064▽キリング・ガーデン



「ちくしょうっ 離せぇっ」


「このぉっ このぉ!」


 何条もの鎖が、廊下から放送室内へと雪崩なだれ込んできた。

 あっという間に、見張りの男2人組をからめ取り、さらっていく。


 収録区画スタジオブースの男2人は、仲間がドアの向こうへ引きずられるのを呆然ぼうぜんと見送り、夢見心地の声でつぶやいた。


「── な……なんだ、今のは……?」


「……警察サツの新兵器か何かか?」


 吸血鬼たちは、あまりに予想外過ぎる事態に、仲間を助ける事どころか、身動きひとつできないでいる。

 そこへ、さらなる衝撃が襲いかかる。


 ── ドォォォンッ!! と、爆発音じみた轟音が響くと、放送室の廊下側の壁が激震する。

 あまりの衝撃に壁際に置かれたスチールラックが倒れ、マイクなどの機材をぶちまけた。


 再び、 ドォォォンッ!! と響くと、廊下側のコンクリート壁に、横一文字の大きな亀裂が走った。

 さらに立て続けに、再三の轟音と振動。

 バキバキッ……ガキンッ…… と、壁が『く』の字に折れ曲がった。


 収録区画スタジオブースの男2人は、ようやく夢から覚めたように、慌てて身構えた。


「── はぁっ!?

 連中、正気かっ

 この部屋ごと重機でぶっ壊すつもりか!?」


警察サツどもめ……!

