049▽エリートの自負



「俺が不死身になったって ── 吸血鬼になったって言ったら、信じる?」


 成人式の日に再会したクラスメイトの、そんな一言。

 東山ひがしやまの人生が、180度変わった。





 ▲ ▽ ▲ ▽





 天峰あまみね学園の校舎内の、薄闇の中でマズルフラッシュがまたたき、爆音が連続する。

 ついに、犯人グループと突入部隊の間で、銃撃戦の火蓋ひぶたが切られた。


 ── タタタン! タタタン!


 灰色制服の男は、小銃の引き金を2度引くと、すぐさまコンクリート壁のかげに隠れる。


 ── ドドドン! ドドドン!


 返ってきたのは、彼の銃撃より迫力のある射撃音。

 コンクリート壁の端が砕けて、細かいチリをまき散らす。


 次は、男の番。


 犯人グループの一員・東山は、直立から中腰に体勢を変えて、小銃を構え直す。

 廊下の壁の角から、左目と小銃の銃口をはみ出させると、すぐさま引き金を2度引き絞る。


 リーンという、射撃の技術だ。

 障害物に隠れ、時折、上半身をかたむけてのぞき見しながら射撃を行う。


 しかし、彼の放った3点バースト×2回の計6発の弾丸は、学校の階段の踊り場周辺や手すりの壁に弾痕だんこんを残すだけ。

 上階への登り階段の手すりである、大人の胸くらいの高さがあるコンクリート壁に隠れた敵には、かすりもしていない。


 それも仕方ない。

 これリーンは攻撃よりも防御に重きを置いたテクニックだ。

 敵兵を次々と討ち取るのではなく、自身の安全を第一として、威嚇射撃いかくしゃげきで敵にプレッシャーをかけ、動きを封じる意味合いが強い。


「全く……スマートじゃないな……」


 東山は、思わずぼやいた。


 ── 遮蔽壁しゃへいへきに身を隠し、敵味方で交互に打ち合うなど、前時代的な技術だ。


 少なくとも『多少の傷など物ともしない吸血鬼』には、重要性が低い。

 頭や腹に穴が開こうが短時間で快癒かいゆする、一般常識にとらわれない超常の存在。

 それが、吸血鬼という高等種エリートなのだ。


 こんな気弱なネズミみたいにコソコソ隠れて相手を伺うなんて、本来なら失笑物だ。


 ── 不死身のくせに、手足に穴が開く程度を怖がるなんて。

 ── 防御の技術なんて『やわな人間のための技術』だろ?


