§09 ターニングポイント

062▽校内放送



 不意に、朱色に染まっていたノコギリの様な山脈が、暗くかげった。

 ギザギザの稜線りょうせんの向こうに、太陽が完全に隠れた瞬間だった。


 晩夏の西の空に浮かぶ雲は、まだ赤く染まっている。

 だが、中天から東に向かうにつれ、空は夜の深い色合いを帯びていく。

 その時を待っていたかのように、ピョコン、と茂みから『何か』が顔を出した。


 二つの長い耳を持つ頭が、黄昏たそがれ色の雲を見上げて鳴くように、甲高い声を上げた。


「日没でーす。

 報告してくださぁーい」


 間延びした声の主は、中学生くらいの少女だった。

 真夏だというのに黒のジャケットを着込み、頭に長耳の飾りを付けて、茂みに伏せていた。


 <DDデミドラ部隊>紅系列コウ・シリーズ最年少ヤンゲストの一人だ。

 彼女も例にれず、黒ロングジャケットの下には、バニガールのようなインナーを着込んでいた。


 その声に応えたのは、さらに幼さの感じられる声。

 先の少女のすぐ隣で、小さな手が上がった。


「は~い、報告しま~す」


 その小さな手の主もまた黒い服装で、年端としはのいかない少女だった。

 こちら、白系列ハク・シリーズの年少の隊員で、彼女もまた例のごとく黒いエプロンドレス ── つまりはメイド服を着込んでいる。


 その年下の少女の方が、腰のベルトから何か無骨な機材を取り出した。

 すぐに、ザザッ、とスピーカーの雑音ノイズが小さく響く。

 強化プラスチックでおおわれた、軍用通信機だ。


「── B2班バニー・ツーから本部マザーへ報告。

 日没にちぼつ目視もくし

 繰り返す、日没にちぼつ目視もくし

 返信要求オーバー


 エプロンドレスの少女は、幼いながらもりんとした口調で、通信機に語りかける。


本部マザーからB2班バニー・ツーへ。

 日没を目視、確認した。

 夜間戦闘にそなえよ。

 繰り返す、夜間戦闘にそなえよ。

 返信要求オーバー


 スピーカーから聞こえる返答は、機械音声かとさえ思える程に淡々とした女声。


B2班バニー・ツー、了解。

 夜間戦闘にそなえる。

 通信終了アウト


 小学生くらいの少女は、歯切れの良い口調で返事を返す。

 そして、緊張をほぐすように小さくため息。

 明るい声で周囲の仲間に通信内容を伝える。


「ふぅ~……。

 ── えっと、指示がきました。

 夜間戦闘にそなえてくださ~い」


「はーい、夜間戦闘にそなえまぁーす」


 ウサ耳を頭に付けた年上の少女が、のんびりとした口調で応えた。

 だが、その間延まのびした声に反して、作業自体は手早い。


 周囲の樹木の間に張り巡らされたロープと、小型のテントのようにり下げられた暗緑色の布カモフラージュを回収。

 たたんで小さくまとめると、バックの中に押し込んだ。

 そして、周囲に木のみきに、釣り糸のような細いワイヤーを巻き付け、あちこちに張り巡らす。


 その作業が終わるのを待って、今度は年下の少女が準備を始めた。


 小学生くらいのエプロンドレスの少女は、片手の作業用グローブを外す。

 そして、柔らかそうな指先にナイフの先で、ピッ、と小さな切り傷を付けた。


「ん……っ

 うんしょっと」


 白い柔肌に、真紅のつぶが盛り上がった。


 彼女が、その血の一滴を自分の足下へ落とすと、雑草を踏みならした地面の土へと染みこんでいく。

 すると、幼い少女の影が、生き物のようにうごめき始めた。

 ドクン……っ ドクン……っ と、まるで、脈打つような規則的なリズムで、影が水面のように揺らぐ。


 やがて、影の中心に二つの赤い輝きが生まれた。

 足下の影は徐々に色褪いろあせていき、代わりに中心の一点、血を落とした辺りに漆黒しっこくが集中する。

 闇色へ変わった影の中心一点が、赤い輝きを中心に盛り上がっていく。


「── うーん……えいっ!」


 小学生くらいの少女は、気合いと共に小さくジャンプ。

 両足が尻尾のようにね上がり、エプロンドレスのロングスカートが、小さく揺れた。


