045▽制圧部隊と観客席



 鎖を伸ばして降下していくアヤトを、敬礼で見送った後。

 新たな突入部隊 ── 九州厚生局が直轄する特殊部隊、<DD部隊>の隊員達は、作戦行動を続行する。


 黒髪の魔女の最年長者、ボブカットの女性が、鋭い声で指示を飛ばす。


K1班キティ・ワンK2班キティ・ツーは対岸を牽制けんせい

 射撃体勢で待機!」


 ── 『了解ヤァーッ!』


 白い装甲4人とメイド服2人、計6人が小銃や拳銃を構えつつ、屋上の奥側 ── 向かいの校舎第二棟を望むフェンスの前に、膝立ちで並ぶ。


 本校舎側の屋上と同じように、30mほど離れた向こうの校舎棟の屋上部にも、見張りが2人配置されていたのだ。


 その間に、次のメンバーへ指示が飛ぶ。


P2班プギィ・ツーは本官に続け、”鷹の目イーグルアイ”で直接制圧を行う。

 高機動形態リープモードを準備!」


 ── 『了解ヤァーッ! 外装駆動Jドライブ高機動形態リープモード


 そう答えて、十代半ばと十代後半の少女二人が駆け寄り、それぞれ自身の喉元の通信装置インカム起動暗号キーワードを唱える。


 上官を含めた3人の輪郭シルエットが、順に変化した。


 全身を白いボディアーマーで包んでいた姿から、上半身の被覆ひふくがほとんど外れ、インナーである赤いコルセット(正確にはバニースーツの上半身部だが)があらわになる。


 代わりに、腰から下が肥大する。

 特に、乗馬ズボンの様に、腰から太もも周辺が膨れ上がった。


「── 突撃!」


 ── 『了解ヤァー!』


 ドンドンドン!、重低音が三連続で響く。

 屋上のコンクリート床を、ハンマーで打ち付けた様に震わせ、女性隊員3名が跳躍する。

 その超人間的なジャンプ力は、どんな野生生物の能力をも超越していた。


 4階建ての鉄筋コンクリート校舎の高さが、およそ15~16m。

 その屋上から、さらに20m程は上空に跳ね上がったのだ。

 もはや、射出装置カタパルトか何かの機械装置をもって、強制的に打ち上げないと不可能とさえ思える程の高度。


 しかし、驚くべき非常識は、これからだった。


 3名の女性部隊員は、上空30~40mを大きく弧を描いて跳躍する最中で、小銃を構えて引き金を引いた。

 夕焼けの空に、三点バーストの規則的な射撃音が響く。


 その目標は、昇降口のコンクリート壁に回り込み、様子をうかがっていた、見張り2人の男。


 ── 彼ら見張り2名は、隣の校舎の異変に気づき様子をうかがっていたのだが、本校舎の屋上フェンス際に、特殊部隊らしき隊員6名が展開したのを見て、慌てふためいた。


 とりあえず、その射線から逃れるように昇降口のコンクリート壁を盾代わりにして、中腰で小銃を構え、反撃の機会を待っていた。


 そこに、誰も予想だにしない、非常識極まりない攻撃が加わる。

 宙高くから放物線を描き『落ちてくる』女性隊員3名の、正確な射撃。


 ── ダララ! ダララ! ダララ!


