§07 校内探索

052▽吸血暗示



 男2人が、死後硬直した男性の遺体を引っ張り合い、服をぎ取っていた。

 死人から持ち物を奪うなど、非道としか言いようのない下卑げび所業しょぎょうだ。


 その非道を行う悪党2人は、アヤトと仁太じんた


 残暑の高気温と、締め切られた屋内のためか、中年男性教諭の死体は既に死後硬直が始まっていて、関節が硬い。


 それを男2人で四苦八苦して、ワイシャツ・スラックスの上下を脱がせ、3人目の人物に手渡した。


「あとは任せるッス」


「まあ、俺らがやる訳にはいかんな」


「……わかったよ」


 仁太、アヤトの順で告げると、三人目の人物は小さく了解の声。


 外傷の少ない死体から選りすぐられた、損傷や汚れが少ないワイシャツとスラックスを受け取ったのは、少年的ボーッシュな少女・中西マコト。

 彼女は、困惑と不満が残る顔だったが、結局は大人しく指示に従った。


「それじゃあ、男はあっち向いてて」


 そして、アヤトと仁太の男2人に、追い払うような手振りをした。


「はいはい」


「了解ッス」


 男二人が背を向け少し離れてから、しばし。


「……いいよ、こっち向いて」


 中西マコトの言葉に、二人は振り返る。


「……流石に、ちょっとサイズ大きいッスね」


 仁太がそうひょうすると、マコトがベルトでウエストを締めながら、うなづく。


「まあね……」


 するとアヤトが、我慢しろとばかりに口を挟んだ。


「他のはションベンまみれ、クソまみればかりなんだ。

 汚れてないだけマシだろ」


 その3人の視線の先には、先ほどまで全裸だった女性教師。


 女性教師は、突然の暴虐ぼうぎゃくに身も心も傷つけられたはずながら、不思議な程に穏やかだ。

 それどころか、死人からぎ取られた衣服を着せられても、嫌がったりする様子もない。


「……?」


 女性教師は、夢心地のようなほうけた表情のまま、小首をかしげる。

 同性の生徒が身だしなみを整えてやると、大人しくされるがままで、少しくすぐったそうに微笑む様子は、精神が退行して幼くなった様ですらある。


 女教師のそんな様子に不安を覚えたのか、着替えを手伝っていた女子生徒が念を押すようにたずねた。


「ところで、お前のソレ、本当に大丈夫なんだよな。

 後で、変な後遺症こういしょうとか副作用ふくさようとかないよな?」


 仁太は、先ほどまでの真面目な口調から一転、砕けた親しげな言葉使いで、マコトに対応する。


「マコトちゃん、『お前』呼ばわりはひどいッス。

 用務員のお兄さん、もしくはジンちゃんでお願いするッス」


「うるさい、吸血鬼!

 そんな事より質問に答えろっ」


 中西マコトは、誤魔化されたと感じたのか、苛立いらだたしげに怒鳴る。

 すると、作業服の吸血鬼の代わりに青い魔術師が口を開いた。


「安心しろ。

 青系血統の吸血暗示きゅうけつあんじは、酒にったくらいの物だ。

 ひと晩寝ればスッキリだ。

 貧血になるくらいしょっちゅう吸われない限り『淫血いんけつバカ』 ── って言ってもわからんか、中毒というか依存症みたいな感じにはならないよ」


「そうそう、ちょっとした催眠さいみん状態ッス。

 大人しくなってくれるッスけど、判断力が下がるのが難点ッスね。

 だから大将には、出入り禁止の結界的な術をお願いしたいッス」


 仁太の要請に、アヤトは頷く。

 しかし、少し考えて内容修正を提案した。


「それは構わんが、これだけ広い空間だと色々アレだ。

 個室トレイみたいな所にこもらせる方が安全だと思うが?」


「あー……、じゃあ職員室の中に給湯室があるんで、そこでどうッスか?