 それに連動するように、足下の影が一段と盛り上がり、ポンッ、と何かをき出した。

 影から産まれた黒いかたまりは、ボールのように2転3転と雑草の合間を転がった後に、小さな赤い目を開く。

 ネコほどの大きさで、黒一色の毛並みの『それ』は、首を振って長い耳を小さく振り回した。


「わぁ、パチパチパチぃ。

 影兎ラビ、成功」


 中学生くらいのコウの魔女が、歓声を上げる。

 厚手のグローブでおおわれた手で、音のない拍手をする代わりに、擬音ぎおんを小声でつぶやいた。


「えっへん。

 六花りっかはですね、影身シャドウが得意なのです。

 お姉さまたちに、第5ロットで1番と、ほめられるのです」


 幼いハクの魔女は、胸を張って自慢げに告げる。

 その間に、少女の影から産まれた影身シャドウ ── 黒ウサギが、彼女の足下に駆け寄ってきていた。


 黒い小ウサギは、少女のエプロンを器用によじ登り、さらに小さな肩を足場にジャンプして、少女の頭の上に着地する。

 黒い小ウサギは、少女の頭上に背中を丸めて座り込むと、黒い長耳だけをピコピコと動かす。


 黒いロングジャケットの少女は、破顔はがんして歓声を上げる。


「あー、おそろいだぁー」


「ん、何ですか?

 おそろい……」


 小学生くらいに見える年下の少女が、首を傾げた。

 すると、頭上に居座る黒ウサギがバランスを崩し、転げ落ちそうになる。

 黒ウサギは、慌てて少女の銀髪のつむじ辺りにしがみついた。


 それを見て、中学生くらいの年上の少女は、小さく笑って答える。


「あはは。

 これこれ」


 彼女が、自分の頭に手を伸ばして差し示したのは、頭飾りのウサ耳型アンテナだ。


 年上の少女は、即興の歌を口ずさみながら踊り、黒いロングジャケットを揺らす。


「おそろい、おそろい♪

 ウサウサ、みみ、みみ♪

 ラン・ラン・ラぁーン♪」


 彼女は、最後にターンして背を向ける。

 赤いインナーに包まれた小ぶりな尻と、その上に付いた綿毛飾りを揺らすように、腰を左右に振ってみせる。


 黒いバニー少女は、即興でコミカルなダンスを披露ひろうした。


「えへへっ。

 六花りっかが、小豆あずきお姉さまとおそろいかぁ……」


 幼いハクの魔女は、はにかみながら、つぶやいた。

 彼女は、頭の上にのせた黒ウサギを撫でつつ、立ち上がる。


「おそろい、おそろい♪

 ウサちゃん、ぴょんぴょん♪

 ララ・ララ・ラ~~♪」


 メイド服の少女が、ロングスカートをつまんで、小さくステップを踏む。

 彼女の頭上の黒ウサギも、楽しげに尻尾を振っている。


「あはっ」「ふふっ」


 少女二人は、顔を見合わせて、小さく笑い合った。


「みんなでお出かけ、たのしぃーねー?」


「たのしぃ~で~す!」


 年上の少女が笑顔でくと、年下の少女はその口調を真似まねるように答えた。


 ── と不意に、通信機が作動。

 ザザッ と、耳障りな雑音ノイズを響かせた。


本部マザーからB2班バニー・ツーへ。

 ……なんだか、外から変な歌が聞こえるけど、異常ありませんか?

 返信要求オーバー


 先ほどの、機械的なほどの淡々とした女声が、今は明らかに不機嫌そうだ。


 ── 『ヤ、もちろんヤァー、問題ありませんっ 返信終了アウト!』


 小中学生くらいの少女2人は、慌てて背筋を伸ばし、直立の敬礼をした。

 そして、急いで地面に放り出していた長大なライフルを拾い上げて、儀仗ぎじょうのように立てて持つ。


 そのあわてぶりが墓穴となったのか、通信機からの声がさらに追求してくる。


『……勝手に、返信終了アウトしない。

 まさか二人とも、大切な任務中に遊んだり、していませんよね……?

 返信要求オーバー


 スピーカーの声は、口調こそは優しいが、その分、不穏な響きがどんどんと増している。


「え、あ、あ、あの……お、お姉さ ──」


 幼いメイド服の少女が、何か口を開きかけた、その瞬間。


 ── ピンポンパンポーン!