 人質が死んでも構わねえって、開き直りやがったかっ」


 吸血鬼の男2人は、床に放りだしていた軍用ライフルを拾い上げると、廊下側とは反対の壁際に退避した。


「── た、助けて……っ

 助けてください、お願いしますっ」


 収録区画スタジオブースの長テーブルの天板の上に仰向けで手足を縛られた少女が、涙ながらに救いを求める。

 だが、立籠たてこもり犯の男たちは、こんな緊急時でも、やはり非情だった。


「オラァ、予定変更だっ

 処女の代わりに、肉片でも散らしてこい!」


 少女を犯そうとしていた下半身丸出しの男が、半笑いでテーブルを蹴り倒す。


「キャァ……っ」


 少女を拘束していた長テーブルが、横倒しになる。

 その天板に半裸で拘束された少女は、亀裂の走るコンクリート壁のすぐ目の前に突き出されたような状態だ。


 ── 突入部隊の強行突入ブリーチング対策だった。

 もしも、突入部隊がこのまま重機で壁を破壊すれば、この少女も縛られたテーブルごと巻き込まれ、その柔肌が無残な肉塊に変わり果てる。

 つまり、突入部隊の手で人質を殺させ、その気力を削ぐためのだ。


 そんな相棒の意図を理解し、スキンヘッドの男は楽しげに笑う。


「ハハッ

 なるほど、『JK強姦レイプ』から『JK肉片ミンチ』に変更か。

 でも、これだけ覚悟を決めた突撃の足止めになるか?」


「……まあ正直、微妙だな。

 ビビったり、ためらってくれれば、ラッキーだが……。

 警察むこうが本気なら、人質がひとりふたり死んでも、嫌がらせにしかならんだろう」


 悪辣あくらつきわまりない吸血鬼たちは、罪もない少女の尊厳そんげんを笑いながら踏みにじるどころか、その生死すらもてあそぶ。


 ── ドォォォンッ!! と、すぐに4度目の衝撃。

 廊下側のコンクリート壁が、さらに激しくせり出した。

 壁面を横一文字に走る亀裂からは、白い破片やパラパラと落下し、骨組の鉄筋すらのぞかせる。


「ひぃ……っ」


 少女は、まるで猛獣の牙が目の前にせまったかのように、顔をそらせて身を震わせた。


 そのまま倒壊する ──


 ── そう思われたコンクリート壁が、逆転の動きを始めた。

 逆の方、つまりは『放送室の方へ』ではなく『廊下の方へ』と引き倒された。

 さらに細かく説明すれば、横一文字に割れた壁の上方は鎖で引き上げられ、壁の下方は鎖で引き倒されている。


 ちょうど観音開きのドアを横倒しにしたような、上下開きの解放だ。


「な……っ」


「はァ……っ」


 ライフル片手に待ち構えていた吸血鬼2人は、絶句する。

 驚きのあまり、催涙ガス対策で口元に当てていたタオルを、落としてしまう。


 彼らが想定した強行突入ブリーチングとは、重機で壁を粉砕したり、あるいは小型爆弾で壁に穴を開けるような、な作戦だった。

 決してこのような、巨人が壁をこじ開けるような、想像を超えるな方法ではなかった。


 不意に、廊下の方から、新たな鎖が右端から伸びてきた。

 少女の縛り付けられた長テーブルに絡みつくと、ひょいっ、とヤケに軽い動きで引き込み、回収してしまう。


「── お、おいおいおいっ!」


「はあァ、何だそりゃ……っ!?」


 予想外の方法で、あっさりと人質を奪還だっかんされ、立籠たてこもり犯の男達は苛立いらだちの声を上げる。


 入れ替わるように、コツコツコツ……、と足音が響いてくる。

 室内から見て右側の廊下から、真夏の夜というのに、青い長衣コートを着込んだ小柄な人物が登場した。


 鉄鎖の魔術師、小田原アヤトだ。


「なんだ、コイツ ──」


「── この妙な血の匂い……異能者っぽいな

 警察サツ下僕イヌか?」


 すぐさま警察の特殊部隊 ── 黒い防弾装備ボディアーマーに身を包んだ屈強な一団 ── が駆け込んでくる。

 そう警戒していた立籠たてこもり犯2人は、戸惑とまどいの表情。


 ── もちろん彼らは、目の前の人物が『その何倍も危険な相手』とはつゆほどにも思っていない。


「おいおい……

 鼻をクンクンさせてるヤツから、犬呼ばわりされたくないぞ」


 アヤトが、おどけるように肩をすくめる。

 すると、立籠たてこもり犯の片方・スキンヘッドの男が、銃を構え直して威嚇いかくするように怒声を上げた。


「黙れよ、チビ!

 権力者に尻尾を振る走狗イヌが!

 さっきの女もろとも穴だらけにしてやるよっ」


 不可解に事態に対し、吸血鬼2人の取った対応は、非常に安易な物。

 そろって軍用ライフルの銃口を向けて、引き金を引いた。


「ふんっ」


 その一瞬前に、壁の陰から何かが飛び出し、青い魔術師の盾になった。

 鎖のまゆとでも言うべき、巨大な鎖の塊が二つ。

 魔術師の前に、横滑りするように現れて、盾代わりに立ちふさがったのだ。


 そこへ、軍用ライフル2丁から銃弾の雨が浴びせられる。


 ダララ! ダララ! ダララ! ダララ!

  ダララ! ダララ! ダララ! ダララ!


