§06 プラウド・オブ・ヴァンプ

048▽ハングドマン


 突然、職員室に駆け込んできたブレザー制服の人物は、怒声を上げた。


「── キサマぁ!

 いったい何をやっているぅっ!?」


 少年風ボーイッシュなベリーショートの髪を、赤く染めた女子生徒だった。

 激情で顔を紅潮させ、目を三角につり上げる、火の玉のような少女だった。


 彼女は、すぐに室内の異様に気づいたのか、目を細めて見渡す。

 そして、窓ガラスをさえぎられて薄暗い職員室の、惨状を目の当たりにする。


「── ……っ!?」


 赤髪の少女は、室内に立ちこめる異臭の源、無残な教師達の亡骸なきがらに息を飲み、職員室の入口そばで立ち尽くす。

 彼女の幼さを残す顔に、激しい怒りと悲しみが入り乱れ、眉と口元が大きく歪んだ。


「……お前が……これを、やったのか……?」


 赤髪の少女は、震える呼吸の合間に、途切れ途切れの声を絞り出す。

 視線が向けられたのは、薄暗い職員室の最奥に立つ、鮮やかな青。

 青い長丈のウインドブレカーを着込んだ小柄な青年、鉄鎖の魔術師・アヤト。


 彼は、入口近くに立ち尽くす少女の方を向き直り、少し肩をすくめると、面倒そうに答える。


「見てわからんのか。

 異能者だろ、お前?」


 すると、赤髪の少女は、呼吸のみならず、全身を小刻みに震わせた。

 顔に片手を当てると、薄笑いに似た表情で、ハスキーな声を絞り出す。


「── そうかっ

 お前が……やったん、だなぁ……!?」


「おい……?」


 アヤトが思いがけない反応に、困惑の声をあげる。


 しかし、返ってきたのは、烈火のような眼光。

 少女は、目の前を払いのけるように、片手を横にぐと、その軌線きせんに火の玉が4個生まれた。


「── 刃創じんそう鋳生いじょう!」


 言葉に応じ、空中に浮かぶ火の玉が揺れて弾けると、代わりにクナイのような菱形ひしがたの刃が取って代わる。

 少女はそのまま、顔を押さえていたもう片方の手で2本指を立てた印を結び、異能者の呪句・禍詞カオスコードを口早に唱えた。


霊幻れいげんなるほう神妙しんみょうなることわりもって、森羅万象しんらばんしょうただす!

 風禍ふうか精兆せいちょう!」


 職員室入口の扉が、ドォンッ、と叩かれたように震えた。

 赤髪の少女の周囲で風が渦巻き、カーペットの床に散乱していた書類をも巻き上げる。


「── 発気はっけ!」


 少女の怒りの込められた叫びと共に、二本指の印が空を切る。

 発気印はっけいん

 あるいは引き金法印トリガー・アクト着火法印イグニッションとも呼ばれる、魔術の始動式。


 逆巻く風が前方へ殺到し、宙に浮いた4本の菱形刃クナイを打ち出した。

 職員室の入口から最奥まで二十数メートルを、突風に乗った刃が飛来する。


道術どうじゅつ方術ほうじゅつ系?

