050▽スマートな勝利



 今から6年前の、大学2年生の冬休み。

 東山ひがしやまは、成人式に出席するため地元に戻っていた。


 彼は、高校では生徒会役員だったし、中学校でも模範的もはんてき生徒だった。

 そのため、地元の同窓会みたいなイベントには必ず呼ばれ、実行委員に近い事もよく任される。


 成人式の式典は、午後2時開始予定だった。

 だから午前中に実行員が全員集まり、2次会のパーティーの会場準備まで済ませる。

 そして昼食に向かおうとすると、見覚えのない顔に呼び止められた。


 中学生時代によく通った喫茶店で、旧知らしい彼と向かい合って座る。

 お互いにシシリアン・ライスを頼んで、近況報告を交わし合った。


「しかし、本当に変わったよな。

 斉藤さいとう、だよな?」


「ああ、そう、俺。

 東山ヒガちゃんと、小学校2~3年でいっしょのクラスだった」


「でも、何だよその格好」


「似合わない、かな?」


 東山ひがしやまの視線に応じて、相手の男は真紅のネクタイを締め直した。


 見るからに、安売り大量生産イッキュッパ・スーツとはデザインも生地もまるで違う。

 その漆黒のスーツは、襟袖えりそでや肩幅のサイズに違和感がない事から、貸衣装とかではなくオーダーメイドなのだろう。

 それを、まるでいつも着ているかのように、着こなしている。


 金を持ってる奴と仲良くしておいて、損はない。

 それが、東山ひがしやま同性ヤロウなんかを昼飯に誘った理由の一つである。


「似合うけどさ……似合い過ぎて、ホストみたいだ。

 昔のイメージと違いすぎるからさ」


 暗に、『格好よくなった』とめておく。

 だが、男同士の趣味があると勘違いされても困るので、少し茶化すような前置きワンクッションも必要だ。


「まあ昔は、メガネで暗くて、天パで毛深いから、ゴボウって言われてて。

 だから、イジメられてたもんな」


「そう、だったな……」


「うちの親が、東山ヒガちゃんの親父さんの所で働いてたらから。

 東山ヒガちゃんの家の人だけが、いつも優しくしてくれた」


「……あ、ああ……」


東山ヒガちゃん、俺なんかと違って優秀だから。

 高校は都市部まちの方で、中々会えてなくて、ちょっと寂しかったよ」


「………………」


 東山ひがしやまは、そこまで話して、ようやく相手の人となりを思い出していた。

 正直に言えば、この時点では、昼飯に誘って失敗したと思っていた。


 つまんない奴は、つまんない話しかしない。

 だから人気が無い。

 だが『そんな奴ら』にもへだて無く声をかけてやるのが、『感じの良い優等生・バージョン2』だ。


 しかし、それを演じるのは、精神の余裕がある時だけと決めている。

 完璧を演じるのは、かなりの神経を使うからだ。

 正直、疲れる。

 いつもなんて、やっていられない。


 こんな、イベント当日で最後の事前準備に忙しく、何かとバタバタしている最中に、『こんな奴』の相手をするのは面倒臭めんどうくさい。


 少し疲れていた東山の顔には、普通なら笑顔の下に圧殺する感情が、わずかに表層まで浮かび上がったのかもしれない。


「ああ、ごめんっ

 俺の事ばかり、一方的に話しちゃって。

 彼女にもよく注意されるんだ。

 『君って自分の事ばっかりで、相手の言う事聞いてないよね』って」


「……彼女なんて、いるのか?」


 東山の記憶にある『父の従業員の息子』は、まともに女性と交際できるとは思えない程に、陰気で鬱屈うっくつとした暗い性格だったはずなので、本当に驚いた。


「俺みたいな奴には、もったないような女性だよ」


 激変したクラスメイトは、穏やかな顔で、小さく笑った。

 照れた笑顔には、明確な男としての自信もただよっていた。

 そして、自分のつらい過去を、軽く笑ってませられるような、大きな余裕が見て取れた。


「一体……どうしたんだ、お前?」


 東山は、思わず怪訝の声を上げる。

 自分の家は、あまり経済的な余裕があるとは言えなかったが、それでもこの元クラスメイトよりはマシだった。


 この元クラスメイトは、最近では珍しいほどの貧乏で、着る服にさえ困るような、父子家庭の子。

 職人気質しょくにんかたぎの父親は、仕事こそは真面目にこなすが、家では毎日酒浸さけびたり。

 費用が捻出ねんしゅつできず、小学校の修学旅行すら休んだといううわさも聞いた気がする。

 その身に降りかかる不幸を表すように、常に泣く手前のような面構えで、上目使いの目には、うっすら涙と暗い情念がれていた。


 その過去の記憶と、目の前の穏やかで端正な笑顔が、まるで結びつかない。


「ねえ、東山ヒガちゃん。

 俺が不死身になったって ── 吸血鬼になったって言ったら、信じる?」


 クラスメイトが、得体の知れない笑顔のまま、ふところから取り出したのは匕首ドスのような、刃渡り20~30センチの大型ナイフ。


 東山は、その凶刃の鏡のような光沢に、思わず震え上がる。


(なんだ、コイツ……っ

 ── まさか成人式で、イジメていた連中に復讐ふくしゅうでもするつもりなのか!?)


 東山の脳裏のうりに浮かんだのは、そんな最悪の想定だった。

 全国ニュースで沙汰ざたされて、『惨劇さんげきの成人式』とマスコミが面白おかしく連日にぎあわせる事まで連想した。

 しかし、斉藤という元クラスメイトの行動は、東山のそんな予想を完全に裏切った。


 ── ドンッ!、とナイフを突き立てた。


 元クラスメイト・斉藤が、彼自身の手の平に、だ。


「あ~~……テーブルまでいっちゃったかな?」


 斉藤は呑気に言いながら、ナイフが刺さった腕を持ち上げる。

 その刃は手の平の骨の間を貫いており、テーブルには小さくも深く、刃の傷跡きずあとが刻まれている。

 彼は、ナイフの刺さった手で、開いたり握ったりを何度か繰り返す。


ぅぅ……

 さすがに、ちょっと痛いなぁ……」


「── ば、バカ、何やってるんだお前!