 だが、2個の鉄塊は、鋭い金属音と共に、砕けた鎖の破片をまき散らす。

 だが、その人間大ほどの鎖の繭の巨大さもあって、なかなか頑丈だった。


「ち……弾切れかっ」


 吸血鬼2人は、空になった弾倉を排出し、予備弾倉を装填する。

 数十発の弾丸を撃ち尽くしても、破壊されない鎖の塊に、対応を改める。


「フンッ……

 銃対策くらいはしてるか」


「だったらナイフだ。

 切り刻んでやる」


 2人共に軍用ライフルを背中に回し、代わりに包丁よりも一回りは多きな軍用コンバットナイフを構える。


「異能者の分際で吸血鬼に逆らった事を、泣きながら後悔しろ」


 スキンヘッドの男が、これ見よがしに、ナイフのエッジに舌をわせた。


 ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべる吸血鬼の男たち。

 アヤトは、ジリジリと近づく2人組に、呆れたような目を向ける。


「犬みたいにしていたくせに、鼻のきかんヤツらだ。

 これを、何だと思ってるんだ?」


 彼が、パチンッ、と片手の指を鳴らした。

 魔術師の合図に応じて、2個の巨大な鉄塊は少し移動して、人ひとり分の隙間すきまを空けた。

 そして、巻き上げられた鎖が半分ほどほどちて、その巨大なまゆの中身があらわになった。


「あ~あ、カワイソウに。

 仲間に撃たれて、ハチの巣じゃねえか」


 青い魔術師は、わざとらしい口調で言うと、両手で左右の頭をつかみ、うつむいた人物の顔を引き上げる。


「うぅ……ゲホッ、ゲフッ」


「ふぅふぅ……ハァハァ……」


 2個の巨大繭の中から現れたのは、2人の男。

 ホテルマンじみた灰色制服に、サングラスと口元に巻かれたタオルという特徴的な格好 ── 先ほどの見張り2人組だ。


 そう、巨大繭は、どちらとも人を鎖で巻き上げた物だった。

 知らぬ間に同士討ちをさせられていた吸血鬼2人は、くちはしはしり上げて、鋭い犬歯をむき出しにする。


中原なかはら室木むろき……っ」


「テメェ……っ

 ふざけやがって!」


 吸血鬼2人は、仲間を盾にされた事を知って、頭に血を上らせる。


 だが、アヤトはその反応にさえ無関心に、言葉を続ける。


「痛かろう。

 苦しかろう。

 ひと思いに、楽にしてやろう」


 小柄な魔術師は、盾代わり2人の肩を、ポン、と叩くと数歩後退する。


「── 決式けっしき双廻反毀ふたたがい


 アヤトは片手で結印しつつ、異能者の呪句・禍詞かしを口ずさむ。


 鉄鎖たちは、魔術師の主命に従い、迅速に魔術を発動させる。

 ジャララララ……ッ と、けたたましい音が鳴り響く。


 顔にタオルを巻いた男たちを、それぞれ縛っていた鎖が、合流して渦巻きを作り出した。

 見張りの男2人を飲み込んだ鎖の竜巻は、さらに横回転が加わり、一つの巨大な球体を形作る。


 その間に、廊下の天井と床にも変化が起きていた。

 魔方陣を思わせる巨大な車輪が、天井と床に一つずつ形成される。

 球体と、それを天地に挟み込むような1対の車輪の間に、二十条ほどの鎖が渡される。


 そして、発気印はっけいん ──


「── 引き、しぼれ」


 パンッ と、両手を手拍子のように打ち合わせた。

 それから両手首をひねるようにして、手の平をこすり合わせる。


 流派によっては、引き金法印トリガーアクト着火法印イグニッションとも呼ばれる、魔術の始動式。


 古代の処刑具を思わせる、鉄の魔術が動き始める。


 ── カシャ……カシャ……ガシャン……ギャリ……ギャリ……


 天井の大車輪は時計回りに、床の大車輪は反時計回りに回転を始める。

 すると、中心の巨大金属まゆは、徐々に鎖で引き締められ、球体であった輪郭が、徐々にレモンのように細くなっていく。


 ── ギリギリギリ……ッ、と耳障りな金属音が、徐々に大きくなっていく。

 やがて、ベキッ……ボキッ……、と骨を砕く、くぐもった音がし始めた。


 録音区画スタジオ・ブースの吸血鬼2人は、予想外の展開に呆気にとられていた。


「おい、おい、おい……」


「バカ、そんな事したら、おまえ……」


 彼らも、仲間を救出したいと思いはするが、工業機械を思わせる巨大な機巧きこうに突っ込むほど無謀ではない。

 結局、構えた銃やナイフを持て余して、傍観するだけ。


 次いで巨大金属まゆから響いてきたのは、鈍い音。

 グシャッ……バシャッ……、と皮膚や臓器が破裂したのか、血や体液がしぼり出されて、廊下にしたたり始める。


 それを見た吸血鬼達は、血のひいた顔でうわごとのようにつぶやく。


「ひぃ……うわぁ……うわぁ……」


「や、止めろよ……

 吸血鬼でも死んじゃうって、それ……」


 1対2個の大車輪が回転を止める頃には、鎖で形作られた球体状のまゆは、ラグビーボールのように細長く引き絞られ、体積を3分の1程度に減じていた。


 内部がどうなっているかは、想像にかたくない。

 何せ、廊下一面に、血を薄めたようなピンクの液体が広がっているのだから。


 収録区画スタジオブースの男2人は、想像を絶する無残さに、声を震わせる。


「あ、あ、あ……っ」


「や、ヤベえぞ、コイツ……っ」


 半裸の男にいたっては、いたいけな少女を暴行しようと逆立っていたイチモツが、今や完全にすくみ上がってしまっている。


「さて ──」


 残虐非道を見せつけた、青い長衣の魔術師は、肩慣らしのように首を左右に振る。

 そして、凶暴な光を宿す瞳を、収録区画スタジオブースの方へと向けた。


 吸血鬼2人は、そろって銃やナイフを投げ捨てた。

 すぐに両手を上げると、必死で首を振る。


「待て、待って、まってくれ……っ」


「コウサンッ 降参だァっ

 大人しく投降するから……!」


 しかし、魔術師は戦意を失った敵に、逆に鋭い視線を向ける。


「── でぇ……?