 片方の男は、ぽかん、と宙を見上げたまま、4発の弾丸を受けた。

 その間抜け顔や、左肩、腰など、身体のあちこちを破裂させて、崩れ落ちる。


 もう片方の男は、『闘争本能』よりも『逃走本能』が強いタイプだったのか。

 あるいは単に勘が冴えていただけなのか、寸前にコンクリートの床面に身を投げ、間一髪で銃弾から逃れていた。


「── ぃぃいぃ!? ひいいいぃぃぃ!」


 彼はすぐに立ち上がると、瀕死の相棒どころか自分の武器すら置き去りに、恐怖の声を引き延ばしながら、必死に逃走を始める。


 その間に、校舎間の30m近い距離をジャンプひとつで飛び越えるという、驚異の離れ業を行った女性隊員達は、着地の体勢を整える。


 まるで正座するように膝を曲げて足を折りたたむと、腰から下に重点的に巻き付いたジャケットの白い布地が、爆発的に膨張した。

 両脚を覆うように形成されたのは、半球型の巨大風船バルーン

 そのまま屋上のコンクリート張りに勢いよく落下すると、ビーチボールのように高々と弾む ──。


 ── そう、これは衝突緩衝材エアバッグなのだ。

 屋上で6メートル近い高さまでバンウンドした女性隊員達は、空中で1回転して体勢を整える。

 再度バルーンに覆われた脚部で、屋上のコンクリート張りにもうワン・バウンド。

 高さ2メートルの中空でエアバッグ状態を解除、着地してブーツの靴底でブレーキをかける。


 しかし、それでも停止まで3m近く滑るあたり、その跳躍の運動エネルギーのすさまじさが垣間見える。


 彼女達は、すぐに隊列を組み直し、3つの銃口を並べて斉射。

 その銃口から、1m近い巨大な発射炎マズルファイアが、まるで火炎放射器のように噴き出した。


 ── ダララ! ダララ! ダララ!


 背中から集中砲火を受けた最後の見張り兵は、胴体を半分爆散させながら、倒れ込む。

 それはもはや、『内臓を破壊して死傷させる』ための対人用弾丸アンチ・パーソネルとしては、あまりに過剰な威力オーバーキルだ。


 しかし、倒れた吸血鬼は、『流石は不死身バケモノ』と感心するしぶとさ。

 過剰な威力オーバーキルの集中砲火を受け、まだなお息がある。


「……あぁ……っ

 い、いやぁだぁ……っ

 まだ、死、にたく、なぃい……っ」


 半分千切れかけた胴体を引きずり、這って逃げようともがく吸血鬼の男。


「……」


 しかし、特殊兵団<DD部隊>の魔女達の胸中には、吸血鬼への容赦など1mmも存在しない。


 いや、そもそも彼女らは、『吸血鬼』という存在が、自分たちの複製原型オリジナルであるという事実を認知しているが、同族意識はまるでもっていない。


 彼女達は、試験管で造られた存在デザイナー・ベイビー

 人造の混血吸血鬼ハーフ・ヴァンパイア

 生きた兵器・『魔女デミドラ』。


 『吸血鬼は相容あいいれぬ仇敵きゅうてきで、恐るべき悪』

 『創造主たる人類を害する、排除すべき脅威きょうい

 『例え差し違えても、すべて殲滅せんめつする事こそ至上命題』


 そのように『育成せんのう』されてきた。


 ── 同情など、あろうはずもない。



 さらに言えば、魔女達にとって吸血鬼とは、決して届かぬ目標ターゲットでもあった。


 彼女らは、対吸血鬼の切り札として製造され、期待と重責を背負いながらも、まるでそれに応えられず、いたずらに個体数を損耗そんもうするだけ。

 創造主ステイツから見限られ、ついには失敗作の烙印らくいんまで押されしまう始末。

 計画始動後二十年を節目に、最後通告まで受けた。


 『無能』

 『役立たず』

 『出来損ない』


 そんな風に研究所の者達から散々にののしられる事にも慣れた。

 わずか一年前には、彼女たち実験体デミドラ全員の廃棄処分さえ決定していた。

 そんな身の上だ。


 それが、わずか1年の後。

 今は、全く逆転した立場にあるのだ。


 ── 『排除すべき脅威きょうい』を、易々やすやすと上回っているっ!

 ── 『恐るべき邪悪』を、逆に恐怖させている!

 ── 『仇敵きゅうてき』を、一方的に蹂躙じゅうりんしているっ!


(── おそらく、今の魔女われわれは、かつて創造主ステイツが期待した性能を優に達成クリアしている。

 いや、その倍以上もの成果をたたき出している……っ!)