 いや、細かい所が色々違う……初めて見る流派だな……っ」


 アヤトが感心するようにつぶやきつつ、片手を上げる。


 ウインドブレカーのそでから鎖を吐き出し、防御の術を編み上げる ──

 ── その寸前で、目の前に割り込む人影があった。


 その人影、上背の男性が左手を持ち上げ、力を込めて筋肉を緊張させる。

 すると、彼の左手の掌の真ん中から、皮膚ひふを引き裂いて、白骨が飛び出した。

 まるで、赤子の手ような小さな3本指の白骨手。

 『それ』に右手の小指をつかませると、一気に引きずり出し、素早く2連の払い。


 ── カカンッ カカンッ、と4本の菱形刃クナイを打ち払う。


 人影は、アヤトに振り返り、ぽりぽりと頭をかきながら告げる。


「いやぁ、危なかったッス。

 ギリギリでズボン穿くのが間に合ったッス」


 笑顔でマヌケな事を言うのは、用務員の青年。

 先ほどまでの、首と胴体半分だけの『肉ダルマ』状態から、五体無事の状態までに超常の回復をげていた。


 彼が右手に持つのは、骨を組み合わせた柄と、血のように赤い刃の、50センチほどの長ナイフ。

 先ほどの、白骨の小さな三本指が、小指を掴んだまま指輪のように収まっている。

 その長ナイフを、赤髪の少女へ向けて、彼は笑顔のまま注意する。


「キミキミ。

 ダメだよ、この人に手を出しちゃ。

 ウチの生徒でも、かばいきれる自信ないよ?」


「アンタ、用務員の──」


「そ、用務員のジンちゃんこと、荒牧 仁太。

 君はたしか、高等部の大城おおじょうさんの従姉妹いとこで、中等部だったよね。

 たまに、従姉妹いとこのお姉さんと一緒に花壇かだんの世話とか、手伝ってくれた」


 仁太が穏やかに語りかけるが、少女はけわしい表情で警戒をあらわにする。


「アンタも、コイツらの仲間だったのか!?」


 彼女の苛立いらだちの声には応えず、仁太は笑顔のままマイペースに話を続ける。


「── ええっと、確か、名字は中西なかにしで。

 下の名前は……マコトちゃん、だったかな?」


「アンタなんかに、名前を呼ばれたくない!

 先生たちに、こんなひどい事を……っ」


 中西なかにしマコトと呼ばれた赤髪の少女は、怒りの余り瞳をうるませる。

 仁太は両手を広げて、ゆっくりと近づいていく。


「それは誤解だよ。

 僕らは、犯人グループじゃない」


 いつの間にか半分ほど距離を詰めた用務員に、少女は身構える。


「── 槍創そうそう鋳生いじょう

 ── 一衝いっしょう軒昂けんこう!」


 マコトは慌てて禍詞カオスコードを二つ唱え、火の玉から槍を生み出して両手で構えた。


「近寄るな!

 先生の血を吸っているのを見たんだぞ!

 この吸血鬼め!」


 激しい警戒心を見せる少女に、用務員の青年は穏やかな態度をくずさず話し続ける。


「そう、僕も吸血鬼だ。

 正体を隠していた事を、だましていたと思われるなら、謝ろう。

 すまない。

 でも、本当に僕らは犯人グループと無関係なんだ、それは信じて欲しい」


「信じられるかっ

 それにそっちのヤツも、あやしい格好かっこうしてるじゃないか。

 真夏だっていうのに、そんなコートを着込んでいるヤツなんて、ただの変質者以外のなんだっていうんだ?」


 離れて立つ青い魔術師へ、急に2人の視線が向けられる。


「…………おい」


 アヤトは、怒ると言うよりも、どこかうんざりとした声を出す。

 用務員の青年は小さく吹き出すと、すぐに笑いを引っ込めて、訂正する。


「ハハッ、変質者はひどいな。

 だけど、こっちの人の身元は確実だよ。

 なにせ政府の救出部隊の一員なんだから」


「こんなヤツがか?

 うそばっかり」


 マコトは、余計に不審の表情を浮かべる。


うそじゃないさ。

 それほど信じられないなら、吸血鬼流の誓約せいやくをしようか?」


 仁太はそう言うと、腹と胸の間の急所・鳩尾みぞおち ── つまり心臓の位置 ── に、血色の長ナイフを握った右手を当てて、目を閉じておごそかにちかいの言葉を口にする。