 さっきの、ふざけた放送は……?

 俺の面子メンツ丸つぶれにしてくれた、大バカ野郎はどっちだ?」


 薄笑いと共に発せられた台詞せりふには、声にも表せない程の、激しいいかりが感じられた。


「……お、俺じゃな ──」


 左の男がそう言いかけると、


「── こ、コイツです!

 コイツが放送しようって、言い出しましたぁ!」


 半裸の男が、泣き叫ぶような勢いでさえぎって、隣の灰色制服を指差した。


「はあぁ……っ!?

 甲斐かい、テメェ、何をっ!?」


 スキンヘッドの男は、仲間の急な裏切りに目を白黒させる。


「── き・さ・ま・かぁ……っ」


 青衣の魔術師が、眉を激しくり上げ、足を踏み鳴らしてせまる。

 灰色制服のスキンヘッドは、首と両手を力の限り激しく振って、身の潔白を訴えた。


「ち、ちがう……っ

 お、俺じゃない、俺が考えた作戦じゃなくて、アイツが ──」


「──……っ」


 半裸の男は、壁際に追い詰められる仲間を尻目に、素早く身をひるがえした。

 壁にぶつかりながらも全力で走り、ガラスで仕切られた向こうの区画、操作ブースへと回り込む。

 廊下側と反対にある窓へ向かうと、握り拳をハンマーのように振りかぶり、力尽ちからづくでガラスを叩き割ると、すぐさま飛び降りた。


 半裸の男は、頭をかばうようにして2階の高さから落下すると、そのままアスファルトを転がった。

 慌てて立ち上がると、手足や背中の擦り傷には構わず、外灯を目指すようにグランドへと駆け込んでいく。


(── くそぅっ

 何だよ、アイツ!

 おかしいだろアレ!

 こっちは吸血鬼なんだぞ!)


 半裸の男は、急に隕石が降ってきたかのような有り得ない理不尽を、心の中で嘆く。

 彼は、羽織っていた上着すら邪魔になったのか、それを脱ぎ捨てて、ほぼ全裸になりながらグランドを突っ走る。


「ようやく、夜だってのに……っ

 吸血鬼の、無敵タイムの、はずだろぉ…!

 それが何で、あんなに、簡単に、られるだよぉ……!?」


 半裸の吸血鬼は、全力で走りながら、乱れた息の合間に途切れ途切れで叫ぶ。

 不条理に振り回される嘆きが、思わず口をついたのだ。


「あんな化け物バケモンがいるなら、先に言っとけよぉ!」


 誰へとも分からない愚痴が口からほとばしる。


 ── と不意に、再度、校内放送のチャイムが流れた。





▲ ▽ ▲ ▽



「いいぞ、やれ」


 アヤトがそう告げると、黒髪を編み上げた女が小さくうなずいた。


 彼女は、放送室の操作席に腰掛けると、機材のスイッチをいくつか操作する。

 ── ピンポンパンポーン! と、おなじみの放送のチャイムが、校内全てのスピーカーから流れた。


 操作席に座ったのは、バニーガールの格好に白いジャケットを着た美女。

 <DD部隊>コウの魔女で、厳しい表情をする年長者、赤音あかねだ。


 彼女は、小さく咳払せきばらいをすると、マイクを握り口紅ルージュの鮮やかなくちびるを開いた。


『残念なお知らせだ。

 お嬢様の強姦レイプショー、なんて品のない番組は取り止め。

 代わりに、吸血鬼の処刑リンチショー、を上演する

 屋外グランドを注目せよ。

 繰り返す、屋外グランドを注目せよ』


 まだ昼間の熱気が残る夜気に、冷ややかな声が響いた。


 ── ピンポンパンポーン! と放送の終わりのチャイムを合図に、一斉に爆音が轟いた。


 ダララ! ダララ! ダララ! ダララ!

 ダン! ダン! ダン! ダン! ダン! ダン!

 ドドドン! ドドドン! ドドドン! ドドドン!


 花火大会のクライマックスのように、破裂音が絶え間なく鳴り響き、夜闇に木霊こだました。




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