 そういった感傷から、高揚感や達成感を感じることはあっても、情けや憐憫れんびんなど、抱く余地すらない。


 指揮を飛ばしていた年上の隊員が、カツカツカツ……、とブーツを鳴らして歩み寄り、至近距離で3点バーストを一度。


 ── ガガガンッ!!


 コンクリートの砕ける音が木霊する。

 虫のようにもがいていた男吸血鬼の胸部に大穴が開き、床材すら砕けて、血の赤と共に、白い石片がる。


「── ふ……っ」


 と、思わず口元が緩み、熱の籠もった吐息が漏れた。

 彼女が口元に手をやれば、唇からはみ出た牙の鋭さが、指先に触れた。


「すこし、淫らな心地になってしまったか……っ」


 吸血に快楽を伴う魔女たち ── <DD部隊>の隊員達にとって、それは欲情の証でもある。

 彼女は、任務を終えた後の事を、思わず想像してしまったのだ。

 任務中に、しかも指揮を執る立場にあるまじき姿勢と、自らを戒める。


 彼女が、牙を引っ込めて、周囲を見渡す頃には、全て決着が付いていた。


 連れてきたP2班プギィ・ツーの、年少隊員の方が、もう片方の見張りに留めを撃ち込み、心臓部を念入りに破壊。

 年上隊員の方は、昇降口のドアを開いて中の確認を終えると、屋外に戻って周囲を警戒し、伏兵や狙撃に備えている。


 彼女は、紅系列コウ・シリーズの最年長の魔女の、『もう片方』。

 二十歳頃のボブカットで、かえでを持つ女は、イヤホン部分に触れて通信機のスイッチを入れる。


「── 現場指揮官Cキャットリーダーから本部マザーへ報告。

 B棟最上部ブラボー・エンド制圧完了クリア

 作戦通り、B棟4階ブラボー・フォース侵入アタックの許可を求める」





▲ ▽ ▲ ▽





「何だ、アレは!?」


 突入劇の一部始終を、双眼鏡や無人偵察機ドローンから送られる映像で確認していた警察関係者から、何度目かわからない感嘆とどよめきの声が上がった。


「これは本当に現実か?