「僕らは、犯人グループとは無縁だ。

 そして、学園の関係者を助ける目的で動いている。

 ── この二つがうそいつわり無い真実であると、銀の月につかえ闇の恩寵おんちょう夜露よつゆたまわる、我らムトウの血脈と誇りにかけてちかおう」


 用務員の吸血鬼が、真摯しんしに向き合う態度に、赤髪の少女の心が揺れる。


「し、知るかよ、そんなの……」


 マコトは、いまだに槍の矛先を下ろさないが、その言葉に反して語調は弱い。

 すると、仁太は思い返すように視線を虚空に向け、思い出すように語り始める。


「まだ信じてもらえないかな。

 そうだね……

 ── あれは、今日の4時過ぎ、警備員の詰所つめしょに行った時だった。

 PTAの会議があるから、部活動の下校時間が早まった事を伝えに行ったんだ。

 校門のさくに車をぶつけたみたいで、何かトラブルになっていた」


「4時過ぎ……ヤツらが来た時か……」


 少女のつぶやきに、用務員の青年はうなづき、独白を続ける。


「ここは女子校、しかもお嬢様学校だから、たまにみょうやからがやってくる。

 やたらと生徒につきまとったり、校内の写真を撮ろうとしたりね。

 なかなかしつこくてね、警備員さんだけで手が足りないと、用務員の僕までかり出される。

 今回もそんな連中だろうと思って近寄ったら、思った以上に奇妙きみょうな男達だったよ」


「白々しい……アンタの仲間だろ?」


 いまだに犯人グループ扱いするかたくななマコトの様子に、仁太は小さくため息。


「だから、仲間じゃないって。

 ── 彼らの格好は、灰色の詰襟つめえりの制服でおそろいの帽子を被った、まるでホテルの受付みたいな格好かっこうだった。

 でも、全員そろって背が高く、しかもかなり身体を鍛えている。

 においもみょうだった、きつい香水か何かで隠していた。

 刺激臭と、もう一つぎ慣れたにおいがした。

 それが何か分かる前に、僕は死んだ」


「死んだって……」


 赤髪の少女・中西マコトは、思いがけない言葉に戸惑いを見せる。

 仁太は、不良少女然とした彼女の純真さを微笑ましく思いながら、そで肩口かたくちまでまくり上げてふさがりかけの、ピンクの肉がのぞく切断傷をさらす。


「この格好、見れば分かるだろ。

 作業服はあちこち穴だらけ。

 手も足も、今ようやく傷口がふさがっている。

 ほんのちょっと前まで、僕は間違いなく『死んでいた』んだよ。

 川村センセの血を分けてもらったのは、蘇生そせいしたばかりの僕が回復するために、やむにやまれずの事情があっての事さ。

 まあ、状況が状況だけに、あやしまれるのは仕方ないけどね」


「…………」


 マコトは、そう問いかけられても、まだうなづきはしない。

 ただ、彼女の頭に上った血が少し収まったようで、怒りで真っ赤になっていた顔色も平常に戻ってきている。


 仁太は、経緯の説明を続ける。


「さて、話を続けていいかな。

 彼らが香水で隠していたのが、火薬と同族のにおいだって気づいていれば、もう少し被害を減らす事ができていたかもしれない。

 最初は警備員さん達がやられた。

 光田みつだ班長と、水上みずかみさん、そして交代時間で帰宅寸前だった磯部いそべさん。

 三人とも、穴だらけにされた。

 あんなにする必要が無いと思うくらい、メチャクチャに銃で撃たれて、まさに蜂の巣みたい状態だった。

 相手の武器は、一瞬だけしか見えなかったけど、小型のマシンガンみたいな物だったよ。

 連中は最初から、そのつもりだったんだ。

 トラブルを起こし、警備員全員が詰所つめしょから出てくるまで待ち構えていたんだ。

 ── そして、僕は逃げた。

 一目散いちもくさんにね」


 用務員は、悪びれた様子もなく小さく笑い、続ける。


「なんとか逃げ延びて、みんなに非常事態を知らせようと思ったよ。

 この吸血鬼の肉体は、太陽の下でも普通の人間より少しは頑丈がんじょうだから。

 後ろから足や背中をマシンガンで撃たれながら走り、叫んでみんなに注意しようとして、でもすぐに肺まで穴だらけにされて、声もでなくなって。

 だからせめてと、ひとりグランドで自主練していた陸上部の子に手を振って、注意を呼びかけて。

 ── そこで、死んだ」


「…………っ」


 マコトは、用務員の抑揚よくようのない声で語られる惨劇さんげきに、小さく息を飲む。

 仁太は、少女のそんな心優しさに好意の笑みを向けつつ、祈るような言葉を告げた。


「せめて、彼女、陸上部の中等部の子だけでも逃げ切れていると、嬉しい。

 警備員さんたちの死が、無駄にならずに済む」


 すると、赤髪の少女は小さく鼻をすすり、悲しみと怒りの混じった言葉を口にする。


「ヤツら……警備員のジイちゃんまで殺しやがったのか……っ!」