 きゅ、きゅきゅうしゃっ

 救急車を……!」


 東山が慌ててスマホを取り出すと、クラスメイトは無事な方の手で差し止める。


「大丈夫だって、見てて」


 斉藤は、強く拳を握り締めたまま、ゆっくりとナイフを引き抜いていく。

 筋肉が血管や傷口を強く締め付けているのか、血は一滴二滴ちるだけで、ほとんど流れない。


「ほら、再生が始まった……。

 ここ、よく見て」


 東山は言われるままに、相手のにぎこぶしこうきざまれた傷跡きずあとを見つめる。


 すると、まるで朝顔の花弁がゆっくり閉じていくように、縦長の傷口が端から合わさっていく。

 数分もすれば、赤い肉がのぞいていた傷口は縫合ほうごうされたように閉じてしまい、傷跡の線は残っているが、血の一滴も流れてこない。


「……すげえっ」


 東山の声が震える。


 例しに、そのクラスメイトに、手の平の方も見せてもらったが、同じように傷口は閉じてしまっていた。


「……すげえっ」


 東山は、驚愕きょうがくのあまり、その言葉しか出ない。

 しかし、相手は、困ったような苦笑い。


「こんなの、吸血鬼の能力のほんの一部だよ?」


「もっと、すごい能力があるのか?」


「ああ、もちろんあるよ。

 見てみたい?」


「み、見せてくれ!」


 東山の、一も二もない反応に、相手はくすぐったそうに笑う。


東山ヒガちゃんだけ特別だよ?」



 ── そして、東山は全てを捨てた。


 家族、友人、恋人といった人のえんも。

 難関大学の学生という、苦労の果てに得た立場も。

 一流企業へ就職して金銭に不自由しない人生、という長年の夢も。


 不死身の吸血鬼への転化てんかとは、比べるまでもない。


 結局のところ東山は、『誰からもうらやまれる特別な存在』になりたかったのだ。

 もう、かげで悪口を叩かれ、日向ひなたあわれまれるような、そんな悔しい思いはごめんだった。

 そのために、あらゆる不条理に耐え、あらゆる努力をしまなかった。


 だから、貧弱な人間から超常存在ほんとうのエリートに『成り上がる』事が出来ると知れば、何を捨てる事も躊躇ちゅうちょはなかった。





 ▲ ▽ ▲ ▽





 射撃音が響くたびにコンクリート壁に弾痕だんこんきざまれ、白い破片や粉塵ふんじんが舞う。

 また、窓を閉め切った屋内に黒色火薬の煙が滞留たいりゅうして、花火の後のようなにおいが立ちこめている。


 校舎3階の昇降口で、単調な銃撃が何度り返された後だったか。


「── ~~~~っ!」


 上り階段の手すりコンクリート壁の向こうから、何か叫びが聞こえた。


 東山ひがしやまの耳には、『ロブット』だか『ロビート』だか、その辺りに聞こえた。

 あるいは、そのどちらとも違う、まるで意味がない言葉かもしれない。


 敵側に察知されない目的で、意味不明なけ声を使うという事も、聞いた覚えがある。


 果たして、叫びから2秒ほどで、何か丸い物が投げられた。

 それは、カカンッ、とコンクリート壁と床に当たり、不規則にね回る。

 野球の硬式ボールよりやや大きいくらいで、深緑の塗装がされた金属の球体。