 吸血鬼に占領された学校の方から、大音量のチャイムが鳴り響いた。

 そして、お嬢様学校の立籠たてこもり事件は、転換点ターニングポイントを迎える。





▲ ▽ ▲ ▽



 その頃、学園内部。


 アヤト達3人は、調理実習室から離れ、階段下にある購買コーナーの自動販売機前まで移動していた。

 魔術の連続発動でスタミナ切れしたマコトと、腹部を銃撃された傷がふさがるのを待っている仁太じんたは、どちらも床に座り込んでいた。


 ひとり平気そうなアヤトが、疲労困憊ひろうこんぱいの様子の2人に、スポーツドリンクを買って手渡した。


「ぷはぁ……ちょっと、落ち着いた」


 マコトは、500mlのペットボトル半分ほど一気飲みして、ため息。

 対して、仁太は、おそるおそるとばかりに、チビチビとペットボトルをかたむけていた。

 それを見たマコトは、怪訝けげんそうに問いかける。


「……もしかして。

 吸血鬼になると血以外はうけつけない身体になって、ジュースとかも飲めなくなるとか?」


「いや……別に、そんな訳じゃないッス。

 単に、一気に飲んだら、腹の穴からこぼれそうで怖いから、様子見ッス」


 仁太は、小さく首を横に振ると、腹部の傷の様子を見るように、手を当てたり離したしている。


「あっそ……」


 期待外れの答えに、マコトは興味を失ったように視線を外す。


 代わりにアヤトが口を開いた。


「まだ、傷がふさがってないのか、お前」


「いやいや、大将たいしょう

 ムチャ言わないで欲しいッス。

 特殊部隊専用の、すごいゴツいライフル銃ではらたれたんッスよ?

 普通の人間だと、一発で致命傷ちめいしょうな感じッスよ?」


「じゃあ、どこかで血を補給しろよ。

 輸血パックとか置いてないのか、この学校」


「いや、輸血パック置いてるとか、どんな学校ッスか?」


「……まあ、そりゃそうか」


 アヤトは、仁太の常識的な反論に、納得の声。

 そして、持っていた紙パック飲料のストローをくわえて、一気に飲み干す。


「あぁ~~、これ美味いな。

 どこのメーカーだ?

 見た事ないマークだな。

 流石はお嬢様学校、ウチみたいな三流大学の生協せいきょうとは違うな」


 アヤトは、『飲むヨーグルト』と書かれた紙パック飲料のパッケージをながめて、満足そうにつぶやく。


「もう2~3本買って、後でじっくり味わおう」


 アヤトは、自販機で続けざまに同じ商品を購入すると、青いウインドブレーカーのポケットをパンパンにふくらませる。


「……一体、何しに来たんだよ、アンタ」


 赤髪の女子生徒は、子供みたな真似まねをする政府部隊の異能者に、呆れ声を向ける。


「まあ良いじゃねえか。

 こんな機会もないと、こんな所に入れないんだから」


「……任務終わったら、好きなだけ来れば良いじゃないか。

 曲がりなりにも、みんなの命の恩人って事になるだろ?」


「ハハっ、無いねえーよ。

 何言ってるんだ、お前?」


 アヤトは、心底不可解という表情を返す。


「……」


 マコトは、青い魔術師がこれまでもたまに見せた無機質な反応に、返す言葉を失う。


「ところで。

 ヤンキーお嬢ちゃん、お前さあ……」


「その『ヤンキーお嬢ちゃん』って、止めてくんない?

 マコトって、ちゃんとした名前があるんだから……」


「ふぅ~……。

 ああ、まあ……いや、なんつーか……」


 アヤトは、何か言いかけて。結局は止める。

 そして、自分から折れるように、マコトの言葉に迎合げいごうする。


「お前がそれで良いなら、そう呼ぶよ。

 ── で、マコト、ちょっとウチの新しい弟子と手合わせしてみないか?」


「え、なんで?」


「良い勝負というか、ちょうど張り合い甲斐がいがありそうなんだよ。

 いま訓練つけてる弟子も、お前みたいに、すぐを上げるんだ」


「── おいっ!」


 マコトは、思わずペットボトルの底で、床をなぐりつけた。

 しかし、アヤトは少女の苛立いらだちの声には構わず、マイペースに話を続ける。


「よくよく考えてみれば、前の弟子は3人同時に訓練つけてて、お互いに競い合ってたからな。

 お前、アイツと年頃も近いし。

 根性が足りんなら、同レベルで競い合わせると意地になるんじゃねえかな、と思ったわけだ」


「アンタなぁ……!