 すると、仁太はひときわ穏やかな表情を浮かべ、優しく語りかけながら、再び歩み寄る。


「そうか、君は班長と親しかったのか。

 警備員の班長 ── 光田さんは……最初から怪しいと感じていたんだろうね。

 警察OBだったから、犯人グループの言動に何か感じる物があったのかも。

 それに、柔道が得意だって言ってたから、組み付いて捕まえようとしていたのかな。

 思い出してみると、犯人につかみかかろうとしていたんだろう、前向きに倒れ込んでいったよ。

 勇敢で、子ども思いの人だった」


「……許せないっ!」


 仁太は、涙ぐむ少女の目の前まで歩み寄ると、優しく肩を叩いてハンカチを差し出す。

 マコトがそれを受け取り、目元をき終わるのを待って、仁太は説明を続ける。


「そして『僕の死体』は残っている生徒たちへの威嚇いかくか、あるいは警察に対する挑発ちょうはつなのか、外灯に逆さりにされていた。

 大将が ── この政府機関の部隊の人が、蘇生そせいさせてくれるまでの間、干物ひものみたいにぶら下げられていたらしい」


 仁太は、改めて紹介するように半身振り返り、黙って2人のやり取りを見守っていた青い魔術師を片手で差し示した。


「ああ、俺の『毒みたいな血』をませて蘇生させたら、マズいってかれた」


 アヤトは、職員室の最奥からゆっくり歩み寄りながら、意地悪げに言う。


「大将ぉ……

 意識モウロウとしたんッスから、仕方ないでしょ?」


 アヤトの皮肉に、急に砕けた口調に戻る仁太。


 赤髪の少女は、青い魔術師がすぐそばに歩み寄るのを待って、確かめるように尋ねた。


「アンタ。

 本当に、政府の人間なのか……?」


 アヤトは、被っていたフードを脱いで、素顔をさらして応じる。


夜号やごうは『鉄鎖てっさの魔術師』だ。

 色々あって、政府の、いち機関の、九州支部の、さらに下請業者したうけぎょうしゃをやってる。

 よろしく」


 彼は、前に課長に言われた嫌味を思い出して、多少引用しながら、自嘲気味じちょうぎみに告げる。


 マコトが、真横に立てた槍を握り直しつつ、真っ直ぐ目線を向ける。


「── じゃあ、くけど。

 さっき、『自分がやった』みたいな事をいったのは何だったんだ?」


「えっと、大将ぉ……?」


 仁太が困惑の声と共に、アヤトの顔をのぞき込んでくる。


 アヤトは、面倒そうにため息を吐き、肩をすくめる。


「……そんな事言ってねえよ。

 俺は『見てわからんか』と言ったんだよ」


 アヤトは、ほら見ろよ、とばかりに手近な遺体 ── 机に突っ伏す形で倒れている男性教師 ── を乱暴に床に引き倒した。

 彼は、死後硬直しごこうちょくした男性教師の亡骸なきがらを、足蹴あしげにして横倒しの状態にすると、ワイシャツのえりつかみ、力尽ちからづくくで引き裂く。

 血の気の失せた蝋色ろういろの首元が、あらわになる。


「ぅ……ぁ……っ」


 赤髪の少女は、顔をしかめて一歩後退する。

 青い魔術師は、そんな反応はまるで気にせず、遺体を雑に扱い、首筋の動脈に付けられた傷跡きずあとを見せつける。


「死体にはどれも、こういう2本きばあとがある。

 さらに、腹や背中を切られ、臓物こぼしている奴もいるが、どの死体からも不自然なほど血が流れていない。

 だから、『どう見たって吸血鬼の仕業だろ』って言ってるんだよ。

 それがどうやったら『俺がやった』みたいな、そんな解釈になるんだよ?」


「こ、この非常時に、そんなややこしい言い方する方が悪いだろ!」


 赤髪の少女は、死に慣れきったアヤトの態度に気圧されつつも、苛立いらだちの声を上げた。

 青い魔術師は、呆れ果てたという顔で、応える。


「ややこしいってお前……俺とか、どう見ても同類だろ。

 まさかお前、相手が『何か』判別もつかんのか?」


「そんな事より、し、死体を足で踏んだりするなよ……っ

 流石に失礼だろっ」


「……何でお前、異能者バケモノのくせに、そんなに人間ぶってるんだ?

 頭、大丈夫か?」


 アヤトは、人間の死体くらいで動揺する同類マコトのあまりに未熟さに、あきれ果てた声を出す。


「誰が化け物だ、キサマぁ……っ!」


 マコトは、怒りを再燃させて、槍を上段に構える。

 同じくらいの身長の男女二人の間に、誤解が解ける前以上に不穏な空気が渦巻いた。


 仁太が、慌ててフォローに入る。


「まあまあ、大将。

 マコトちゃんもまだ中学生で、若いッスからね。

 ほら経験がイマイチな感じなんッスよ。

 ジブンが青系の血が混じった血族とはいえ、吸血鬼って気づかった訳ッスから」


 しかし、そんな気遣いも、結局は火に油を注ぐだけに終わる。


「うあぁ……。

 そんなんで、よく今まで死なないですんでるな。

 運よく犯人グループとカチ合わなかったのか?」


「アンタこそ……!

