051▽ハンガーガール



 硝煙しょうえんにおいが立ちこめる薄暗い校舎。

 4階と3階をつなぐ階段のおどで、音もなく女性のシルエットが立ち上がる。


「本当にこんな手に引っかかるとは……バカかコイツは?」


 妙齢みょうれいの女が、冷ややかな声で呆れ果てるようにつぶやいた。

 彼女は、<DD部隊>の隊員だ。

 コウ魔女デミドラの証、黒髪にウサ耳のようなアンテナと、バニースーツのような赤いインナーが半分だけのぞいている。


 彼女の声に反応するように、その視線の先の人物 ── ピンの付いたままの手榴弾をスライディング・キャッチした、灰色制服の男が首だけ持ち上げる。


 男が何かするより早く、コウ魔女デミドラは小銃を構えて引き金を一度。

 ドドドン! と3連射がとどろく。

 大口径弾丸は、廊下の床に横ばい状態のままの立籠たてこもりはんに全弾命中。

 不死身を誇る吸血鬼にも致命打ちめいだとなりえる銀殻十字弾SCM弾が、その脇腹を食い破り、肺にも大穴を開けた。


「── ガァ、ヒュ……ッ」


 横ばい体勢の男は、口から鮮血をし、その後に喉笛のどぶえを鳴らすような呼気こきらした。

 同時に、手榴弾グレネードつかんでいた両手から力が抜ける。

 カラカラカラ……、と深緑色の金属球グレネードは落ちて転がっていく。


 鋭い目つきの<DD部隊>隊員は、敵の手から武器が失われたのを確認すると、遮蔽物しゃへいぶつに隠れている味方に片手で合図ハンドサイン

 同じくコウ魔女デミドラ格好かっこうをした、10代半ばの少女が立ち上がった。

 少女は、階段の手すりの上に武器を乗せるように構え、残り1人の敵を警戒する。


 年上の隊員は、相方バディの援護態勢を確認すると、慎重な足取りで踊り場から階段を降りていった。


 彼女は、成熟した肉体を、ピッタリした白い被服ウェアで包んでいた。

 その白い光沢ある生地は、まるで潜水服ダイバースーツ革ツナギライダースーツのようだが、下半身から腹部までの身体半分しかおおっていない。

 鳩尾みぞおちより上は、赤いブラジャー的なインナーがのぞいており、肩や腕は色白な肌がむき出しだ。

 まるで着替えている最中のようにも見える、妙になまめかしい格好だった。


 そんな色気ある年上の隊員が、細い手に不釣ふついな巨大な金属のかたまりを持ち上げる。


「食欲と性欲しか頭にない野良犬ども、とは聞いていたが。

 投げた物にすぐ飛びつく、まさに犬だな……」


「……ヒュー……ヒュー……」


 妙齢美女の失笑まじりの声に、倒れていた男が再度、顔だけ持ち上げる。

 男は、何か言いたげに口を開くが、とかすかに空気がれる音が響くだけ。


 彼女は、亀のように首を伸ばす立籠たてこもりはんの頭に、巨大な金属塊きんぞくかいの ── 改造小銃の先端を突きつけた。


 ドドドン! と、爆音ばくおんと共に頭部が半壊はんかいする。


「フン……っ」


 彼女は、次いで死体を蹴飛けとばし仰向あおむけにすると、心臓の辺りに銃弾を撃ち込み、胴体の上半分を念入りに破壊した。


 彼女達、<DD部隊>隊員たちが持つ巨大な金属塊きんぞくかいにしか見えない銃器は、対魔物・対吸血鬼専用小銃アンチC&Aカービン:ヘキサCⅣシーフォー

 その概要がいようを簡単に言えば、接近戦に対応するため盾や鈍器としての機能を追加した、改造小銃カスタムライフルだ。


 小型化した軍用小銃アサルトライフルであるカービン銃を、六角形の金属枠フレームで囲い、右面に盾を取り付けた物だ。

 右側面から見れば、六角形の盾からはみ出すように、上辺に取っ手部ハンドルがついているため、ビジネスバッグのような外観だ。

 左側面から見れば、プラモデルの部品を支える鋳造枠ランナーの様でもある。


 本来、銃器は精密部品の塊であり、わずかな変形やゴミの付着などでも機能不全を起こすような、繊細な代物だ。

 だから、接近戦闘では、銃身にナイフ取り付た『銃剣』という、槍代わりに使う程度がせいぜいだ。


 もしも盾や打撃武器の代わりとして殴り合いに使おうものなら、当然すぐに壊れて動作不良になってしまう。

 最悪、銃弾の火薬が暴発ぼうはつして、使用者が死傷する可能性もある。


 そんな壊れやすい精密兵器を、白兵戦でも十分対応できるように、金属の角パイプで囲み、パイプ内部に衝撃分散用にジェルを注入し、打撃部分となる前方にはボルトを取り付け、はりのよう曲がった補強枠を交差させ、銃の操作の邪魔にならないように盾を取り付け、さらに盾の曲面に風圧対策の切れ目スリット穿孔パンチを開け、射撃振動でガタつきやブレがないように本体固定部品を作成して、銃本体にダメージがいかないように衝撃緩衝材を詰め込み……──