 それが、下り階段を跳ねながら降りてきて、昇降口へと向かってくる。


「── 待ってたぜ、バカ共!」


 東山は、嬉々と叫び、コンクリート壁の陰から飛び出した。

 肩掛けの小銃を置き去りに、ビニール素材の床を滑り込む。

 野球のヘッドスライディングのような滑り込みで、下り階段の最後一段をねた金属球体を無事にキャッチ。


 東山は身を起こして中腰になると、すぐさま下手投げアンダースローで投げ返す。

 金属球はゆるやかな放物線ほうぶつせんえがき、踊り場の左側へ、コンクリート手すりでさえぎられた向こう側へと落ちていく。


 この時点で、突入部隊が手榴弾グレネードの起爆ピンを抜いて、すげに4秒以上過ぎているはずだ。

 通常、手榴弾グレネードの起爆タイミングは、ピンを抜きレバーを外して、5~6秒程度。


 ── つまり、投げ返されて慌てふためく敵には、もう既に手榴弾グレネードを拾って投げ返す時間的余裕はない、という事だ。


「── はっ!」


 東山は立ち上がり、鼻息荒く拳を振り上げガッツポーズ。

 そして、ボウリングでストライクを決めた時のように、すぐさま昇降口に背を向けて相棒の方へ歩いて行く。


能率的スマートな勝利だ……っ」


 東山は、帽子の位置を直しつつ、そうつぶやいた。


 銃撃とは『直線』軌道きどうの攻撃なので、壁などで射線を防がれる弱点がある。

 その補完が『軌道きどう、つまり放物線を描いて壁を回り込む、手投げ式爆弾グレネードだ。

 だから、銃撃戦で硬直状態になれば、手榴弾に頼るのは定石セオリー


 ── その定石セオリーの裏をかく。

 それが、東山の作戦だった。

 

 敵が手榴弾グレネード投擲とうてきするのを待ち構えて、すぐに投げ返してやるという、言葉にすれば簡単な作戦だ。


 だが、難易度は極めて高い。

 敵も、投げ返される事は警戒している。

 だから、反撃を受けないように、投げるタイミングを爆発時間ギリギリまで調節するだろう。


 だが、こちらは人間を超越する存在・吸血鬼。

 人外の反射神経と身体能力をもってすれば、爆発前1秒でも十分対応可能だ。

 迅速じんそくかつ精密せいみつな動作で、神業的な反撃が可能となる。


 ── 東山は、思い通りに作戦遂行すいこうできた事を、得意げに反芻はんすうする。


「今度の部隊も、大した事ないな……っ」


 東山は、相棒にそう語りかけつつ、肩をすくめて微苦笑。


「…………っ」


 しかし、相棒は、何か言いたげな表情で、彼の背の方を指差した。

 東山は、『そう言えば、いつまで経っても爆音が聞こえない』と、不可思議に思いながら振り返った。


 再び、カーンッ カンッ コンッ、と階段をねながら降りてくる、深緑色の手榴弾。


「ひ……っ」


 相棒は小さな悲鳴を上げ、離れるように身を投げて、うつ伏せの防御姿勢を取る。


「── はぁ……!?」


 東山は予想外の事態に、苛立いらだちの叫び。

 一瞬迷ったものの、結局は階段の方へ駆け出し、再度の頭から滑り込むヘッドスライディング


(── なんだ!?