 自信過剰な同僚達は、そううそぶいていた。


 吸血鬼は、不死身の再生力以外に、野獣じみた運動能力も備える、まさに超人的な肉体を持つのだ。

 数の不利や、装備の優劣など、簡単にひっくり返せる。


 しかし東山は、能率的スマートでない行動が嫌いなのだ。

 身体能力に頼ったゴリ押しなど、能率的スマートではない。

 力押しの一つ覚えで片付けるなど、馬鹿ばかがする事だ。


「それに、猪突猛進ちょとつもうしん馬鹿ばかほど、わなにかけやすい物もないからな……」


 馬鹿ばかの一つ覚えは、罠にかけられ、簡単に始末される。

 自分の頭を帽子を被る用途にしか使えない輩は、無能の代償をその命で支払う事になるのだ。


 大事なのは賢明スマートな行動と、敵をあなどらない警戒心。

 自分が有利だと得意になり、天狗になって足下をすくわれるような醜態しゅうたいは、低能と愚劣の証明でしかない。


 だから、傾身リーン射撃などという、使い所のなさそうな技術も、きちんと習得している。

 他の連中が、『不死身の吸血鬼にもなって、壁にコソコソ隠れるのかよ』と、失笑して投げ出す中、ひとり黙々と訓練をこなしていた。


 ── 『優等生サマは、点数稼ぎが大変だなっ』

 ── 『そんなに上官のゴキゲン取りがしたいなら、ケツでも貸してやれ』


 不良学生の気分が抜けない、上官に逆らう事が格好かっこう良いと勘違かんちがいした馬鹿共ばかどもから、何度もやかされた。


 東山からすれば、他の連中に『ガキじゃあるまいし』と苦言くげんていしてやりたいくらいだった。

 連中の幼稚な言動は、中高生が関数や力学で勉強を投げ出し、『何に使うか分からない事を、わざわざ苦労して覚えたくない』とぼやいている事と大差ない。


 結局のところ、『意味が分からないから嫌だ』等とグズグズ言っている奴は、ただの愚図グズだ。

 そんな下らない感情に振り回されても、現実問題は何一つとして解決しない。


 逆に言えば、この不条理ばかりの世界に、果たしていくつ『納得がいく』事があるというのか。



 ── 『納得がいかねえよ』

 ── 『東山ヒガシもそう思うだろ?』



 壁に隠れた敵味方が、交互に銃を撃ち合い威嚇いかくし合うという、単純作業のせいだろうか。

 東山ひがしやまの記憶の底から、そんな一つの言葉が浮かび上がった。


 あれは、高校生の時だったか、あるいは大学生になっていたか。

 夜半のコンビニエンスストアでバイトしている中学時代の同級生にあったのだ。

 久しぶりで名前もよく思い出せない茶髪の男と、たわいもない話をしていると、相手がそう言ってきたのだ。


 東山ひがしやまは、頭をひねる。

 さて、何の話だったか。


 深夜バイトの給料の安さか。

 学生バイトというだけで扱き使われる事か。

 あるいは、大人たちや社会、政治等への漠然とした不満だったか。


 いつも、適当に聞き流しては、それらしく相づちを打ち、同調したり、時にいさめたりしているだけに、一々覚えていない。

 というか、そもそも、その時もロクに内容を聞いていなかったはずだ。

 それこそ、脳の容量の無駄遣いだからだ。


 ── だから、多分、こういう事を言った。



「お前って、やっぱり真面目だよな。

 俺も優等生とか言われるけど、お前の方がずっと生真面目だよ。

 だって、俺なんてたまたま勉強が得意で、得意だから人より上手くやってるだけ。

 先生や大人は褒めてくれるけど、俺からすれば、ゲームやパズルやってるのと同じ感覚で、苦手な事を頑張ってるわけじゃないんだ。

 逆に、イヤな事や苦手な事は、どうやって誤魔化そうかって、いつもそんな感じなんだぜ。

 お前みたいに、納得いかない事にとことんぶつかってやろうなんて、そんな根性ないよ。

 偉いよ、お前。

 ちゃんと色んな事を考えていて、その辺の大人ども、学校の先生やサラリーマンなんかより、ずっとちゃんとしている。

 でも、友達として一言忠告しとく。

 納得いかない事や、気に入らない事で、他人とぶつかる事も確かに大事だけどさ。

 それ以上にお前自身を大事にしろって。

 いつもぶつかってばかりじゃ、お前が傷だらけになるだろ?」



 つまり、自分や周りの大人を卑下して、程々に相手を持ち上げて、『ムリすんなよ』とひと言えるだけ。


 すると、『コイツは、親なんかよりずっと俺の事を分かってくれる』という錯覚を起こしてくれる。


 不良や落ちこぼれといった無価値クズな連中にも分け隔て無く接する『感じの良い優等生』。

 そんな役どころを演じるのも、決して楽ではないのだ。



 ── 『東山ひがしやまは成績も生活態度も申し分ないんだから』

 ── 『あんな連中と関わっていると、内申に響くぞ……』



 そんな『感じの良い優等生』をやっていて、進路指導の中学教師から言われた言葉がそれだ。

 校内トップの成績で、県内有数の進学校に推薦すいせんを受ける事になった時に、そう忠告された。


 東山は、『誰がこのんでクズと関わるか』という内心で悪態あくたいをつきながらも、実際には教師へたりさわりのない言葉で返事した。


 勉強のできる優等生は、高校や大学など大人に近づくにつれて、注目と尊敬を集める優秀な存在だ。

 だが、小学生や中学生という低能愚劣サル・チンパンジーの集団の中では、イジメの対象さえなってしまう弱い立場でもある。


 そんな時に便利なのが、素行の悪く、教師からも嫌厭けんえんされる上級生だ。

 上級生が卒業しても、『あの先輩の舎弟しゃてい』という知名度ネームバリューが効いている間は、近寄る低能愚劣サル・チンパンジーが極端に少なくなる。


 だから仕方なく、東山は『あんな連中』と関わりを持っただけだ。



 ── ちなみに『あんな連中』と仲良くなるのは、ちょっとしたコツがいる。


 タバコを吸っている場所を調べて、一人だけの時を狙うのだ。