 部屋の広さ的には、そんな感じなんで」


「じゃあ、それで構わん」


「了解ッス。

 それじゃあマコトちゃん、川村センセ連れてきて欲しいッス」


「わかった……」


 中等部の生徒が手を引くと、女性教師は素直に付き従う。

 人なつっこい幼子のようになった教師に、マコトは戸惑いと不安の入り交じった表情で、何度も振り返る。


 仁太が、給湯室の最奥に丸座面のパイプ椅子を置き、そこに座るように川村女史へ指示する。


「しばらくしたら戻ってくるッス。

 それまでは怖くても我慢ッスよ?」


 仁太は、ぼんやりとした女教師へ言い聞かせ、彼女に未開封のペットボトルを1本手渡した。


 アヤトは、仁太が給湯室から出てくるのを待って、鈍色のコインを1枚放り込む。

 ドアを閉めると、中でジャラジャラと鎖の音が響いた。


「これでドアは内部から封鎖済み。

 とは言っても、完全密封すると中が酸欠になる。

 そこを加減したから、あんまり強度がない。

 『吸血鬼でも蹴破るのに苦労する』程度だ」


 アヤトが確認するように告げると、仁太は満足そうにうなづいた。


「連中に捕まりにくい状況なだけで、十分有り難いッス」


 真夏に全身コート、作業服の男、ブレザー制服の少女、という異色の3人が揃って職員室から出た。

 廊下は、心なしか職員室の中よりも暗い。

 時間帯は、ただでさえ暗い夕暮れ時で、さらに廊下の窓が全て覆われ、外の光が塞がれている。

 窓を塞ぐ暗幕代わりに使われた、黒いビニール袋の貼り合わせの隙間から所々光が差し込み、うっすらホコリが舞う様は廃墟のようでさえあった。


「はぁ~~……」


 少年的ボーイッシュな女子中学生・中西マコトは、長々とした息をつく。

 肺の中に残る死臭と腐敗臭を追い出す、控えめな深呼吸だ。


 彼女は数度そんな呼吸をした後、アヤトに尋ねた。


「……これから、どうするんだ?」


「そうッスね。

 大将この後のプラン的な物はどうなんスか?」


 仁太も、そう尋ねてくる。

 先陣を切って歩くアヤトは、振り返りもせずにボソボソと答える。


「このまま1階を歩き回る。

 メインは状況確認だ」


「上の階は?

 それに別棟べつとうの方はどうするんだ?」


 マコトは、どこか焦りの感じられる早口で、問いただす。


「…………」


 アヤトは答えず、口の前に人差し指1本を立てる。

 彼が、他2人に静かにするようにジェスチャーで示すと、階上からノックのような、何か激しく叩くような音が響いてくる。


「始まったな……。

 銃撃戦だ」


「これが、じゅうの音……なんだか花火か爆竹ばくちくみたい」


「あー……そう言えば、どっちも火薬ッスねー」


 マコトと仁太は、上階から響いていくる爆発音に、意外そうな表情。

 ドラマや映画で聴く銃撃の重低音の効いた音響をドラムとするなら、現実のそれがタンバリンのように軽く思えるのだろう。


 もっとも、それは音の発生源が離れたり障害物があって拡散している事などが原因であり、耳元でやられたら鼓膜がイカレて耳鳴りがする程に響くのだが。


 アヤトは、2人の感想には取り合わず、先頭を歩きながら説明を続ける。


「うちの部隊の連中が、上階うえから制圧しながら降りてくる。

 コイツらは、追い込み役だ。

 俺の役目は、1階に逃げてきた全員を捕まえる事。

 ── つまり、追い込み漁の『あみ』の役目だ。

 そして人質と犯人を選り分け、つぶす」


 思わず立ち止まっていた二人が、慌てて追いついてくる。


「そう簡単に言うけど……人質、本当に大丈夫なのか?

 間違えて撃たれたりとか……」


 マコトは強気なまゆを曲げ、少し不安そうな表情。


 アヤトが先ほど、『相手構あいてかまわず頭を撃ち抜く』等とおどしたせいだろう。

 しかし、本人は特にフォローをする気がないのか、軽く肩をすくめる。


「さあ?」


「『さあ?』ってお前 ── 」


 アヤトの気のない返事に、マコトがみ付いた。

 アヤトは、こらえ性のない少女とのやりとりが多少面倒になってきたのか、相手の台詞にかぶせ気味に説明する。


「── お前みたいにムダに血の気が多いヤツが突っかかってきたら、『うっかり』をしない保証がない。

 だが、人質全員が育ちの良いお嬢様なら、ビビって丸くなるか、下の階に逃げてくるかのどっちかだろう。

 それなら大丈夫じゃないか?」


「じゃあ、人質の生徒が大人しくして居れば、ちゃんと助けてくれるんだよな?」


「…………」


 マコトが念押しすると、アヤトは口を開くのが面倒なのか、むっつり口のまま宙に視線を向ける。


 すると、先ほどから噛み合わない2人の折衝役をやらされている、作業服の吸血鬼が口をはさんできた。


「そりゃあ、もちろんッスよね、大将?