 どういう事だ!

 もう5秒6秒どころか、10秒近いぞ!

 なんで爆発しなかった!?

 爆破の設定時間をわざと、大幅に遅らせているのか!?)


 東山の、疑問符だらけの思考に答えたのは、両手で捕まえた手榴弾。


(起爆ピンが、抜けていない……!?)


 一見すれば、安全装置ピンとレバーが外されて起爆準備カウントダウンに入った手榴弾グレネード

 しかし、よく見てみると、ピンを抜くためのリングだけが外され、レバーが短く切り詰められているだけで、実はピンもレバーも外されていない。


 そう、つまり『安全装置が外れていない』のだから、

 そのまま放っておいても何の実害もない、虚仮威こけおどしだったのだ。


 それなのに、簡単にだまされ、二回も何の意味もないダイビングキャッチをさせられていた。


「………………」


 東山が呆気あっけにとられていると、氷のように冷たい女の声が、階段の上から振ってきた。


「本当にこんな手に引っかかるとは……バカかコイツは?」


 東山は、声の主を探すように見上げる。


 階段の踊り場に立つのは、ボディラインをあらわにする、白い潜水服ダイバースーツのような格好の女。

 彼女は、とても銃には見えないような、巨大な金属のかたまりをこちらに向けていた。


 ── ドドドン!、と金属塊きんぞくかいの真ん中から、射撃炎マズルファイアまたたれる。


「── ブッ……ォァッ!」


 東山の上半身に、激しい衝撃が走った。

 さらに、一拍遅れて火をけられたような灼熱感しゃくねつかんと、窒息ちっそくする程の息苦しさが襲ってくる。


「食欲と性欲しか頭にない野良犬ども、とは聞いていたが。

 投げた物にすぐ飛びつく、まさに犬だな……」


 いつの間にか階段を降りてきていた女が、東山の顔面に謎の金属塊を押しつける。


 東山の肺には穴が開いてしまったのか、口を開いても言葉どころか、息一つこぼれない。


 痛みと苦しみに震えながら顔を上げるとと、カチリ、と引き金の作動音が鳴り、同時に衝撃と爆音。


 東山の最後の瞬間、脳裏に浮かんだのは、母の困り顔と、父の背中。

 そして、それに吐き捨てた自分自身の怒鳴り声。


 ── うるせえ、誰が跡継あとつぎなんかになるか!

 ── もう、うんざりなんだよ、土方ドカタの息子ってバカにされるのは!

 ── 親父みたいに、指二本も損失なくしても労災すら無いような、底辺の仕事なんて誰がするもんか!


 まるで泣くような声だと、自分で思いながら。

 東山の意識は、闇へ没した。





//ーー※作者注釈ーー//

 この作品における政治・軍事要素は「なんちゃって」です。

 おかしな所があったら「作者がアホなんだな」とご理解下さい。





//ーー※作者注釈(2)ーー//


隊員Sさん「吸血鬼に生まれ変わってから、自分に自信がもてるようになり、彼女もできました」


隊員Hさん「エリート校に進学したものの、将来に疑問を感じていました。友達に誘われて吸血鬼に転化しましたが、大変な幸運と感謝しています」


隊員Uさん「やる気あふれる仲間や、熱心に指導してくれる先輩も多く、スキルアップを実感できる充実した毎日です」


── 佐賀の国境を守るという、誇り高い任務に従事してみませんか?

── <サキモリ部隊>は吸血鬼を目指す若者を歓迎します。

── 今なら限定で、万血王ばんけつおう閣下かっかの特製日めくりカレンダーがもらます!

 (数に限りがあるため、先着順とさせていただきます)


 応募や資料請求は、お近くの佐賀県庁 地域政策部 広報課まで。


 ※※※ もちろんフィクションです ※※※


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