 ── そんな風に改造に改造を重ね、外枠フレームへこむ程の殴り合いしても射撃に支障がきたさない程に強化した結果、総重量13キログラムを超過ちょうかする鈍器どんきと化した小銃。


 それが、一見は巨大金属塊きょだいきんぞくかいである、対魔物・対吸血鬼専用小銃:ヘキサCⅣシーフォーだ。



 ── と、不意に廊下に足音が響く。

 重量感のある足音が、慌ただしく遠のいていく。


「今さら逃げるか。

 判断が遅い……っ」


 美女は呆れたようにつぶやき、残りの敵兵が逃げていった方とは逆方向のカーブに駆け寄った。

 彼女が、廊下のカーブ手前の壁に張り付くと、巨大武器で両手が塞がった女の背中から、白い帯のような物が伸びた。

 それは、3本目の腕として精緻せいちに動作し、改造小銃ヘキサCⅣの上部取っ手ハンドルそばから格闘ナイフを抜き出すと、カーブの先に刃を突き出す。

 格闘ナイフの磨き上げられた刀身は、鏡のように景色をうつし、カーブ先をのぞき見するためのミラーの代用品となる。


「左、敵影なしクリア

 よし行け!」


了解ヤァーっ!」


 合図を待っていた相方バディの少女が、勢いよく飛び出した。


 対して、犯人グループのもう一人の男・内村は、追ってくる足音に首だけ振り向いた。


「クソぉ……っ」


 彼は悪態をつくと、すぐに身体の向きを反転させる。

 小走りに後退しながらも、追っ手の少女に小銃を向けた。


 ── タララ! タララ!