 そこの吸血鬼に守ってもらったくせに、偉ぶるなっ」


 嘲りの半笑いのアヤトに、怒りに声を高くするマコト。

 今にもつかみかからんばかりの、険悪な状況だ。


 仁太は、フォロー失敗と知ると、すぐに方針を変更する。


「── ほ、ほら、マコトちゃんも。

 『そこの吸血鬼』みたいな、冷たい言い方はやめて欲しいなぁっ

 前みたいに、用務員のお兄さんと呼んでくれると、僕嬉しい……!

 なんなら、従姉妹のお姉さんみたいに、ジンちゃんでも良いよ?」


「そうだ、アヤ姉ちゃん……っ

 ……ウチに、アンタらに構ってるヒマなんてないっ」


 何か思い出した赤髪の少女は、手の槍を煙のように消し去ると、踵を返して職員室から出て行こうとする。


「おい、勝手に動くなって」


 アヤトが無造作に投げた小型銭弾メダルが小走りの少女を追い抜き、出入り口のドアを塞ぐように、蜘蛛の巣状に鎖を張り巡らせた。


「何するんだよ……っ」


 マコトは出鼻をくじかれ、苛立たしげに振り返る。

 アヤトは指一本を立てて忠告する。


「一人でうろちょろすると、死ぬぞ?」


「うるさい、吸血鬼なんて怖くもなんとも──」


「いや、そうじゃなくて。

 『俺の所の部隊の連中に頭撃ち抜かれるぞ』って、言ってるんだよ」


 赤髪の少女は、青い魔術師の予想外の言葉に顔をしかめ、問いただす。


「はぁ……!?

 アンタ、政府の部隊だって言ってたじゃないか!

 あれはうそか!?」


「ウソじゃねえよ。

 本当に政府の『秘密部隊』で、表向き存在しない『亡霊』みたいな扱いだ。

 俺らが出てくると、その事件はなかった事になり、ニュースにも出ない。

 だから、法律もルールも関係なし。

 動く相手はみんな標的まとで、穴だらけにするのが仕事だ」


 アヤトは、指でピストルを作って、パーンッ、と自分の頭を撃ってみせる。


「きゅ、救出部隊って言ったじゃないか……」


「あん?

 そんなの誰が ── ああ、さっき仁太そいつが言ってたか。

 そりゃ間違いだ、<DD部隊ウチ>は攻撃特化の殲滅せんめつ部隊、いわゆる『皆殺し部隊』だ。

 敵は残さず皆殺し。

 アヤしい奴も皆殺し。

 言うこと聞かない悪い子は、人質でも皆殺し」


 赤髪の少女は、顔見知りの用務員を責めるように振り返る。


「…………おい、吸血鬼。

 テロリストと大差ないぞ、コイツら」


 しかし、仁太は仁太で、それに応える余裕がなかった。

 彼は、困り果てた表情で、青い魔術師にすがりついていた。


「あのぉ……大将ぉ……なるべく人質は、その、できるだけ無事に、そのぉ……」


「ああ、分かってるって。

 お前の所の<血統主ルート>を知らん訳じゃない。

 狩り場を荒らすようなマネは、デキるだけひかえるって。

 だから、こうやって潜入とか、手間ヒマかけてるだろ?」


 アヤトは、安心しろとばかりに軽く笑って、ひどく物騒な言葉を付け足す。


「── 人質を気にしないで良いなら、もっと簡単に済むんだから。

 強力な毒ガス使えば、いくら吸血鬼といっても、しばらく身体がマヒする。

 後は、銃でも爆弾でもミサイルでも、好きなようにれる」


 仁太は、ニワトリが締め殺されるような甲高い声を上げ、半泣きで詰め寄る。


「大将ぉ~~!?

 本当に、本当に、お願いしますよぉ!

 ── 『ついカッとなって、建物ごと吹っ飛ばした。人質は残念だった』とか、本当にやめてくださいねぇっ」


「……これ、本当に日本の話?」


 マコトは、『紛争地帯か』というような物騒な言葉が飛び交うのを聞いて、唖然あぜんとつぶやく。


「マコトちゃん、お願いだから、この人にケンカ売らないでね。

 さっきも言ったけど、僕じゃかばいきれないから。

 闇の世界の一番底にいる人で、マフィアのボスよりおっかないんだからね?」


 仁太がそう言い聞かせると、少女は怪訝けげんの表情。


「マフィアのボス以上って。

 こんな、チビの<単一異能シングル・ギア>が……?」


「だから、そういう挑発的な言葉やめて、本当に……っ」


 作業服姿の吸血鬼が、制服姿の少女に向ける言葉は、懇願こんがんの響きすらあった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る