛ばされた見張り2人組は、床に叩きつけられ、悶絶する。

 ── ジャラララ……ッ と、そのすきにドアの吹き飛んだ放送室入口から、無数の鎖がなだれ込んできた。


 鎖の群れは、まるで船を海底へ引きずり込む怪物ダコクラーケンのように、見張り男2人の手足にからみついてとららえると、そのまま廊下の方へと引きずり出した。


「ちくしょうっ 離せぇっ」「このぉっ このぉ!」


 そんな抵抗の声も、すぐに聞こえなくなった。


 収録区画スタジオブースの男2人は、身構えたまま呆然とつぶやく。


「── な……なんだ、今のは……?」


「……警察サツの新兵器か何かか?」





//── ※作者注釈 ──//

 この作品における政治・軍事要素は「なんちゃって」です。

 おかしな所があったら「作者がアホなんだな」とご理解下さい。




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