 経済界のお嬢様なんスから、政府も気をつかうッスよね?」


「まあ……それっぽい事は言われた」


 アヤトが根負けしたように、ため息混じりにつぶやく。

 すると、マコトはようやく、ほっとした表情を浮かべた。


「……そうか」


 アヤトは少し足を止め、廊下を小走りでついてくる2人を待って、再度歩き始める。


「上手く1階ここまで逃げてきたお嬢様方は、お前ら2人で相手しろ。

 見ず知らずの俺のより安心だろうし、顔見知りの方が話も早い」


「了解ッス」


「じゃあ、1階に逃げてこなかった生徒は?」


 アヤトの言葉に、仁太が頷き、マコトが問い返す。


「そっちは部隊の後衛というか、救助きゅうじょ担当みたいな連中が屋上に連れて行く。

 それで、後でまとめて回収だ」


「わかった。

 でもなんか、ちゃんとしてるんだな。

 アンタ、さっき『皆殺し部隊』とか言っておどすから、色々心配したよ」


 ブレザー制服の赤髪少女が、少し明るい口調で、愚痴ぐちっぽく言う。

 アヤトは横に並んで歩く少女に、視線だけ向けると、思い出したように告げる。


「そう言えば、お前のさっきの棒手裏剣みたいな、風で飛ばしたヤツ」


「ああ、もしかして『刃創じんそう』の方術?」


「ああ、それそれ。

 1本貸せ」


 青い長衣の魔術師はそう言いながら、片手を差し出す。

 ブレザーの少女は、彼の小柄ながらもいかつい手の平を、片手で押し返す。


「……自分で作れよ」


「ムリ。

 俺には騎士能力きしのうりょうくの適正が無いねえんだよ。

 魔術まじゅつが3で、獣人じゅうじんが2くらいだ」


「これだけ偉そうな態度のくせに、ただの<二重異能ダブル・ギア>かよ……」


 マコトは呆れたようにつぶやいた後、異能者の呪句・禍詞かしやカオスコードと呼ばれる物を口にする。

 すると、手の平の上で火の玉が生まれ、爆ぜ、菱形の刃物が生み出される。


「ほら……。

 それで、こんなの、どうするんだ?」


 アヤトは手渡された刃の強度を確かめるように、切っ先を指で弾き、曖昧あいまいに答える。


「ああ、ちょっと例し斬り」


「変な事につかうな ── 」


 中西マコトがそう言いかけた瞬間、


 ── ガシャン……ッ! と、まるで金網フェンスにぶつかるような音が、後方より響いた。


「なんだ!? このぉっ!」


 さらに険悪で野太い男声と、ガシャガシャと金属を揺らす音が続く。


 アヤト達3人が振り向けば、灰色制服の男が1人、巨大な蜘蛛の巣に引っかかったようなちょうの体勢で、もがいていた。

 背後からひそかにせまっていた男が、いつの間にか廊下に張られていたアヤトの鎖の防御網に引っかかったのだ。


 相手は、慌てて鎖の防御網ネットから身を離そうとする。

 しかし、勢いよく鎖の編み目に手足を突っ込んだようで、それを引き抜く前に編み目が狭まり、さらに手首・足首やかたこしにまで鎖が巻き付いていき、逃れる事ができなくなっていた。


「な……っ!」


「いつの間に背後に……っ!?」


 驚いたマコトと仁太が、警戒の表情で数歩下がる。

 代わりに、アヤトが青長衣ウインドブレカーのフードをかぶり、無造作に進み出た。





//── 作者コメント ──//


な、なんとか2週連続の更新停止は回避できた……。

4.5号機のストック切れが懐かしいとか、

そんなアホな事言ってた天罰デスね、これ。


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