 第一に、集団の中に混じりに行くのは悪手だ。

 集団は異物が混じるのを嫌うし、他人の視線がある時は外面プライドが優先する。

 もし無事に集団に入れたとしても、ピラミッドの最底辺・奴隷身分からスタートで、可愛がられる舎弟まで成り上がるのは難しい。


 第二に、会話はあまり必要ない。

 むしろ、積極的に話しかけるのは、ケンカの元だ。

 彼らの感性からすれば、『れしい』 = イコール『舐められている』だ。

 だから、受け身に徹した方がいい。

 お互いに一人で、寂しげにタバコを吹かしていれば、向こうが兄貴風を吹かせて話しかけてくる。

 そして、おっかなビックリ顔色をうかがいながらポツポツ話す。

 『親が厳しくてガリ勉やってる』、『学校がまるで面白くない』、『家庭も上手くいっていない』等の不幸ホラ話を少し吹かせば、勝手に親近感を感じてくれる。

 あと『親をぶっ殺してやりたい』とか『早く就職して家から逃げ出したい』辺りも共感ポイントが高い。


 第三に、会った回数と頻度ひんどが重要だ。

 週に二度くらい会って、挨拶あいさつして、ひと言ふた言の会話をり返すくらいが理想だ。

 顔見知りになった後に、タバコをゆずって貸し借りでも作っておけば、なおいい。



 ── 中学生時代の東山ひがしやまは、こうして優等生という学業成績パフォーマンスと、札付きの不良の舎弟しゃていという安全地帯ポジションを備えるようになった。


 高校デビューの際に、『感じの良い優等生』っぷりを見直し、バージョン2へ改善更新アップグレード

 穏やかで、友好関係が広く、誰でも話しやすい、聞き上手な優等生。

 そんな親身な対外評価キャラクターまで確立し、進学校のでは生徒会の役員に推薦すいせんされるまでになった。


 卒業間近になると、九州・中国地方で上位の国立大学 ── 旧帝制大きゅうていの九州大学を本命に、次点で広島・岡山・熊本大学あたり ── を目標として勉強を続けていた。


 大学は、旧帝・九州大学には一歩及ばず、岡山大学文学部に入学。

 旧帝五官旧六と呼ばれる、公立大学の難関校への進学だ。

 このまま、地道に勉強を続ければ、一流企業への就職も難しくない。


 平凡ながら外観に大きな欠点がない70点の容姿は、逆に女性を安心させるのか、誠実で落ち着いていると好評で、容姿の優れた恋人が途切れる事も無い。


 勉学も、プライベートも、満ち足りていた。

 人生の全てが順調だった。



「 ── 今思えば、その全てが無価値だがな……っ」


 東山が、何度か目の射撃の後、壁に隠れながらつぶやく。

 そんな、単純作業ルーティンワークの最中の回想でこぼれた言葉に、5~6メートル離れた位置で構える、相棒が反応する。


「ん……どうした?」


 東山は、小さく首を振り、誤魔化すように別の事を告げる。


「いや、とっさの退避たいひで失敗したな、と思って」


 東山とその相棒は、2人1組で屋上の異変を確認に向かっていた。

 そして、ここ3階の昇降口で敵に遭遇そうぐうしたのだ。

 その時は、上下階への階段がある昇降口の前を歩いていたが、進行方向の前後のどちらに退避たいひするかの判断がそろわなかった。


 東山は、前に飛び込むように、昇降口の右壁に隠れた。

 相棒の内村は、廊下を後退し、昇降口の左壁に隠れた。

 ペアで一体として行動するという軍行動の基本からすれば、大きな過誤ミスだ。


「ああ、教官どのから怒鳴られる事間違いない。

 ── キサマら死にたいのか、って」


 相棒の内村が少し笑ってささやく声が、ギリギリ聞き取れる。


 ── ドドドン! ドドドン!


 そんな2人の雑談を邪魔するように、突入部隊の銃が相棒側のコンクリート壁の角を削る。

 それに東山が撃ち返し、東山側の壁に弾痕が刻まれると、今度は相棒が撃ち返す。


 東山は、内村の射撃中に弾倉を引き抜き、残弾数をチェック。


(こちらのアサルトライフルも残弾15発。

 残り半分を切ったか……)


 その様子を見て、相棒が声を潜めて尋ねてくる。


「そろそろ突撃するか……?」


「いや、迂闊うかつな行動は、屋上の連中の二の舞だ。

 どうせ連中、不死身の肉体だって調子に乗って、蜂の巣にされたんだろ?

 大隅おおすみ山村やまむら早田そうだ三田村みたむら、4人そろって迂闊うかつ大馬鹿おおばかだ」


「確かに……っ」


「慎重にやれば、人間の部隊くらいなんて事はないんだ。

 ── 俺に作戦がある、まあ見てろ」


 東山は、相棒の内村にそう告げて、単調な攻防が繰り返す中、次の展開を待ちわびる。


 ふと、東山は、相棒の着る自分と同じ制服を見つめた。

 詰襟つめえりの灰色制服には、肩章かたしょうがされたあとがあった。


 本来つけられていたのは、盾マークの中に『防』一文字の肩章かたしょう

 ── <サキモリ部隊>の部隊章ぶたいしょうだ。


 第四死都だいよんしと、佐賀。

 そこは、世界で四番目の死者の都ネクロポリス

 かつて『吸血鬼の楽園』とまでたたえられた地。


 <サキモリ部隊>は、その第四死都だいよんしと・佐賀の『国境部隊』にして、生命線。

 吸血鬼の聖地を守護するべく、万血王ばんけつおうに不死身の肉体を与えられた、選ばれし衛兵えいへいたち。


 逆を言えば、<サキモリ部隊>に入隊出来れば、吸血鬼の仲間入り ── これを転化という ── する事が出来るのだ。

 つまり家畜エサにすぎない人間から、選民的エリートである吸血鬼に成り上がる唯一無二の機会チャンス

 そのため佐賀の真実を知る者達からは、羨望せんぼうの的である地位。


 東山が、そんな選民的エリートの証である不死身の肉体を手に入れる機会チャンスは、意外な相手からもたらされた。


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