 窓が暗幕で覆われた薄暗い廊下に、射撃炎がまたたく。


 しかし、10代なかばで、顔にあどけなさの残る少女は、ばらまかれた銃弾にまるでひるまず、ジグザグ走りで銃弾をかわしつつ、切迫する。


 男は舌打ちを一つ、立ち止まって銃器を操作。

 グリップの上にある『つまみ』を切り替えた。


「こいつなら、どうだっ!」


 3点バーストというセミオートから、フルオートに切り替えた小銃を、片手で横倒し構えると、胸の高さで横薙ぎに振り回す。

 変則的な掃射だ。


 銃撃は点の攻撃であるため、距離が開けば命中しずらいという欠点がある。

 掃射とは、その欠点を埋める物で、横に一文字の直線を引くように連射する事で、必ず敵に命中させるという射撃技術テクニックだ。


 幅2メートルほどの廊下を駆け寄ってくる、少女兵士には逃げ場はない。


 ── そのはずだった。


 しかし少女は、そんな行動は見越していたかのように、窓側の壁を蹴って高々と跳躍した。

 銃弾が描く横一文字の線を、軽々と飛び越える。

 そして逆の壁 ── 教室側の壁をキックする直前、尻尾のような物が伸びて支柱に絡みつき、身体を引き寄せて勢いを増す。


「そんなの反則だろぉ!?」


 立籠たてこもりはんの男は、<DD部隊>の少女隊員の想像をえた対応に、理不尽りふじんなげくようなさけびを上げる。


 この魔女デミドラの少女も、年上の相方バディと同じように、白いジャケットによる強化装甲が胸の下までしかおおわれていない形態だ。


 ── 外装駆動Jドライブ狭間交戦形態ハンガーモード

 屋内や閉所での戦闘のための特殊機動モードだ。


 その最大の特徴は、腰の後ろから伸びる尻尾のような長帯ながおび

 第三の腕として駆動するそれは、教室のアルミサッシや廊下の柱をつかみ、あるいは押して勢いを増し、ジグザグの連続ジャンプを助勢サポートする。


 廊下の天井すれすれの高さを、両脇のかべを蹴ってジグザグに飛ぶ少女は、敵の銃照準を翻弄ほんろうしつつ、すれ違いざまに男の左肩を踏みつけた。


「ぐぅ……っ」


 犯人グループの一人・内村は、バランスを崩し尻餅しりもちをつく。


 <DD部隊>の少女は、その勝機チャンスを逃さない。


 敵の後方で身体を捻って振り返ると、教室のドアの支柱に『着地』。

 さらに、尻尾のような白い長帯ながおびを巻き付けて、壁面に垂直に立つ形で自身の身体を固定。


 尻餅しりもちをつく灰色制服のの中央に、赤いポインターが点った。


 ── ドドドン! と、3連の爆音が教室の廊下面のガラスを震わせた。


 さらに少女隊員は、壁から駆け下り、倒れた敵に再度3点バーストを撃ち込む。


 そこに相方バディである年上の隊員が、廊下の前後を確認しながら歩み寄ってきた。

 彼女は、少女が敵にとどめをした事を確認すると、通信機インカムのスイッチを押す。


P1班プギィ・ワンから本部マザーへ。

 B棟3階ブラボー・サード敵2と遭遇ツー・バッズ敵2を排除ツー・キル

 このまま北側棟内ノース・エリア安全確認クリアリングを開始する。

 返信要求オーバー


本部マザーからP1班プギィ・ワンへ。

 B棟3階ブラボー・サード北側棟内ノース・エリア安全確認クリアリング開始、確認した。

 安全確認クリアリング完了後は一時待機ポーズ、次の指示を待て。

 繰り返す、安全確認クリアリング完了後は一時待機ポーズ、次の指示を待て。

 返信要求オーバー


「了解、安全確認クリアリング完了後は一時待機ポーズ、次の指示を待つ。

 通信終了アウト


 年上の隊員が通信を終えると、少女隊員が手の届く範囲にまで近寄ってきていた。

 少女は、得意げな顔で上目遣いをする。


「ほらぁ~、蓮花れんかの言った通ぉ~りっ

 ねぇねぇ、姉さん?

 ああやって爆弾投げると、みんな慌ててビックリして、おかしいのっ」


「ふぅ……お前達のわるふざけが役に立つとはな」


 妙齢の女性はため息の後、少女に呆れ混じりの声をかける。


「そうです、蓮花はお役に立ったのです!

 いっぱい、いっぱい頑張ったのです!」


「わかった。

 勲功表くんこうひょうには、きちんと書いておく」


 しかし少女は、相手のつれない反応が不満のようで、首を激しく横に振る。


「ち~が~う~っ

 抱擁ハグなのっ!

 『蓮花れんかちゃん頑張ったね!』の抱擁ハグぅ!」


 少女が駄々だだっ子ように主張を続けると、年上隊員の視線と口調がさらに冷え冷えとしてくる。


「……おい、お前っ」


 しかし、蓮花れんかという少女は、少しひるんだものの、ゆずらない。


「だ、だって……でもぉ……。

 マスターが『ちゃんと頑張った子はほめなさい』って。

 言ってたもん……言ってたもん……!」


「── ち……っ」


 年上の隊員は舌打ちをすると、苛立ちを抑えるように額に手を当てて、年下の少女に背を向ける。


「── ふぅ……もうっ」


 彼女は、背を向けたまま、深々と息をいた。

 それは、ため息と言うよりも、破裂寸前はれつすんぜんまでふくらんでいた風船ふうせんから少し空気を抜くような、緊張感のやわらぐ物だった。


 そんな吐息と共に、近寄りがたいかかたが、柔和にゅうわかたへと変わる。


「もう、仕方ない子ねぇ……」


 そして、年上の隊員が振り返る。

 彼女の鋭かった目尻めじりがだいぶん下がり、雰囲気ふんいきゆるんでいた。


「……困るわぁ。

 こうやって『いつも下の子を甘やかしてる』って私が怒られているのよ?」


「── ♪」


 だから年上の女隊員が少し説教じみた口調で言っても、少女隊員の顔には緊張よりも喜びの方が強く表れている。


 そもそも、妙齢美女の声は、先ほどまでは冷水のような凜とした物だったのだが、今は春の日差しのように穏やかで温かい。

 この温和な声に指示されて、緊張感を持てと言われる方が難しいだろう。


「だからね。

 抱擁ハグしてあげるけど、それはお仕事が終わった後よ?」


 年上の隊員は、兵士の顔をやめて姉の顔に戻ると、わがままな妹の頭を優しくでる。


「うんっ!

 赤音あかね姉さん、だ~いすき~ぃ!」


「もう、調子が良い子ねぇ……」


 柔らかな雰囲気になった姉は、少し眉を寄せて、抱きつこうとする妹を押し止める。


「── ハァ……イヤだわぁ。

 また皆に『下の子にめられている』とか言われそう……」


「姉さん、ペロペロぉ~」


「もう、ふざけないの……っ」


 足下に転がる男の死体には一顧いっこだにせず。

 戦場の最中というのに、魔女デミドラの姉妹はなごやか空気を漂わせていた。





//── 作者コメント ──//


 前回のエリート隊員(笑)さんのせいで、更新ストックが切れてやばい事に。

 アイツ、すぐ死ぬ役回りのくせに、ムチャクチャ書きにくくて超迷惑。



2020/01/02訂正

× A棟3階アルファ・サード

 → ○ B棟3階ブラボー・サード




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