 自分の目で見た物が、にわかに信じられん」


「すさまじい物だな、吸血鬼の身体能力とは。

 いや彼女らは吸血鬼のハーフ、『魔女』だったか」


「しかし彼女らも、日没までは吸血鬼と同様に能力が制限さえるという話ですよ」


 若手の警察官が資料を見ながら告げると、一転してうめき声が上がる。


「となると、例の機密装備 ── 『外装駆動Jドライブ』とか言ったか。

 アレの性能という事か」


「結局、現物を見せてもらえませんでしたね」


「やむをえんだろう。

 『知の天使』の製造物となれば、人類を凌駕りょうがする知性の産物だ。

 現在の技術水準を越える、一種のオーバーテクノロジー。

 となれば、機密保持や取扱とりあつかいについても、神経性になる。

 それに固執こしつして心証しんしょうそこねては、今後の関係に影響する」


 白髪の最上席の言葉に、話は別方向へそれる。


「やはり、『知の天使』の存在。

 それこそが、例の『魔法使い』が、<DD部隊>に固執こしつした理由でしょうか?」


「少なくとも、理由の一つではあるだろう。

 さもなくば、本州と同じように『毒をもって毒を制する』方法もあったはずだ」


「<御角会みすみかい>のような『政府に協力的な吸血鬼組織を使って、他の吸血鬼を監視させる』、ですか。

 ほとんど、無法者の取締にマフィアを使うようなものでは?」


「しかし、有効な手段だ。

 いざとなれば、部外者ゆえに尻尾切りをためらう事も無い」


「なるほど」


「たしかに」


 警察の立場に合わせた例えが出されると、一同に理解の色が広がる。


「<DD部隊>は、様々な理由でリスクが勝ちすぎる。

 複製体クローン、人体実験、米軍との密約、外国籍の軍事会社 ── マフィアの方がマシと思えるほどに厄介な要素だらけだ。

 表沙汰になれば、総理の首が飛ぶどころか、大統領が暗殺されてもおかしくない。

 正直、こんな方策がよく採用されたと感心するほどだ」


 そう告げたのは、中年の警察官。

 彼の心中では、未だに複雑な感傷が渦巻いているようだ。


 それを悟ったのか、若手の警察官が話題を変える。


「しかし、本当になんとかあの機密装備だけでも……。

 なんなら型落ちでもいいので、どうにか警察側にも提供してもらえないものですかね」


 そんな軽口を叩いていると、他の警察官も話に乗ってきた。


「例の機密装備を使うには特殊な資質が必要、という情報もある。

 君では無理じゃないか?」


「ハハハっ、ボクは着ませんよ。

 でもまあ、あんな超人的な力が使えるといわれれば、憧れはしますけどね」


「4世代先の強化装甲服パワード・アーマーか……」


 現在、一部の工場や介護サービスなどで試験的利用がなされる、未来の技術・パワードスーツ。


 これの正式製品版が、1世代先。

 2世代先は、軍事利用や、警察・レスキュー現場などでの活用。

 3世代先は、発展した技術を一般転用して、老人・病人・怪我人などへ運動補助としての医療福祉分野から、遊戯ホビー用・競技スポーツ用としての幅広い展開。


 ── 『さらにその先』だと言われるのが、<DD部隊>が用いる外装駆動Jドライブ

 生体組織を利用して、使用者の意識に同調して補助・補強する、使用者の一部とまで化した、外部強化技術。


 端的に言えば、常人を超人に変える服飾スーツだ。


 『最先端』を軽く超越し、時間渡航タイムスリップしたとしか思えない『未来の技術』を、こうとまで見せつけられれば、『のどから手が出る』気持ちになっても仕方ない。


「例えば、だが……。

 ハーフの吸血鬼が使用可能なら、異能者で適合する者がいないだろうか。

 異能者なら人間だ、警察官として採用する事に法的な障害もないだろう」


 そんな部下達の欲の加熱をそらすように、上司は少し話題を変える。


「さて、それも果たして、どうだろうな。

 ── しかし、異能者といえば、先ほどの彼のすさまじいな。

 あれほどの構造物を、一瞬で作り出すとは……」


「対吸血鬼の部隊に『異能者など』、とは思っていたが。

 考えを改めさせられるな……お互いの不利を補い合う関係か」


「屋上の制圧が終わり、次は階下か……。

 こうなると、屋内戦闘も見てみたいものだが……」


「学校内部であれば、防犯カメラの映像を回収できませんかね」


「むしろ、テロリスト ── いや敵の吸血鬼が、防犯カメラをそのままにしていないだろうな」


「……それはそうか。残念です」


 警察関係者達は、思い思いの事を発言していき、そして話題が尽きた頃を見計らって、再び最上席の白髪警官が口を開く。


「だが、しかし、すさまじい。

 すさまじい、という言葉しか出てこない。

 ── 奇抜な発想と、それを実現しうる手腕をあわせ持つ、辣腕らつわん能吏のうりが厚労省にいるとは聞いていた」


「『魔法使い』・権丈けんじょうの事ですね」


 合いの手をうったのは、年配二番手の壮年警官。

 白髪警官が視線を向けて、頷く。


「ああ。

 前代未聞の難解案件や、無理難題の山を、まさに『魔法』のような手腕で解決してきた男。

 その彼が、この九州で作り上げた吸血鬼対策の集大成。

 ── それこそが、あの<DD部隊>」


「流石は権丈けんじょう、と賞賛すべき所でしょうね。

 よくぞここまでの戦力を集結させたものです」


「ああ、これならば安心して任せられる。

 『魔法使い』が手塩にかけた部隊に期待して、ここで待つとしよう」


 年配二人のやりとりの果てに、警察関係者の総意が示された。


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