 絶対ケンカ売ってるだろ!?」


 マコトは、荒々しく鼻息をすると、にらむような半眼はんがんでツバを飛ばすように叫んだ。

 しかし、青衣の魔術師は肩をすくめると、少女の怒りを軽く受け流す。


「……あのなあ。

 夜の世界で生きるつもりなら、『それなり』になってから、生意気言ってくれ。

 すぐ『壊れる』ようなヤツに突っかかれても、相手するのも疲れる」


「シッ……<単一異能シングルギア>のくせにぃ……っ」


「マコトちゃん、マコトちゃん……!

 止めて、本当に止めて!」


 制服姿の女子生徒がこめかみに青筋を浮かべると、慌てて用務員が止めに入った。

 すると、赤髪の少女は、止めに入った作業服の青年に苛立ちをぶちまけた。


「わ、ワタシ、もうすぐ<三重異能トリプル・ギア>なんだけどさぁ!

 確かに、コイツ、強いと思うよ!

 確かに強いし、場慣れしてるし、度胸とかもすごいと思うけどさぁ!

 でも、結局はくさりしか使えない、『鎖魔術チェーンギア』の<単一異能シングル・ギア>なんだろぉ!

 低等級ていランクのくせに、上の等級ランクに対して大口叩おおぐちたたきすぎじゃない!?」


 マコトは、溜まった不満を吐き出すように、一気にまくし立てた。

 吸血鬼の青年・仁太は、少女のいかがたつかみ、焦った声で説得する。


「いやいや、さっきも話したッスよねっ

 大将って、旧世代というか前時代というか古参というか ── ともかく、今の常識が通じない人ッス!

 今の基準で判断しちゃダメッスよっ」


「いや、でも、コイツ!

 自分が<達人級異能マスター・ギア>にでもなったみたいな口の利き方するじゃん!?」


 マコトはさらに興奮してきたのか、仁太の作業服をつかんで、怒りの声を上げた。

 それにられるように、仁太も大きな声で反論する。


「いやいや、だから!

 大将、もっとヤバい異能者ヒトなんで!

 『サブロー』の二つ名は、伊達じゃないんで!

 多分それよりふたつかみっつは上だと思って欲しいッスよぉ!」


「いやそれ、おかしいだろ!

 <達人級異能マスター・ギア>より三つも上って、何だよ!?

 <百練異能ハンドレッド>や<千壱異能サウザンド>より上って!」


「いや、よく分かんないけど……。

 でも、多分、そんな感じッスよ? マジで」


「言っておくけど、<狂牙きょうが>の血族の2番手ナンバーツーと引き分けた獣人が、<千壱異能サウザンド>だからな!

 それより上って ── つまり戦闘型の吸血鬼の<血統主ルート>と同じくらい強さって事だろ?

 何だよそれ!

 そんなメチャクチャな異能持ギアもち、居るわけないじゃん!」


 赤髪の少女は、顔をより一層に真っ赤にして、湯気をくヤカンのような勢いでまくし立てる。


 ちなみに、マコトの言う『異能者の等級ランク分け』を、わかりやすく野球で例えるならば、こうだ。

 <達人級異能マスター・ギア>は、甲子園出場校のレギュラー選手くらいの秀才。

 <百練異能ハンドレッド>は、ドラフト指名でプロ球界入りするくらいの天才。

 <千壱異能サウザンド>ともなると、米国アメリカメジャーリーグ1軍で活躍するくらいの超天才。


 マコトが仁太に「<千壱異能サウザンド>よりも上」と言われて、「何だそれ」という反応も、当然の感想だった。


「…………」


 仁太は、少女の手の付けられない興奮度合いに、困ったように辺りを見渡す。


 ── と不意に、ブツンッ、とスピーカーに電源が入る音がした。


『── ピンポンパンポーン!

 あー、テステス、ただいまマイクのテスト中、今宵ハ明月ナリ!』


 丁度、日没したばかり。

 夜の闇が、空をおおい始める頃。


 ふざけた調子の男の声が、お嬢様学校、私立・天峰あまみね学園の校舎の内外に響き渡った。





//── 作者コメント ──//


新年あけましておめでとうございます。


今年はもうちょと、ちゃんと定期更新できるように頑張ります。

という今年の抱負。


あと、書籍化とまでは言わんが、リワードでガバガバ小銭が入って、ウハウハな生活ができたらうれしなー。

という身の程を知らない願望を抱きつつ。




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